32話 私の場所だから

「本当に付き合ってるのかな?」


「付き合って、るだろ?」


 ふざけてるとか、怒ってるとか、そういった感情はマリアからは一切感じない。

 心から思っていることを口にしただけだろう。


「光輝くんからは付き合ってるって聞いてる」


「俺もひなから付き合ってるって聞いてるぞ」


「だよね。でもね? 宮園さんって誰がどう見ても友人ゆうとのことが好きよね?」


「いや、それは幼馴染として———」

「だけじゃないと思うわよ」


 俺の反論を打ち消すかのようにマリアの声が重なる。


「見ていればわかるわよ? 私だからわかるって訳じゃない。なんだかんだ言って友人ゆうとだって思い当たるところがあるんじゃない?」


「それは……、まあ、俺の勘違いじゃなければ」


 俺だってそこまで鈍感ではない。付き合ってないことを前提として考えれば、これまでのひなの態度には思わせぶりなものが多い。


「でしょ? まあ、真実はわかんないけど、ね?」


 前のめりになっていた身体をソファーに預けたマリアがメロンソーダをチューっと飲み干した。


♢♢♢♢♢


 陽が傾いてきたとは言え、過ごしやすい環境とは程遠い17時。

 地下街へと舞い戻り、冷房の効いたお目当てのお店へと足を運んだ。


「さて、どうするかな」


 さっきのマリアの指摘によりプレゼント選びはすでに暗礁へと乗り上げている。


「とりあえずフィーリングで選んでみたら? 結局はもらった本人がどう受け取るかなんだから、友人ゆうとからのプレゼントなら、なんでもよろこんでくれると思うわよ?」


 躊躇う俺の手をグッと引っ張り店内に連れ込むマリア。自身も商品が気になるみたいでプレゼントそっちのけでバッグやら財布やらを物色し出した。


 そのうち、マリアにもなにかプレゼントをしたいな。


 眩しいくらいの笑顔のマリアを見ていると、なんだかそんなことを思ってしまう。


「どうしたの?」


 商品を見ずに自分が見られていることに不思議そうな顔をしているマリア。今日一日、たくさんの表情を見せてもらったが、笑顔だけでなく、今みたいなキョトンとした表情もチャーミングだ。


「ん? いや、まあなんだ。マリアもこういうの好きなんだな」


「そりゃ女の子だもん。オシャレなものやかわいいものには興味あるわよ」


「ちなみになんだけど、マリアとしては何が欲しい?」


「私? 宮園さんとは趣味が違う———」


 言葉の途中で何かを思い出したように額に手を当て「あちゃー」と小さい声をこぼす。


「共通の趣味を見つけちゃったけど、まあ、今は関係ないわね。……そうね、私なら肌身離さず持っていられるものがいいわね。バッグとか財布とかは好みがあるからプレゼントとしては明確な答えがないと難しいわね」


「肌身離さずねぇ。で、具体的に言うとマリアの欲しいものは?」


「そうねぇ」


 商品を見定めるように店内をキョロキョロすると、興味を惹くものを見つけたらしく、視線で合図をしてきた。


「キーケースか?」


 連れてこられたのは小物が陳列された棚の前。


「このお店でって縛りならね。バッグとかは服装によっても変わるから。鍵はどこにいくにしても持ち歩くからね」


 そういいながら商品を手に取りボタンを外して中を確認していく。まあ、それもありかと考えて商品をいくつか見ていくと、隣で見ているマリアの手元を見てあることが気になった。


「なあ、マリア」


「ん? 何?」


 二つの商品を見比べていたマリアが顔を上げた。


「いま見てるのって自分用か?」


「あ、うん。そうね。さっきも言ったけど宮園さんの好みもわからないから。見た目のイメージでいいならアドバイスできるけど、お礼の品なんだから友人ゆうとが選ぶべきじゃない?」


「ああ、そういう意味で聞いたんじゃないんだ。自分用だろうなとは思ったんだけど、ちょっとイメージと違ったからさ」


 普段、マリアがどんな物を持ち歩いてるのかはわかるくらいの仲にはなっていると思う。その愛らしい見た目どおり、可愛らしい物だったはずだ。


 でも、いま見ているものはどちらかというとシンプルで社会人が持っていそうなイメージのものだ。


「そういうことね。たしかにエナメル質で光沢のあるものは好きよ? でも、さっき欲しいものなんだって聞いてきたじゃない? だから、その……友人ゆうとがプレゼントしてくれるなら。って縛りで見てるの。あっ! おねだりしてるわけじゃないわよ? ただ質問に答えようと思っただけよ」


 焦ったように両手をパタパタと振って違うとアピールしてくる。


「ん? まあプレゼントはいいとしてだ。俺からのプレゼントだとなんでそういう感じになるんだ?」


 まさか!? 俺がシンプルで地味なイメージだからってことか?


「……だって、長く使いたいじゃない。エナメルは割れやすいし、かわいらしいデザインのものは大人になったら使いにくくなるかもしれないもん」


 なんだその理由。かわい過ぎないか?


「な、なるほどな」


 ドギマギしているのを悟られないように、努めて冷静に答えたつもりだ。


「それで、決まったのか?」


「う、うん。これかな?」


 マリアが差し出してきたのは、ナチュラル色のヌメ革のシンプルなもの。使い込むほどに自分だけの色になっていくであろうこのキーケースは、確かに俺たち高校生にはまだ早いかもしれない。


「へぇ、いいな。自分用にも買おうかな?」


 目的の物を買ってしまうのは買い物あるあるだろう。一言で言って一目惚れだ。デザインはシンプルなのでユニセックスだろう。


「そ、そう? じゃあ私にプレゼントさせてくれない?」


「いや、そりゃ悪いだろ。自分で買うよ」


「お、お礼。この前のお礼! ランチだけじゃ私の気が済まないの!」


「それはもういいって」


「で、でも」


 なぜか執拗に食い下がるマリア。


「私も気に入ったから、お揃いにしたいなって」


 恥ずかしそうに顔を赤らめながら俺の服の袖をクイっと掴むと上目遣いに見てきた。


「じゃあ、デートの記念にプレゼント交換しますか。それならいいか?」


「えっ? 私にもプレゼントしてくれるの?」


「おお。記念にな」


「えへへへ、ありがとう」


 破壊力抜群の照れ笑い。こりゃモテるはずだわ。


 結局、俺とマリアの分はシンプルなデザインのものを選び、ひなの分は同じブランドのもので彼女のイメージに合いそうなコードバンのものを選んだ。


「ほい。じゃあこれな」


「うん、ありがとう。じゃあ私も」


 入ってるものは全く同じものなんだけど、手渡すことに意味があるらしく、受け取ったマリアは大事そうに胸に押し抱いた。


♢♢♢♢♢


 当初の予定よりも遅くなってしまったので、地元に戻り無双庵で夕食を摂った。


「あらっ? あらあらあら! いらっしゃいませ!」


 さっきまでの勢いのまま暖簾をくぐってしまい、俺たちは店長夫妻の格好の餌食となってしまった。


「ごめんなさいね。カップルシートの用意がないのよ。普通の2人掛けの席でいいかしら?」


 うどん屋にカップルシートなんてあってたまるか!  


「まさか手繋ぎで仲良しアピールされるとは思わなかったわ」


「あはははは」


 さすがのマリアも愛想笑いしかできない。


 地元に帰ってきた俺たちは、電車をおりてからもどちらともなく手を繋いでしまっていた。


 ウチに帰るまでがデート。いや、そんな言葉はないか。


「そうだ! 新商品にカップルうどんなんてどうかしら? 大きなどんぶりに一本めんを入れて一緒に食べてもらうの! で、その広告用に2人が仲良く食べている写真を使うの!」


 なんだそれ? 絶対いやなんスけど?


 結局、悪ノリしすぎた奥さんは、店長のゲンコツでキッチンへと退場させられた。


 帰り道、未だに羞恥に駆られたマリアの顔は赤いまま。そして、なぜだか手も繋いだままだ。

 散々からかわれて羞恥に駆られているのにも関わらず、なんと言っていいのやら。


 それでも会話がなくなると言うことはなく、今日の思い出話なんかをしていると、いつの間にか柘植家に到着していた。


「今日はごちそうさんな。楽しかったよ」


「ホント? 私も、楽しかったわよ。プレゼントも、ありがとうね。さっそく使うから友人ゆうと

も、ね?」


「お、おう。了解」


 今日何度目かの袖クイ&上目遣い。


 何度やられてもドキっとしてしまう。


「じゃあ、またな。おやすみ」


 長居をしてしまっては親御さんも心配するだろうから、早めに切り上げようとすると、またもやマリアに袖を掴まれた。


「待って。ちょっとだけ、内緒の話があるから耳貸してくれるかしら?」


 外には俺たちしかいないのに? と思いながらも言われるがまま腰を屈めてマリアに耳を近づけると、グイっと腕を引っ張られ……


チュッ


 頬に柔らかな感触がした。


友人の隣ここは私の場所だから」


 マリアの震える声が心に響いた。


 

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