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聖歴一六三〇年六月八日(皇紀八三六年雨月八日)二十二時時〇〇分

ロバール川支流河口・索敵隊待ち伏せ陣地。


 マーリェ達は、帝国の河川警備艇から撃ち込んでくる機関砲弾や機関銃弾のお陰で塹壕から身を出すことができす、むざむざとウルグゥ達が艇に乗り込むのを許してしまっていた。

 そもそも、あの艇が現れた時点で勝敗は決しており、今さら原住民の一人や二人を殺しても何の意味もない事は痛いほど分かっていた。

 いや、この場に陣地を構築し、待ち伏せの方針を取った時から、あのオタケベ・ノ・ライドウの術中にはまっていたのだろう。

 そう思うと、ポルト・ジ・ドナールで自分の目の前からロンデル・ショブシュタン教授をかっさらわれて、奴から二度目の敗北という屈辱を味わらされた事に成る。

 また強烈な怒りが胸の奥から沸き上がり悔し涙がとめども無く溢れ出す。


「同志チェルガノン、敵の艇が動き出しました」


 ズブロフが器用に目だけを塹壕の縁から出し川面の様子を伝える。銃撃も収まった。生存者は全員乗り込んだのだろう。

 思わず塹壕の上に攀じ登っていた「同志!狙撃されます!」の声も無視し、離れ行く河川警備艇を睨みつけ立ち尽くす。

 甲板を埋め尽くした人の群れの中で、一人こちらを見つめる者が見えた。

 血と泥に塗れた中折れ帽と防暑服、強烈な探照灯の光のお陰で顔の詳細までは解らないが、およそ東方人種とは思えないハッキリとした目鼻立ちは、間違いなくあの男、オタケベ・ノ・ライドウ少佐。

 そして奴はあの日と同じように、帽子を脱いで慇懃に腰を折った。

 マーリェは胸中で燃え上がる思いに身を焦がしながら、固く誓う。

 二度もこの私に屈辱を与えた男、ライドウ。お前だけは絶対に許さない。

 気が付けば、なぜかまほらま語で叫んでいた。


「少佐!オタケベ少佐!絶対に!絶対に貴方の事は忘れない!必ず!この屈辱を晴らす!」 

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