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皇紀八三六年植月二十六日十七時00分

叢林市拓洋大学叢林学舎サノガミ助手研究室


 その窮屈な部屋は、学者の部屋を絵に描いたようだった。

 壁は積み上げられた本や書類で全く見えず、床は色んな民族の工芸品やら現地調査に使うデカイ背嚢やら測量器具やら野営道具で足の踏み場もねぇ。

 それにして助手にまで部屋を割り振ってくれるとは、お金持ちの大学は一味違うね。

 色とりどりの木の実や鳥の羽で綺麗に飾られた髑髏とカピカピに乾ききった猿の木乃伊ミイラを除けて、表地が破け中身が飛び出た長椅子にサガミノ先生は俺ら二人の座る場所を作る。

 先生は自分の席に着くと、開口一発。


「オタケベって言うと、十二武家の一つアキル家にその始祖以来つかえて来たあのオタケベ家ですか?」

「左様で、そこの出来の悪い四男坊ですわ」


 ちょいと社交辞令として謙遜して答えてやる。すると。


「道理で、成りは無頼漢って感じですけどお付きにそんな可愛い女の子を連れ歩くとは、何とも、優雅なもんですね」


 と、来やがった。なんだ?オイ。いきなり絡んでくるじゃねぇか。

 俺はちょっと面喰い、シスルは台所に現れたゴキブリを見る目で先生を睨む。

 すると、先生はシスルに近づき、その頭の上の二本のカモシカ角と顔、それに露な太腿を交互にまじまじと見つめ急にニヤつき始めると。


「まさかとは思ったが、その角と尻尾。君はあのネールワルの出か?滅んだとは聞いていたが、古い学術書の記述通り本当に綺麗な顔立ちだ・・・・・・。ライドウさん、どこで拾ったんです?」


 と、人様を犬猫の様に言うとシスルの頬に手を伸ばす。ア、ヤバイ!と思ったが遅かった。

 シスルは伸びて来た右腕を左手でとりつつ立ち上がり、外側に捻り挙げながら足元を掬い上げる。

 悲鳴を上げる間もなく床の上の本やら小物やらを、派手に散らかしつつブッ倒れた先生の顔面目掛け踵を叩き込もうと右脚を振り上げたその瞬間。


「やめろ」


 ピタリと動きを停めるシスル。手を離し先生を睨みながらムッツリ黙って座りなおす。

 強か腰を打ったらしく先生は顔を歪め腰をさすりつつ立ち上がり何とか歩いて自分の席に座り。


「乱暴な・・・・・・。貴方は使用人にどんな躾をしてるんです?」

「年頃の女の子の体に不用意に触る様な奴は、実力を持って断固これを排除すべし、と、指導ております。それに使用人ではありません、部下です」


 と、ニッコリ笑って問いに答えてやった。

 バツが悪くなったのか、これ以上何も言わなくなった先生。

 場を取り繕うため(なんで俺が取り繕わなきゃなんねぇか解らんが、ま、大人の対応って事で)サクッと仕事の話に入る。


「早速ですが、チョル教授と最後まで行動を共に去れた先生にお伺いしたいんですが、苗月の二十日、ソガル島に上陸した時までご一緒だったんですよね?その時の教授のご様子は?」


 俺の問いに先生は呆れ顔を見せて鼻で笑い。


「ご様子は?って、貴方達特務が尾行を付けてたんでしょ?その人たちから聞けばいい」

「流石に尾行の専門家でも、島に渡る船の中やら宿の中やらまでは張り付入れられませんでね。お傍にいた貴方が見聞きした教授の情報が欲しいんですよ」

「それ、憲兵隊の人にも話しましたよ。あいつら人を罪人扱いしやがって、事情聴取ってよりは取り調べでしたよアレは、ま、憲兵の本格的な取り調ってあんなもんじゃ無いでしょうがね!」


 ご機嫌斜めなのはシスルの『それ相応の対応』だけじゃなく、これが理由か?


「これは憲兵のアホどもが失礼おば、同じ帝国軍人としてお詫び申し上げますよ。あいつら、皇帝陛下の次はてめぇらが偉いとでも勘違いしてやがるんじゃねぇかと思うくらい偉そうにしやがるでしょ?私も前の戦争のときはあいつらに散々苛められましたからね。改めてお見舞いとお詫びを申し上げます。どうもすみませんでした」


 と、ペコリと頭を下げてやった。半分はご愛想だが、残り半分は俺の忌憚のない意見って奴だ。

 この俺が世の中で我慢ならないのは、気の抜けた麦酒ビールと憲兵のクソ野郎どもだ。

 俺の態度に少し驚いた先生は、居住まいを正して俺に向き直り。


「お詫びなんてそんな、此方こそあなたに当たり散らしてすみません」


 と頭を垂れて来た。一応軟化したとみておこう。


「・・・・・・確かに、いつもの教授とは雰囲気が違いましたね。普段ならちょっとそう状態じゃないかと思えるほど、誰も聞いていないのにしゃべくりまくるのに、あの日はむっつり押し黙って、それにいつもはどこかの高級仕立て屋に作らせたパリッとした探検服を着ているのに、実用一点張りの防暑服を身に着けてました。あと、荷物も調査に一切関係ない大量の私物を私や随行者に持たせるんですが、この時は小さな背嚢を一つご自分背負って、普段なら絶対に持たない山刀や拳銃まで携帯してましたよ。あの時は変わったことをするもんだと思って居ましたが、まさか亡命をするとは思って居ませんでした。憲兵から聞きました。教授に同盟の間諜スパイの嫌疑が掛けられてるんですよね?だから大々的に捜索しないし、同盟にも捜索要請を出してない」


 トンズラ前に明らかに違う行動をとる。間諜スパイ失格ですぜ、教授。あと、失格なのはてめぇらもだクソ憲兵!民間人に要らん事ペラペラしゃべりやがって。


「正直申し上げまして、そうです。教授は全球大戦のさ中から同盟の間諜であったのではないかとの疑いを掛けられていました。それが今回の件ではっきりしたと言う訳でして。こっちとしては何としてもその行方を追わんと行かんのですわ」


 そこでまたあの捻くれた表情を顔面に張り付け、先生はのたまわった。


「でも今頃生きて居なんじゃ無いですか?もし生きて居たら、同盟の事だ格好の宣伝材料にしますよ『富豪の家も教授の地位をも捨て去り、蒙昧な搾取者たる帝国より命懸けの脱出を果たした民族学の若き俊英』とかいってね。しかしいまだにそんな無電ラジオ放送も無いじゃ無いですか」


 エライ言い草だ。

 ま、解らんでもない。金持ちのボンボンが暇つぶしと自己顕示欲を満足させるために教授やってる様なのと、生徒に馬鹿にされながら地道に学問してそうなのとでは大違い。憎まれ口の一つや二つ出ようってもんだ。

 

「ところがどっこい、同盟の連中がいまだに血眼になって探してるんですよねぇ。私ら特務は、同盟が口封じのために教授を殺害しようとして失敗し、何らかの生存の確証を得たから探している。と踏んでいます」


 と、本来なら民間人相手に口が裂けても言えない情報を出して先生の様子を伺う。秘密ってのはこういう時にばらすもんなんだよ、憲兵の皆さん。

 それを聞いた先生は眼鏡を直し小首をかしげ。


「それにしても失踪から一ヶ月以上経ってます。現地調査で野営する時も何から何まで私や随行者任せの教授が、あの地獄みたいな環境で生き延びられるとは考えにくいですし、もし教授がモワル湖西岸ロバール川流域に入り込んだとしたら、たとえ生き延びても命は無いでしょう。あそこはあのウルグゥ族の領域です」

「ウルグゥ族?」俺の問いに先生は腰を上げると、室内を見渡し一冊の本を山の中から山体を崩さない様に器用に引っ張り出す。そしてあるページを開くと俺たちに見せた。

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