第二話 幽霊の町【クロスロンドン】

 通学路の途中の赤信号で止まる……のだけど、車通りがほとんどと言うか、断言できるが、まったくない――だから無視して渡ってしまっても良さそうにも思える。


 が、今日は薄いが、常に霧がかっているため、視界は悪い。

 歩いているおれたちでも前方がまともに見通せないのだ、車だったら尚更危ないだろう。


 車通りが少ない理由の一つに数えられる。

 そもそも視界が悪い以前に、車に乗る人が少ない。


 外からの来客が少なければ、住人も少ないのだから。


夏葉なつはさん、久しぶりに仕事みたいだけど、大丈夫かな……」


 おれと初が住んでいる部屋の隣に住むお姉さんだ(実際は、お姉さんって年齢ではないらしい。現役高校生時代が十五、六年前だと以前に思わず漏らした感じで言っていたので三十代は越えているみたいだ。……あの容姿で?)。

 二人で暮らすおれたちを心配してくれて、保護者代わりになると立候補してくれた。


 ……その内実は、家事スキルが壊滅的な自覚がある中で、初のご飯を目的にたかりにきていた……まあ、おれと初だけだと不安なこともあるし、大人の一人、味方がいると頼もしいのも確かだった。


 この町にきて一ヶ月、初は夏葉さんを餌付けして、既に飼い慣らしていた。


「大丈夫じゃなくても、夏葉ならなんとかなる」


 この町にいる時点で、良い意味でも悪い意味でもまともじゃないのは確かだ。


 青信号を待ってから渡る。

 しかし安心もできない。

 ルールを守ったからと言って危険がなくなるわけでもない。


 この町では尚更、ルールに縛られない例外的な存在が幅を利かせているのだし。

 どちらかと言えば、おれたちの方が迷い込んだ異物になるのだろうか――。


 災害の多い国とも言われる日本だが、近年ではそれ以上に、霊的現象による被害が多発していた。

 悪霊、怨霊……でなくとも、霊能力者が言うには、幽霊が一気に増えた、らしいのだ。


 それもそのはず、出生率が徐々に減っていったと嘆かれるのは、ピークを知っているからだ。

 子供がたくさん生まれていたベビーブーム。

 その世代が今、順々に亡くなっていっている。


 ゴーストブーム? 

 強い未練を持つ幽霊が現世に留まる確率が高いが、最近はそうでもなく、漠然と現世に残りたいと思っただけでも残っていられるらしい。


 それを教えてくれたのは、おれと年齢がそう変わらないポニーテールの女の子……その正体は幽霊、である。

 教室に入ると、机が足らないくらいの人数が一室に集まり、賑わっている。


 元々、学年のくくりを取っ払い、一つの教室に三学年がまとめられていることから、在籍している生徒は少ない。

 にもかかわらずこうも騒がしい(しかも学生どころか大人も混ざっている)のは、ほとんどが幽霊だからだ。


 人間は、おれと初を含めても、六人? ほどだろう。


 曖昧なのは、幽霊も人間も、見ただけでは区別がつかない……。


「現世に残り続けてると、地縛霊になったり、悪霊や怨霊になって自我を失っちゃったり……昔まではそれが普通だったんだけどね」


 ポニーテールを振り、教えたがりな少女がおれの机に両手をついて前後に揺らす。


「最近だと現世に残り続けてても長い間はまともでいられるみたい。だからみんな留まり続けるんだって」


 すぐに成仏しない気持ちも分かるけど、留まり続けた結果、自覚なく引き起こされる霊的現象の被害が大きく広がってしまっている。

 その気がなくとも、人を死に追いやってしまうことになる。

 幽霊が幽霊を生み出す鼠算式がこのまま続いてしまえば、あっという間に人間はいなくなってしまうだろう。


 科学で説明できなければ解決方法は導き出せず、手詰まりだ。


「だからこの町を用意したんでしょ? ここ、本当に過ごしやすいもんっ。間違って誰かを殺しちゃう心配もないし。あっ、ひつぎは危ない時が一回あったっけ? でも普通の人よりはそういう力を持ってるから、平気だよね?」


 普通の人よりは、ね。

 対応ができても、耐性があるわけじゃないのだから、襲われたら普通に死ぬ。


 初が守ってくれてるから、今も無事でいられてるけど……。


 ――そう、ここは、だからそういう町なのだ。


 幽霊にとって過ごしやすい町。

 普通の人は、決して入ってこられない町。


 混ざり合っていた二つの勢力を明確に二分化させるため、

 幽霊が好むものを組み合わせて作った、埼玉県南部に建設された人口都市だ。


『クロスロンドン』――と言う。


 ただ、一時的に臭いものに蓋をしたのか、

 後々に一網打尽にするのかは……、日本の対処は、まだ判明していなかった。


 名前の通りにロンドンがモデルになった町だ。

 なんでロンドン? という疑問は、魔法文化が盛んだったから、と考えられるが、発案者の中に映画好きがいて、資料を集めやすいから、とも考えられる。


 だからロンドンの町並みを徹底しているわけではなく、観光地として有名な場所同士を無理やりくっつけたような、ロンドンのいいところだけを切り取ったみたいな町並みだ。


 ロンドンにいったことがある人でないと分からないだろう……おれも、最初はロンドンってこんな感じなんだと信じてしまったのだから。


 所詮は真似だ。

 本物とは似ても似つかない。


 イギリスのロンドンに、こんなに幽霊がいるわけないのだから。

 それに、幽霊が放つエネルギーのせいだろうけど、霧がかっていて町並みなんて大して分からない。


 新しい日本の観光名所にしたかったのかもしれないが、こんなゴーストタウン(二つの意味で)に、観光客がくるとは思えない。

 オカルトやホラー好きでも、そういう体質でなければまず入れないのだから。


「ねえねえひつぎっ、今日ね、新しい先生がくるみたいだよ?」


 幽霊は、体の輪郭がたまに歪んだり、揺れたりする……煙みたいに、と言うのが一番近い、かな。

 実体化し、鮮明に見えてしまう幽霊と人間の区別は、だからそれくらいしかないとも言える。


「やっぱり三日と持たなかったかー。……一般人は入れないわけだし、霊感が強い先生を選んで派遣してるんだとは思うけど……幽霊ばかりの環境で、教師の仕事を続けられる強いメンタルを持つ先生なんて、そうそういないよなあ」


 だから理想は霊能力者であり、教員免許を持つ人、だけど……。


「ま、いないよなー」


「そう?」


 と、隣の席の初が呟いた。


「新しい先生のこと、知ってるのか?」


 初は首を左右に振って、


「知らない。でも、なんとなく、予感がしたの」


 予感。

 漠然としているけど、初の予感は、よく当たる。


「ひつぎの言い方だと限られるけど、もっと考え方を変えてみたら、意外と条件に合う先生はいるかもしれないねっ」


「え。それって、どういう……」


「霊能力者じゃなくても、霊感がある人が、教員免許を取ったり……できなくても少し勉強するとかして技術を得たり、磨くことはできるわけじゃない? 教師が霊感とか、霊能力を手に入れようとしたら難しいけど、逆はそう難しいことじゃないからねっ」


 それは、確かに……。

 快活に喋るポニーテールとは反対に、初が静かに呟いた。


「きっと、ひつぎも知ってる人」

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