第十四話 敵、判明

 一瞬の気絶だったが、何時間も意識を落としていたような錯覚と共に目を醒ます。

 視界に広がるのは大きな背中と小さな背中だ。

 二人が、教室を破壊したトラックのフロント部分を片手で押し止めていた。


「っ、うっ……!?」


 額から感じられたくすぐったさに手を当てると、飛んできた瓦礫かなにかで切ったのか……血が頬を伝って顎から落ちていく。

 ピリっとした痛みに顔をしかめていると、


「これ、使いなさいよ」


 と、自分の腕に巻いていた包帯を解き、おれに手渡してくる。


「ひばり……」

「あんたは役に立たないけど、初にはいてもらわないと困るわ。だから……」


 あんたも、となにか言いたげなひばりには悪いが、それよりも。


「――って、初! 他の、みんなは……?」


 教室の大半を破壊して侵入してきたトラック。

 おれたちは廊下側の壁まで押しやられてしまい、なのに、周囲にいたクラスメイト(幽霊たち)の姿がなかった。


 トラックに巻き込まれて……? 

 ――骨折して動けない知秋は、どこに!?


「咄嗟だったが、床をぶち抜いておいた。運が良ければ階下に落ちただろ」


 答えたのはオウガだった。


 初も頷きながら、

「知秋は、少し乱暴だけど、突き落としたから助かってると思うよ」


 トラックが突っ込んできたあの一瞬で、おれとひばりを後方まで避難させ、知秋をも助けた判断と行動力に、文句を言うつもりはない。

 状況を考えれば、できる限り最高の結果とも言える。


「ううん、最高とは言えないよ」


 ……のだけど、初はそう否定した。


 比較するつもりも、それで扱いを変えるつもりはないが、幽霊なら助けられなくても最悪は痛みを感じるだけで済む、と心の隅で考えていことは否定しない。

 やっぱり、一度死んでいる幽霊と、今も生きている人間を比べたら、どちらを優先させるかは明白だ。

 幽霊たちだって、言わずとも気付いているはずなのだ。


 悪霊になっていない以上、生者を引きずり込んでやろうとは思わない。

 思ってしまえば、その感情はやがて幽霊を悪霊や怨霊へと変貌させてしまう。

 だから、幽霊を助けられなくても、できる限り最高の結果と言える――でも、そうでないのなら答えを言っているも同然だった。


 助けられなかった人間がいたとしたら?

 おれたちを除き、教室にいたのは、一体誰だった……?


「山津波……!?」


 突っ込んできたトラックと建物に挟まれ、隙間から滴っている、赤い液体は……。


「ちっ、やられたな」


 オウガがぐっと押したことで、トラックが教室と平行になっていた状態から傾き、校庭へ落下した。

 すると見えてくるのが、挟まれていた山津波、だったものだ。


 知秋の逆方向へ曲がった骨折よりも酷い。

 全身がバキバキに折れ曲がっており、両手で丸めた紙のようにクシャクシャになってしまっていた。

 顔を隠すフードと体を覆うマントがなければ、おれたちは悲惨な彼の体を見る羽目になっていただろう……。


 死霊を見慣れているおれたちは、意外と魂が抜け出る前の死体を見ることは少ない。

 死体操者ネクロマンサーだったなら見る機会も多いが、おれたちは専門外だ。

 だから耐性もあまりなく、マントで覆われていたとしても、隣でひばりが嗚咽を漏らしていた。


「うぇ……っ」


 山津波が殺された……、誰に?

 寸前でおれたちを騙していた、御子峰に!?


 長々と話していたのがトラックを突っ込ませるための時間稼ぎだとしたら納得だ。


 作り話……? 

 しかし、疑惑だ……いや、あれさえもおれたちを戸惑わせるための――ああもう! 

 こうやって考えていること自体、あいつの思う壺だって言うのか!?


「クソっ、先を越された」

「これ、競争じゃないけど」


 オウガと初が、隣合ったまま言葉を交わしていた。

 おれが思いついた推測なんて、とうの昔に越えているのだろう。


「かもしれねえな。だが、一番乗りをしたいのが、男ってもんだ」

「よく分からない。ひつぎはそういうことを言わないから」

「だから前にも言ったろ、あいつは男でも王子様でもねえよ――お姫様だってな」



 トラックの衝突により教室は半壊し、外に剥き出しの状態だ。


 大きな音と事故の規模に、すぐにでも警察と野次馬が集まってくるはずだが、ここはクロスロンドンだ……。

 薄らと霧がかっていなかったとしても、なんだなんだと集まってくる人は少ない。

 この場にいるのは当事者だけだ。


 乗用車、トラックと、連続で教室に突っ込んできた意図的な攻撃を踏まえ、三つ目がくるだろうと構えていたために生まれた静寂。

 それを突き破る甲高い悲鳴が背後、校舎の中から聞こえてきた。


「――夏葉さんっ!?」


 そうだ、夏葉さんは担任の先生だ。

 大きな音を辿ってこの教室に向かってくるはずだ。

 そうでなくとも本来、この教室に向かう予定なのだから。


 しかし、悲鳴は遠くから聞こえた。

 教室の現状を見たのではなく、おれたちとは別の場所で、別の問題に直面していると見た方がいい。


 歪んでいるためか、開けづらい扉をひばりと協力して開き、悲鳴の方向へ。

 教室から一番近い階段の踊り場に、夏葉さんが尻餅をついて倒れていた。


 彼女の視線を追うと――壁に。

 大鎌によって腹部を貫かれ、壁に貼り付け状態にされていた男子生徒……。


「石、森……?」


 教室にいなかった、死に神憑きの疑いがあった生徒だ。

 やっぱり……っ、石森も参加者だったんだ……っ。

 なら、石森をこんな風に貼り付けにしたのは、嘉木坂なのか……?


「どういうこと……?」


 と、少し距離を空けて、ひばりが声を震わせていた。


「ねえ、なんなのよ……っ、どういうことなのよ、これッ!?!?」


 ひばりが窓の外を見て、声を荒げている。

 彼女の後ろから、おれも窓の外を見渡した。


 石森が貼り付けられている階段の壁の裏側が、窓から見えるのだ。

 屋内で突き刺さった大鎌の、飛び出た刃が見えている。


 そこに。


 


「……え?」


 壁を隔て、一つの大鎌に石森と嘉木坂が串刺しにされていた。

 彼らに意識はなく、それ以前に、生気を感じられなかった。


「どういう……」


 隣にいたひばりがなにかを感じ取ったように慌てて振り向いた。


「……今、なにか気配を感じたんだけど……」

「お、おい、怖いこと言うなよ……」


 まるで肝試しで廃墟の中に入ったような反応だ。

 おれらにとってはなんてことない状況ではあるものの、今に限れば似たようなものだった。


 石森と嘉木坂、そして山津波……三人を殺した死に神、もしくは死に神憑きがこの学園にいることになる……。

 どこにいるか分からず、どんな攻撃をしてくるのかも分からない相手に怯えるのは、幽霊を怖がる一般人と同じ感覚だろう。


 今、残っているのは御子峰だけだ。

 ……単純に考えれば、御子峰が三人を殺したことになるけど……、


 いや、同士討ちだってあるし、嘉木坂が石森を、石森が山津波を、山津波が嘉木坂を、ジャンケンのような力関係で殺し合った可能性だってある。


 もしくは、石森と嘉木坂を山津波がまとめて串刺しにした後で、御子峰によってトラックの衝突により殺された可能性もある。

 ……考え出したらきりがない。

 死に神憑きの意思とは関係なく、死に神が単体で行動を起こした可能性だってあるのだから。


「最悪なのは、これであの式神女がどこかで殺されていた場合よね……」


 もしもその結果になれば、おれとひばりしか残らず……え、でも、それは最悪とは言わないのでは? 

 人が死んでいるので最高とは言いづらいけど、無理やり参加させられた殺し合いから逃げられたってことになる。


 おれたち二人はもう狙われない。

 まさかひばりが今になって裏切り、おれと初ともう一度、敵対するとも思えないし――。


「違うわよ……、そうじゃなくて……」


 ひばりにしては歯切れが悪く、言いづらいことなのだろうか?


「だって、殺し合いと言っておきながら、あたしとあんた以外が殺されていたのよ? 他の四人が殺し合ったというよりも、四人以外に一方的に殺された、としか思えない殺され方にしか、見えなかったのよ」


「……? 七人目がいるってこと……?」


 閃いた可能性も、ひばりはあっさりと否定してくれた。


「似てるけどね。六人と言われていたけど、実際は十二人いるって、分かってる?」


 えーと……、おれ、ひばり、山津波、御子峰、石森、嘉木坂……と?


 あっ。

 そうか、初、オウガ……残り四人の死に神を合わせて、確かに十二人いる。


 つまり……?

 首を傾げると、なぜか苛立っているひばりがおれの胸倉を掴んで、


「だからっっ!! これはあたしたち死に神憑き同士の殺し合いじゃないッ、あたしたち人間と、死に神の殺し合いだったら――最悪って言っているのよッッ!!」


 死に神が……?


 初が?


 なんで、敵に回るんだよ?

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