八、煽り動かす

「ええ、どのようなご用ですか」

片倉はスピーカーにして着替えながら返事をした。

「実は『雪ん子の会』は『東陽坂組織連合』に加わる方向で検討を始めました。そこでよく事情をご存知の片倉さんに助言を頂けないかと思いまして」

「それは仕事の依頼という事ですか」

「そうです」

「しかし、私は次の仕事があり、そちらにお伺いできません。すべてこのような通信でよろしければお引き受けします」

「それで結構です」

「では通常の契約書を送ります。条件がよろしければそれで行きましょう」

「よろしくお願いします」


 一時間後、契約書が息づいたので連絡した。


「それでは、『東陽坂組織連合』に加わろうとの事ですが、どのような助言が必要ですか」

 部屋のモニターに映像を飛ばした。そちらの方が大きく解像度もあるので細かな表情が読み取れる。自分の端末には資料を出した。

「まずは経緯や考え方が変わった理由などから話した方がいいですか」

 坂下は疲れた目をしていた。

「いいえ。それは後々必要となったらお伺いします。まずは問題を一緒に解いて行きましょう。いま気にかかっておられる点と、それをどう解決されたいのかをまずお話し下さい」

 坂下はうなずく。

「心配なのは以前お見せした内部資料に関わる部分です。『東陽坂組織連合』が周辺組織を呑み込み支配して一大勢力、例えば昔の自治体のような集団を作りたいのではないか。そしてその中心に水野の本家を据えたいんじゃないか、という点です」

 片倉はメモを取りながら先をうながした。坂下は続ける。

「しかし、一方で東陽坂はすでに上下水を手にしました。その力に逆らうよりも合流した方が短期的に得なのは明らかです」

「正しい分析だと思います。では中長期的なご心配なのですね」

「ええ。『雪ん子の会』は消滅するのではないか。それと、うちは東陽坂に加わった偃武修文えんぶしゅうぶん会に似た組織を取り込んでいます。開明興業と言いますが、これが厄介ごとの種にならないかと心配しています」

「それも正しい分析ですね。前に見せて頂いた資料通りなら、『雪ん子の会』は合流後早いうちに個別の組織に解体されるでしょう。また、その際に今おっしゃった『厄介ごとの種』を除去するために少々手荒な出来事があるかも知れません」

「『手荒な出来事』とは?」

「実力行使も含んだ積極的行動、ですね」

 それを聞くと、坂下は画面外のコップを取って飲んだ。

「失礼。片倉さんもそうお考えですか」

「きわめて常識的な予想です」

「野蛮な出来事は避けたい。そこも含めて助言頂けますか」

「分かりました。揉め事を回避するのは賛成です。株価や貨幣価値に関わります」

 画像が荒れた。細かい長方形のタイルが坂下を崩した。

「回線が良くない。音声のみにします」

 上半身の形をした色とりどりのタイルから声がする。

「こちらも不安定です。動きが止まりました。で、具体的にはどのようにされますか」

「力をつけて下さい。どのような不安定さも力で解消できます。分解され、会が消滅するのを避けたいなら安定して凝集しているための力が必要です。人と人、組織と組織、繋がりは力です。坂下さん、あなたや『雪ん子の会』が持つ繋がりを一覧にして今日中に下さい。その繋がりのマップを私なりに分析し、力を抽出してお渡しします」

 返事まで間が空いた。

「片倉さん、失礼ですが、あなたはつい最近まで東陽坂のために働いていたんですよね」

 タイルは完全に停止していない。言葉に合わせてちらちら動いている。

「契約は終了しています。また、行動を拘束する特約は結んでいません」

「つまり、あなたはわたしたちとの契約が終了して、また東陽坂に雇われたとしたらそっちのために働くのですか」

「拘束特約を結ばれたいのですか」

「そういう事ではなくて」

 声に感情が混じっていた。

「今さらなにをおっしゃりたいのですか。私は独立人インディーズです。それが坂下さん、あなたのお考えへの答えです」

「そうですか。それなら独立人インディーズの拘束特約というのは?」

「組織間のとほぼ変わりません。契約に応じて私の行動を拘束します。例えば他の組織との契約は行わない、とか、ある行動は取らない、などですね。内容に応じて拘束期間中は支払いが発生します」

「今は結構です。では他になにかありますか。ああ」

 映像が戻った。坂下は手を組み、落ち着いた様子だった。

「戻りましたね。ではひとつ。あの株主親睦会の時、水野氏と抜けてどのような話をされたのですか。よろしければ、ですが」

「今後について話し合いました。浄水場管理体も入れて三者でです。力を見せつけられました。そこで合流を決めたのです。その時は『雪ん子の会』の組織としての存続を保証してくれました」

「信用できない?」

「もちろんです。早いうちにばらそうとしてくるはずです。我々が自主的に解散したような形になるでしょう」

「どっちに転んでも、ですか」

 片倉がそう言うと、坂下は力なくうなずいた。

「合流しなければばらばらにされてから吸収されるだけです。これはただの時間稼ぎです」

「そうですか。ところで管理体はなんと言っていましたか。水野氏に同調するだけでしたか」

「そうです。とにかく組織集団を巨大にする利点を何度も聞かされました。筋は通ってるんですが、繰り返されるとうんざりですね」

「分かりました。では、今はこのくらいで。先程の資料お願いします」

「すぐ送ります。ではよろしく」

 通信が終わり、片倉は熱めに茶を入れてすすった。


 頼んでいた一覧が送られてきたのは二時間後だった。軽く食べながら目を通す。様々な色と形の図形が画面の中で踊っていた。片倉は『雪ん子の会』と付き合いのある組織で、かつ『東陽坂組織連合』とも関係のある組織を反転させていった。地区が同じだけにかなり多い。

 次にそういった結びつきが共通する組織のうち、交渉に使えそうなものを絞りこんだ。ここで数が一気に減る。また、木下氏との繋がりは消えてしまった。

 とりあえず候補の組織に連絡し、『東陽坂組織連合』内に下部組織集団として『雪ん子の会』を永続的に存続させる事を支援可能か探ってみたが、反応は思わしいものではなかった。返答は『雪ん子の会』は連合参加後に時期を見て解散が妥当と言うのが主で、中には坂下氏に触れ、分家の組織集団が存在し続ける意味はないと主張する意見もあった。


 片倉はリストの候補を消していった。最後に残ったのは浄水場管理体だった。舌打ちする。


「お久しぶりですね。片倉さん」

 返事はすぐに返ってきた。いつもの通り声だけだった。

「そうですね。しかし前置きは抜きにしましょう。こうしたのは管理体、あなたですから」

「はい。親睦会で自分を組織であると言ったので、後で水野さんたちにお説教されました。でも私は布石を正しい場所にたくさん打っているんです。もう認めざるを得ないでしょう」

「ですね。ではもう分かっていると思いますが、それを確実なものにするために二つ提案があります」

 片倉は話しながら計画書を送った。管理体は数秒おいて返事をした。

「『雪ん子の会』の永続はある意味簡単です。政治的影響力はかなり減りますが、それでよろしければ」

「それで大丈夫です。坂下は組織としての形にこだわっていますので」

 片倉は了承した。


「ただ、もう一つの方、『東陽坂組織連合』と『雪ん子の会』それぞれの警備組織の関係性は私にとって不確定要素があり、安定を保証できません。努力しますが、としかお答えできません」

「水が欲しいなら争うな、と言ってやれば?」

「片倉さん、分かっておっしゃっているのだと思いますが、ああいう組織の構成員は体面を強く意識します。今日この瞬間からひとつの集団なのだから仲良く、などとは通用しません」

「力関係がはっきりするまではつつき合いをする?」

「明らかです。それに順位がはっきりしても一時的なもので、事あるごとにひっくり返そうとするでしょう」

「で、その度に評判が悪くなり、株や通貨の値打ちが下がる」

 片倉はため息をついた。

「その通りです。一度失った信用を取り戻すには時間をかけた広告宣伝などが必要です。これは浪費です」

 管理体は片倉のため息を真似た音を付け加えた。

「東陽坂関連の資産を処分したくなってきたな」

「今はだめですよ。契約が有効な間はインサイダーになります」


「いっその事……」

 片倉は顎に手をやった。

「なんですか」

「……いや、ふと、『雨降って地固まる』はどうだろうなと」

「それはいけません。危険すぎます。片倉さん、これ以上不確定要素を持ち込まないで下さい」

「でも、『東陽坂組織連合』と『雪ん子の会』は色々あったとは言え一緒になると合意しています。また、『雪ん子の会』の永続も管理体が公に組織となって支持すれば安泰です。そこに残る問題はそれぞれの警備組織の対立だけ。争う理由は体面。なら思う存分潰し合わせればいい」

「信頼が地に落ちます。固まるどころじゃない」

「一度で済むならその方がいい。後々何度も小さな揉め事を起こされるより、大喧嘩一回だけの方がましだし、警備組織同士の厄介事なら世間も納得させやすい。どうです。思いつきで言ってみましたが、案外悪くなさそうじゃないですか。もちろん話し合いが先です。それで納得してくれれば良し。しなければ大雨です」


「血の雨ですよ」

 管理体は感情を含ませた声で言った。

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