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皇紀八三六年雨月十八日二十一時時十一分
ロバール川支流河口・索敵隊待ち伏せ陣地。
情けないことに俺はゴルステスに馬乗りになられていた。
奴のチェッテの刃は俺の鼻のすぐそこ。ミンタラ刀の刃で何とか支えているが、この糞重さとあの馬鹿力が容赦なくのしかかり、俺の腕の力はもう限界だ。
「強い、強いですなぁ!オタケベ少佐ぁ!頭も切れるし腕っぷしも素晴らしい。いゃ、こんな男をブチ殺せるとは、人殺し冥利に尽きますですよ!」
そう言ってまた笑いながら一層力を籠め体重を掛けてくる。
腕がへし折れそうだ!
突然、川の方で爆音、いや、砲声が響いた。
そいつは一発目、二発目と徐々にこちらに近づきやがて・・・・・・!
俺たちのホンの近くに着弾し、土嚢やら木の杭やら索敵隊員やらを吹き飛ばし、吹っ飛んできた部下をもろに喰らったゴルステスは手足の引き千切れたそいつと一緒に俺の頭の上まで飛んで行った。
その後鳴り響いた聞こえるすきっ腹に響き渡る二十
河川用装甲砲艇『白鷺十五号』!
土嚢の上に這い上がり辺りを見ると、蓮の花をあしらった帝国陸軍旗をはためかせた白鷺十五号が川岸に接近し撃って撃って撃ちまくっているのが見えた。
当然、やった目たらに撃ってる訳じゃねぇ、複数の探照灯を使い、敵に目くらましを掛けつつ標的を的確に射手に示し、上手くウルグゥ族に当てない様に撃ってやがる。
あのハゲ艇長、達者なのは博打だけじゃねぇな。恐れ入ったぜマッタク。
おかげでさっきまで勢い付いていた索敵隊が再びウルグゥ戦士に圧迫される展開になっている。勝負はついたな。
いきなり
土嚢にぶつかり壕の中に落ちると目の前には頭の砕けた索敵隊員。素早く起きあがると、頭から血を流したゴルステスが迫った来た。
「大勢はアンタの勝ちでしょうが、自分との勝負はまだ終わってませんぜ少佐殿。逃げちゃぁいけませんなぁ」
チェッテを振りかざし突進してくるヤツの前に、黒い小さな影が舞い降りた。
反射的にゴルステスは影に向かって得物を振り下ろす。
小さな影は素早く切っ先が鉤状に曲がった血塗れの刃をかざして、強烈な斬撃を火花を散らして受け止める。
刃が星明りを拾い、光が影の顔を照らす。
くしゃくしゃの黒髪の頭にはカモシカの角、黒曜石の瞳は炯炯と輝き俺を見つめ、不敵に笑う口元には八重歯が二本。
そいつは言った。
「待たせたな、相棒」
そしてどこかで75
シスルが、帰って来た。
「邪魔すんなこのガキが!」吠えたてつつ再び刃を振り下ろすゴルステス。
しかしその場にシスルはおらず、瞬く間に塹壕を駆け上がり土嚢の上から奴目掛け飛び掛かりクッラの刃をお見舞いする。
ゴルステスも横殴りにチェッテを振るいシスルをぶった切ろうとしたが間に合わず、その時はすでに彼女の鍵状の刃が奴の額から左目、左頬を抉っていた。
激痛に叫び声を上げ、噴き出す血を左手で抑えつつ、着地していたシスルに吠えた。
「ガキがぁ!ライドウは後だ、まずテメェからグチャグチャにしてやる!」
ゴルステスは血塗れの左手で半自動散弾銃を引き抜くと、彼女めがけぶっ放す。
ところがドッコイ!シスルは散弾の広がる範囲を確実に読み、衣の裾を数粒の散弾で引き裂かれつつも、蝶々が舞飛ぶような実に鮮やかな動きでゴルステスに肉薄。クッラを跳ね上げるように振るい銃ごと奴の左手を切り飛ばした。
散弾銃を握ったままの左手が鮮血の航跡を描いて宙を舞い、土嚢の向うに消える。
鮮血を迸らせる手の無くなった左腕を残った右目をカッと見開き睨み、地響きを共なうような悲鳴を上げると。凄まじい勢いでシスルめがけ突進し、目にもとまらぬ速さでチェッテの刃を何度も何度も叩きつける。
雨あられの様に叩き込まれる刃を悉く交わし、じりじりと交代するシスルのその小さな背中が俺に迫る。あとはもうない。
ふと、傍らを見ると、あの吹き飛ばされて来た索敵隊員が装備していた歩兵銃が見えた。
シスルも一瞬だけそれに目をやると、振り下ろされて来たチェッテを弾き返し、なんとゴルステスの股の間を駆け抜けて反対側に飛び出した。
「クソォ!チョコマカと小癪な!じっとしてろ切り刻めねぇだろうが!」
振り返りシスルに向かうゴルステス。
俺はその背中に声を掛けた。
「つれないねぇ、俺を忘れんなよ」
奴が振り向き様に、俺は手にした歩兵銃の引き金を引く、七.六二
続けざまに引き金を引きつつ撃たれた勢いで後退してゆく奴を追うように前進し、弾を叩き込み続ける。
右胸、左胸、鳩尾、わき腹、下腹、臍の辺り、次々と赤い穴が穿たれ、血飛沫が舞い、硝煙が漂い、地面に薬莢が転がり、俺が踏みつけ砂地に埋まる。
シスルの居るあたりで九発目を叩き込んだが、奴はまだ立っていてチェッテを振りかざしている。
こちらに向かって来る前に、空になった弾倉を引き抜き、懐に入れてあった弾倉に交換してまた撃ち続ける。十、十一、シスルの前を通過して十二、十三、十四。
十五発目で塹壕の壁にもたれかかり、十六発目を叩きこむとずるずるとその場に座り込んだ。
二十式の七.五粍 《ミリ》拳銃弾のおよそ十五倍はある歩兵銃の七.六二粍 《ミリ》弾を十六発も喰らって生きているはずが無いが、念のために十七発目を頭に喰らわせる。
土嚢の壁に鮮血が飛び散りのけぞったまま奴は完全に動きを止めた。
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