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皇紀八三六年植月二十六日二十時三十分

叢林市モワル湖湖畔遊歩道


 すっかりご機嫌斜めなシスル姫をなだめる為、俺はモワル湖や崔翠河でとれる魚介類を食わせる食堂レストランで夕飯を御馳走することにした。

 かつて活躍していた遊覧船を桟橋に着けてそのまま利用したその店は『叢林で美味い魚を食いたいならここへ行け』と言われるほどの名店で、なるほど出て来た料理に箸をつければその評判は間違いじゃ無いとキッチリ確認できた。

 香草を効かせた塩を振りかけた川エビの揚げ物、淡水生の巻貝の白葡萄酒蒸し、ナマズの仲間を麺麭パン粉と香辛料をまぶし天火オーブンで焼き上げた焼き物、締めは川ガニの身やミソを混ぜ込み椰子乳ココナッツミルクで炊いた飯。口直しの甘味は砕いた果実を練り込んだ氷菓子アイスクリームと色とりどりの熱帯果物の盛り合わせ。

 叢林学舎の不愉快なひと時を忘れさせてくれる美味さだった。

 くちくなった腹をこなすために、二人でモワル湖湖畔遊歩道をぶらぶら歩く。

 シスル姫も満腹のお陰ですっかり機嫌を直し、湖面に向かってそよぐ乾期の独特の心地よい夜風に吹かれながら気持ちよさそうに歩いている。

 その後ろに続いて歩く俺も、そんな彼女を眺めながら『俺もまじめに生きてりゃ、これくらいの娘と飯を食いに行ってるんだろうな』とか『いやいや、もう親父なんて相手にしねぇお年頃だろ?』などとクソ詰まらねぇ感慨を頭の中に浮かべて見せては消して行く。

 ふと、シスルが立ち止まる。俺が傍に来るとぴったり身を寄せ俺の腕に自分の腕を絡めて来た。

 何事ぞ?と思い顔を見ると、あの鋭い視線を周囲に飛ばしつつ。


「殺気を感じる」


 あ、なるほどね。

 そう思って街路樹の木陰や記念碑の後ろ側なんかを見ると、居た居た。お客様刺客ご一行のお成りだ。

 相当の手練れらしく上手に身を隠し、鉛玉を打ち込む機会を狙ってやがる。


「七、八人ってところか?」と俺。

「身を隠す場所が無いな」とシスル。

「だったら、こうするしかねぇな」

 

 と答えると同時に俺は背中から二十式将校銃を引き抜き、木陰の下の刺客目掛け全自動で七・五 ミリを叩き込みながら突撃。

 街灯の明かりに照らされ血しぶきが上がるのを確認すると奴の代わりに木陰を占領。

 根元に倒れていた背広姿の野郎に念のため慈悲の一発を叩き込み。記念碑の向こうから撃って来る刺客に向け射撃を始める。

 シスルも俺とほぼ同時に他の木の下に居た刺客に襲い掛かり、あの軽業師が失業する様な見事な前転で一切の命中を許さず肉薄すると、蛮刀『クッラ』で拳銃を持つ手を切り飛ばし返す刀で首を削ぎ、直ぐさま隣の街路樹から発砲する刺客めがけ駆け出して行く。

 全自動で記念碑目掛け撃ちまくり、相手が引っ込んだすきに低木の植え込みに飛び込む。

 俺を見失った奴は拳銃を構え植え込みに近づく、他の仲間二人ほどが合流すると一斉に植え込み目掛け集中砲火を浴びせて来た。

 放った弾はことごとく寝そべった俺の脇や足の向こうへ着弾する。弾道が高すぎるんだよバカめ。

 全自動で薙ぐように奴等の足元目掛け斉射。

 踝や足の甲をぶち抜かれた三人の刺客は悲鳴を上げながら芝生の上にぶっ倒れる。

 そこに止めの一連射。一人は生かしてやった。お話を聞きたいもんでね。

 気が付けば、辺りはさっきの静けさを取りも出していた。

 植え込みの陰から出て、すっかり芝の汁や泥で汚れた背広の上着をはたきつつ、激痛に転げまわる生き残りの刺客に近づくと、まずは拳銃を奪い二十式を突きつけつつ横腹を蹴り上げる。苦痛にゆがむ顔は金髪碧眼、西方人種の物だ。

 俺はかつて真教の支配地域だった同盟でも共通語になっているファリクス語で話しかける。


「カワイ子ちゃんとのあびきを邪魔してくれちゃってよ、無粋な野郎だ。どこのどなた様の差し金だね?口割ってくれねぇか?」


 出血に顔面を蒼白にしながらも俺を睨みつけてくる。強情だねぇ。返事代わりに俺がズタボロにした踵の辺りを思い切り蹴り上げる。くぐもった悲鳴が上がる。


「歌ってくれりゃ病院に連れてってやるよ。さぁ、良い声で歌えよ」


 背後に気配がしたので振り返ると血染めのクッラを手に下げたシスル。自分もけっこう血塗れだが、当然自前の物はない。


「誰か生かして置いたか?」


 問いには首を横に一振り。


「生かしておけって言われなかったから四人ともみんな殺した」

 

 と、こともなげに。俺ですら相手より火力が上の二十式を使って戦果は三人殺害一人は身柄を確保。対してこの子は刃物と手裏剣だけで四人を始末。・・・・・・。

 この子が刺客として俺を追いかけまわして時を思い出しゾッとする。良く生きてるよぁ、俺。

 足元で唸り声が聞こえる。観ると捕虜が口から薄桃色の泡を吹いてピクピク痙攣していた。

 チッ!うっかりしてた。

 胸倉をつかんで引き上げる。桃の芯の匂いがプンと臭う。眼の光を失せさせながら、奴は泡だらけの口元を歪めた。笑ったのかも知れねぇ。

 シスルを見ると、しゃがみ込んでクッラを芝生に擦り付け血糊を落としている所だった。遠目から見れば子供が砂遊びかお花摘みをしているようにしか見えないだろう。

 緑の芝生を黒く染めながら俺を見上げてシスル。


「残念だったななれよ。どうせ身分の解るようなもんなんか持ってないだろうし。巡査や憲兵が来たら面倒だから消えよう」


 これが花も恥じらう十五の乙女の言う事ですよ。皆さん、どう思います?

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