13話 練習試合の意味

 授業のない土曜日の朝。

本来ならば惰眠を貪りたいところだが、生憎と俺には練習という授業よりも大事な予定が入っている。


『ピピッ、ピピッ』


 アラームが鳴り枕元にあるはずのスマホに手を伸ばす。


「えっ? きゃっ!」


 アラームとともにかわいらしい女性の悲鳴が聞こえた。手には柔らかい感触。

 覚醒した頭で考えるまでもない。いつものように忍び込んだひなの身体を俺の右手が……。


「スト〜プ! それ以上、上にきちゃだめ!」

 

 両手で掴まれた右手をまぶたを開けて恐る恐る見ると、ひなの股の間を北上し、桃源郷まであと少しと迫っていた。惜しむらくはひながキュロットをはいていたので扉が閉ざされていたこと……じゃない!


「まずは! 謝る! ごめん!」


 ベッドの上に正座し、ひなに頭を下げる。


「でも! だ。勝手に入るなと何度言えばお前には伝わるんだ! いいか! 幼馴染の家に勝手に入れるなんてのは、漫画とかラノベとか作りものの中のことで、現実の世界ではあり得ないんだよ!」


 そりゃ、お前が俺の彼女ならまた話は別だけどと言うセリフはあえて飲み込んだ。そんなセリフ、ウチの幼馴染には通用しないのはこれまでの付き合いで把握済だ。


「ん? いまさらじゃないかな? それに、ゆうくんのお世話をするのは幼馴染として当然のこと! 幼馴染は家族同然なの! ゆうくんと私は夫婦……コホン、家族なの!」


 なにやら不穏な言葉が飛び出したが、それを追及しても無駄だろう。と、いうよりも、ひなとは話し合いが成立しない。こりゃ本格的におばさんかかや姉に相談すべきだな。

 あきらめの境地に達したところで、ひなの服装に違和感を感じた。


「あん? お前、なんでウチのユニフォーム着てんの?」


 ひながウチのチームのサポーターだってことは知ってるけど、まさかユニフォームを普段着扱いしてるのか?


「ほえっ? なんでって、大丈夫ゆうくん? 今日は練習試合の日だよ? ちゃんとスケジュール管理できてる? 忙しくてできないなら私が秘書さんになろうか?」


「チームのスケジュールはちゃんと把握してるわ! じゃなくてだな! 今日はどことの練習試合かわかってるかって話だよ!」


 この野郎! 俺のことをズボラなやつだと思ってやがるな?


「ウチの学校でしょ? お母さんとお姉ちゃんと一緒に応援行くからね?」


「ああ、家族でありがとう。じゃなくてな? お前はだ・れ・の応援にくるんだよ!」


「やだっ! ゆうくん。この格好見ればわかるよね?」


 ひなはクルッと背中を見せてきた。


 4番の上に「YUTO」とプリントされたユニフォームは俺を応援するためのものであることを否が応にも意識させられる。思わず頬が緩んでしまうのは仕方のないことだ。


「お、おぅ。ま、まぁ、いつもサンキュ。……はっ! 絆されてどうする俺! 違うだろ! 今日、お前が応援しなきゃいけないのは幼馴染じゃなくて彼氏光輝だろ! いくらウチのサポでも彼氏を優先すべきだと思うぞ?」


 ひなは不満そうに頬を膨らませるが、俺間違えてないよな?


「という訳で、脱げよ」


 ビシッとユニフォームを指差すと、ひなは顔を真っ赤に染めてワナワナと身体を震わせた。


「ふ、ふぇっ? こんな朝っぱらから? しかも今日は試合だよ? 朝から余計な体力を使うのは良くないと、思うよ? そ、それでもゆうくんがどうしてもって言うなら、その……」


 両手で自分の身体を抱きしめながら俺をじっと見つめてくる。


「おいっ、脱げって着替えてこいよって話だからな? 今日のお前は光輝の応援、ちなみにかや姉は星陵の応援」


 昨晩、かや姉から試合見に行くけど表立って応援できなくてごめんね、とメッセージがきた。自分の学校の生徒が試合やるし、指揮官は恋人。俺のことを気にする必要すらない。


「そ、そんな! ゆうくんの試合でゆうくんを応援できないなんて……」


 光輝の彼女なんだから当たり前だろ? お前どんだけウチのファンなんだよ?


「とりあえず、着替えるから出てってくれよ。ついでにお前も着替えてこい」


 渋るひなの背中を押して部屋から追い出した。


♢♢♢♢♢


「いいかお前ら、よく聞け! 今日の相手は星陵だ! 高校のチームだからって侮るな! いいか? 少しでも腑抜けたプレーをしたら今後試合に出れないと思えよ!」


 朝のミーティングで小嶋ヘッドコーチが語気を強める。珍しく気合いが入ってねぇか?


「なあ、ユウ。星陵の監督ってイケメンなんか? ちょいと小耳に挟んだんだけどよ、コジさんと昔チームメイトだったらしいんだ。で、サッカーはコジさんの方が上手かったけど、女ウケは向こうの方が良かったらしくて逆恨みしてるらしいぞ」


 ヒロ曰く、2人はステノクのユースチームで一緒だったらしく、コジさんはトップに昇格、松先はトップ昇格できずに大学に進学したのだが、その頃から松先の方が女性ファンが多かったらしい。


 あ〜、ひょっとして試合前の挨拶なんて終わってたりするのか? それでかや姉紹介なんてされちゃって。まぁ、モテない男の気持ちはよくわかるよコジさん。


 心の中でコジさんには同情しつつも、練習試合で公式戦用のユニフォーム使うってのはやり過ぎじゃね? いつもどおりビブスでいいじゃん。

 

 背番号入りのユニフォームを眺めながら、今日の試合のシュミレーションをしていると正面に人影が見えた。


「ようユウ、最近好調みたいだな」


「……ぼちばちでんなぁ」


 俺よりも長身のチームジャージを着た男が、身をかがめながら話しかけてきた。


「おいおい、俺が戻ってこなくてもいいようにしっかりやってくれよ」


「ヤマさんこそ、トップから落ちないように気張ってくださいよ」


 山懸一真やまがけかずま。高校3年生でトップに昇格した元チームメイト。ポジションは俺と同じセンターバック。

 俺がレギュラーポジションを手にできたのはヤマさんが昇格してポジションが空いたからに過ぎない。

 プレースタイルも若干似ているために俺がすんなりと穴埋めに使われた。


 今日の練習試合、ウチの目的は戦力確認。俺のように当確線上にいる選手や新戦力は結果次第ではこのユニフォームともおさらばだ。

 仮にヤマさんがチーム戻ってこれば俺は控えに回されるだろう。


「外人獲るって噂もあるけど、必要ないことを証明してやる。だから、お前も俺が借り出されなくてもいいようにしっかりやってくれよ」


 右拳を左手でパシンと受け止めたヤマさん。俺同様に正念場みたいだ。


 光輝は俺と試合できるとよろこんでくれてたけど、俺たちはそれどころじゃない。


「悪く思うなよ?」


 このタイミングでの練習試合に同情しつつも、自分も光輝に遠慮しないことを心に誓った。

 

 

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