年下の好漢(おとこのこ)

冷門 風之助 

注)あらかじめ申し上げておきます。この作品は某伝説的女性アイドルグループの名曲とは何の関係もありません。

◎力必達(つとむればかならずたっす)=嘉納治五郎◎

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『お願いします。何とか引き受けて頂けないでしょうか?』

 彼女は二杯目のコーヒーを飲み干し、三度目の”お願いします”を繰り返して頭を下げた。

 俺は目線を動かし彼女を観察する。(助平根性からではない。あくまで探偵として必要上の視点からだ)

 肩の中程まで伸びた少し栗色の入った髪、心持ち切れ長の目にうりざね顔、ほっそりした身体プロポーション、身長はまあ普通の女性より、若干高い程度。

 服装は茶色のニットセーターにグレーのジャケット。足首まで届くかと思われるチェックのフレアスカートにブーツ。

”それじゃわかりにくい”って?

 なら、女優の松下奈緒を幾分小柄にしたような感じだと思ってくれればいい。

 俺は腕を組み、咥えたシナモンスティックを口の端で齧りながら、顔をわざとしかめてみせた。

『幾ら切れ者・・・・いや、五十嵐真理警視の紹介だからといって、私にも受けられない依頼ってのがあるんです。良からぬ筋からと、犯罪のほう助に関わる依頼・・・・これは法律でも禁止されているから問題外ですが、私の個人的信条として、結婚と離婚に関わるものはお引き受けしないことにしています。聞いていませんでしたか?』

 俺はスティックを齧りつくしてから、コーヒーを飲み干し顔を横に向けた。

 春に次いで、俺の最も好きな季節、秋の涼しい風が、開けてある窓から入り込んでくる。

 窓際に貼ってある俺の憧れの君、芦川いづみのポスターが、いつの間にか壁から半分剥がれ、秋風とダンスを踊っている。

 ちょっとだけだが、俺は秋風に嫉妬した。

『ええ、勿論、真理さんからは伺っています。

でも、彼女はこうもおっしゃってました。”乾さんって、人に頼られると嫌だといえない方よ。真面目にお願いすればきっと引き受けてくれるわ”とも・・・・』

 腹の中で舌打ちをする。

 ズルい女だ。

 こっちを完全に見透かしてやがる。

 数日前、彼女と久しぶりに落ちあい(仕事じゃないぜ。純粋な”大人の付き合い”って奴だ)、”アヴァンティ!”の止まり木に並んで座り、コニャックとバーボンを傾けながら話していた時、

”実はね。今度貴方の事務所オフィスに私の友人の娘さんが訪ねていくから、相談に乗ってやってほしいのよ”と頼まれた。

 その時は気持ちよく酔っている真っ最中だったから、

”ああ、いいよ。しかし酒の時に仕事の話は禁物だぜ”と、軽く請け負っただけだった。

 まさか本当に訪ねてくるとは思ってもいなかったのである。

『・・・・分かりました。とりあえずお話を伺いましょう。その上で引き受けるかどうか決めさせて頂きます。それでよろしいですか?』

 俺の素っ気ない言葉に、彼女は目を輝かせて、大きく頷いた。

 

 依頼人の名前は三条奈津美さんじょう・なつみといい、某私立大学文学部国文科の四年生。来年の春卒業して、中学の国語教師になる予定だという。

 教育実習もようやく終え、卒論も提出済み。後は残りの単位の取得と、都の教員採用試験の通知待ちだそうだ。


 今から五日ほど前のことだ。

 彼女は友人たち数名と、実習が終わった祝いに渋谷の居酒屋で呑み会を開いた。

 ヤマ場を無事に終えたという安ど感から、みんな結構呑み、店を出たのは午後十時近くになっていた。

 まだ終電まで間があったが、彼女の住んでいるアパートは少し遠かったので、二次会には参加せず、一人だけ少し早目に帰ることにした。

 

 しかし、それが悪かった。


 駅に向かう人気のない児童公園の傍を通りかかった時だ。

 後ろから突然呼びかけられた。

 

 振り向いてみると、そこにいたのは人相、風体共に良くない男三人組だった。


 彼女に向かって卑猥極まる言葉を浴びせかけてくる。

 ナンパ、いや、そんな上等なもんじゃない。

 どこかに連れ込んで、良からぬことをしようという腹が見え透いていたという。


 彼女は無視してそのまま歩いて行こうとしたが、何時いつの間にか三人に囲まれてしまった。

 手を掴まれ、公園に連れ込まれる。

 自分が危ない目に遭いそうだというのは、彼女にもはっきりわかった。

 

 ジャングルジムに押さえつけられ、

”あわや”というその時(表現が古いって?ほっといてくれ)、どこからか小石が飛んできて、それがジャングルジムの鉄枠に当たり、軽い金属音を立てた。


 全員の目線が飛んできた方向に集中する。


 その先には防犯灯に照らされた中に男・・・・いや、正確には少年が一人立っていたのである。


 彼女によれば、

”タイムマシンに乗って過去からやって来たと勘違いした”ような服装なりだったという。


 まず、背が低い。

 奈津美はさほど高くはないが、それでも160センチはある。

 しかしその少年はどう贔屓目に見ても、156~7センチ程度だったという。

 スポーツ刈りと言うより、五分刈りに近い髪の毛。

 太い眉毛に丸い目、顔の輪郭も丸に近い。

 一文字に結んだ幾分大きめの口。

 見事に潰れた両耳、顔や背丈に似合わない太い首、体形は一見華奢に見えるが、発達した筋肉の持主であることは彼女にも理解出来た。

 足はどちらかと言うと短く、心持ち外側に向かって曲がっている。

(つまりはO脚、がに股というやつだ)

 着ているのはところどころ擦り切れた詰襟の学生服、そして腰には日本手拭いをぶら下げ、素足に朴歯の高下駄を履いており、片手に布製の袋みたいなバッグ(恐らく信玄袋の事だろう)と黒帯で縛った柔道着を纏めて持っていた。

”なんだぁ?てめぇ”

 チンピラ男の一人が少年をねめつけて脅そうとする。

 少年は何も答えない、彼は傍らの地面に布製の袋と柔道着を大事そうに置き、高下駄を脱いで揃えると、裸足でこちらに向かって歩いて来て、

”帰ろう”と、ぶっきらぼうな、それでいて自然な口調で彼女に呼びかけたという。

”この野郎!”

 チンピラが少年の肩に後ろから手を掛けた。

 しかし、次の瞬間、彼はその手を振り払い、身体を反転させて足をかけると、相手を凄い勢いで弾き飛ばしていた。

”こいつ!”別の一人が少年にかかっていったが、腕を取られ、大きく放物線を描き、一本背負いでものの見事に投げ飛ばされた。

”馬鹿にしやがって!”最後の一人がナイフを抜く。

 そしてそのまま突っかかって来たが、少年は身体を泳がせ、相手の右腕を己の腋の下に挟み込んで搾り上げ、まずナイフを落とす。間髪を入れず、シャツの後襟をつかんで体重をかけ、うつ伏せの状態で地面に押し倒した。

 ねじり上げた肘関節が、鈍く嫌な音を立ててきしむのが、彼女にも聞こえたという。

”参ったをしろ。我慢すると折れるぞ”低い声で少年は囁いた。

 それは脅しているというより、本当に警告している調子だった。

”ま、参った。めてくれ”

 男は情けない声でそう言って、片手で地面を叩く。

 彼は腕の力を解き、そのまま立ち上がる。

 少年は三人組に向かって、

”警察に言いたければ好きにしろ。僕の名前は鍬形という。逃げも隠れもしない。この近くに住んでいるからね”そう言って下駄を履いて自分の荷物を取り上げ、そのまま去っていこうとしたが、気がついたように戻って来ると、再び彼女を見て、

”駅まで送りましょう”

 優しくそう言った。

 地べたに座り込んで呻いているチンピラたちをほったらかして、少年は奈津美を最寄り駅まで送ってくれた。

 駅に着くまで、彼は一言も口を聞かなかった。

 改札の前で、

”有難うございました。もう一度お名前だけでも聞かせてください”

 と彼女が言うと、

”いえ、名乗るほどの名前ではありませんから”と、照れ臭そうに坊主頭を掻き、小さく、

鍬形龍之介くわがた・りゅうのすけといいます”それだけ言って深々と頭を下げ、そのまま踵を返し、もと来た闇の中に消えていったという。

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