第三章 緑の迷宮

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聖歴一六三〇年五月二十七日(皇紀八三六年植月二十七日)五時00分

民主国同盟共同統治海外領 ロバール川河口より二十 キロ地点。


「同志ツェルガノン!索敵隊の連中が居ません!」


 血相を欠いた部下の声に叩き起こされ、マーリェは慌てて装備を付けて天幕を飛び出した。

 ズブロフ以下十人を引き連れ舟を出し自分達の野営地から五百 メートルほど離れた索敵隊の野営地に到着すると、舟は一艘も無く全ての天幕はもぬけの殻だった。


「警戒して野営地を別々にしたのが仇になりましたな、寝袋の温みから見て2時間前にはここを発っているでしょう」


 眉をひそめ悔し気に唸るズブロフ。


「行先は分かっているわ。急いで追いましょう」


 ローツェンブルの民警に逮捕された密猟者が、ある原住民の集落で東方人種らしい男を見たと証言していたことが解ったのは今月六日の事だった。

 その男はすぐさま委員会に身柄が移され、高額な報奨金に吊られ問題の東方人種の男を見たのはロバール川流域だったことを話したのだが、何分正確な地図も測量機器も持たず、勘と記憶だけで密林をうろつき回るゴロツキだったため、正確な場所も何という種族かも記憶に無く、結局、それらしい集落を虱潰しに探して行くほかなく急遽人員補充を迫られた委員会は密林戦と追跡能力に長けた索敵隊の投入を決定したのだったが・・・・・・。

 まさかそれが蛮族、否、獣以下の男共だったとは、マーリェはこれからの作戦の障害が敵対的自然環境や帝国の工作員ではなく、身内に成るかもしれないという憂鬱に頭を抱え込みたい気分だった。


 本当に、男共は自分の欲望を制御できない獣ばかり!


 川面に漂う朝もやを切り裂き、川辺で日光浴を始めた巨大なトカゲや水鳥たちを追い立てつつ、発動機の音を高らかに鳴らしつつロバール川を遡航してゆくと、やがて濃厚な樹々の香りに紛れてきな臭い匂いが鼻先を掠め、さらに進むと銃声が鼓膜を叩くようになった。

 本来ならマーリェ達も訪れる予定だった原住民、コワック族の集落の方向だ。

 目的地が近づくと銃声の他に怒号や悲鳴も聞こえ、どす黒い煙が幾本もたなびいているのも見える。

 岸に舟をつけ、上陸すると目の前に広がったのはまさに『地獄絵図』だった。

 椰子の葉葺きの家々は炎と黒煙を高々と上げ、索敵隊の兵士たちは尻に長い尾を生やした人々を大声と銃声で追い立てかき集めると、各々好き勝手に撃ちまくり死体の山を作る。

 別の兵士は捕まえて来た者たちをわざと逃がし、必死に走って森に逃げ込もうとするのを背後から狙い撃ちし頓狂な笑い声をあげる。

 女達は梢で河原で集落の広場で兵士に入れ替わり立ち代わり犯され、用が済むと撃ち殺されされ銃剣で刺殺され山刀で切り刻まれる。

 集落のはずれでは子供たちが首、手首、腰を縄で繋がれ集められていた。おそらく人身売買業者に売り飛ばすつもりなのだろう。

 マーリェもその部下たちも、この有様を茫然と眺める他無かった。止めるにしてももう遅すぎた。

 まだ火が付けられていない小屋から、中隊長のゴルステスが軍袴ズボンをずり上げながらその巨体を現した。背後の屋内には年端も行かぬ少女がぐったりと無表情に仰向けに倒れてるのが見えた。

 マーリェの姿を認めた彼は、長大な散弾銃入り銃嚢を吊り下げた革帯を締めつつ。


「おはよう委員会のお嬢ちゃん。遅かったな、寝坊でもしたか?」

「これは何の真似?」

「みりゃ解るだろ?任務の遂行だ。おめぇらがヘマして逃がしちまった帝国の野郎を探してるんだよ。ま、ここは外れだったみてぇだがな」

「これが探してるですって?単なる虐殺じゃない?これをやりたいから抜け駆けして村を襲ったのね?そうでしょ?答えなさい!」


 マーリェの甲高い怒号は流石に周囲に沈黙を強いた。しかし、これから死にゆく重傷者のうめきや犯される女の悲鳴は消える事は無い。

 ゴルステスは一瞬、驚いた顔を見せたがすぐさま耳障りな大笑いを一発やると。


「おまえさん、二つ勘違いしてるぜ。一つは俺たちはキッチリ集落の中を捜索した。もう一つは虐殺って言葉は人間相手に使う言葉じゃねぇのか?」

「この人たちは人間じゃ無いとでもいうの?」

「違うだろ!尾っぽや角はやしてるのやら毛むくじゃらな奴は普通人間とは言わねぇ獣の類だ、そうだろうが」

「言語を持ち道具を使う彼らは明らかに人間よ」

「サルだって鳴き声で情報をやり取りするし木の実を石を使って割るぜ?それに百万歩譲ってこいつらが人間だとしよう。じゃぁ聞くが、お前さんらリルシア活民党はこんな事しねぇのか?革命のときにお前らが『階級の敵』って呼ぶ貴族や金持や地主を何万人ぶっ殺して埋めた?何万人収容所に放り込んで嬲り殺しにした?何万人の『階級の敵』の奥方や娘を犯した?奴等から奪った金銀財宝はいくら位だ?ええ?」

 

 思わぬ返しに言葉が詰まるが、気を取り直し。


 「・・・・・・階級の敵は人間扱いしてはならない、反動勢力は排除しなきゃならない。それが党の綱領よ」


 ゴルステスの大笑いが響く。


「ほれ見ろ!お前らも『敵』って言う張り紙を張っ付けて、人間から人間性を奪い取っていやがる。詰まる所俺たちはお仲間なんだよ。まぁ、仲良くしようぜ委員会のお嬢ちゃんよ」


 そう言って不意にマーリェの肩にその隆々とした筋肉に包まれ、女の死体が彫られた右腕を回す。

 即座にはねつけた彼女は、薄ら笑いを浮かべるゴルステスに言い放った。


「図体の割によくぺらぺらと回る舌だこと・・・・・・。了解したわ貴方の言う通り 仲良くしましょう、それから私たちの視界の外でバカ騒ぎをしてくれたことも評価するわ、正直そんな知恵があったこと自体にも驚いてるの。じゃあもっと知恵を働かせてさっさとこの狂態をオシマイニして捜索を再開しなさい。遊んでいる暇は無いの、出ないと委員会につまらないことを報告しなきゃいけないから」


 そして踵を返しゴルステスの元から離れる。

 ふと、足を止め振り返ると思い出したように彼女は言った。


「それから、繋いである子供たち、然るべき施設に保護してもらうからこちらで預かるわ」


 ズブロフが部下数人は率い繋がれた子供たちの元へ走る。

 ゴルステスは冷酷その物な視線でマーリェの背中を睨んだ。

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