第18話 「初期のビデオゲーム」

 レッドキャップが目の前まで来た!

 お願いだ、イマダン! 爺の剣を拾ってくれ!

 俺の相棒なら信用させてくれ!

 だが彼はずっとうずくまっているだけだ。


 レッドキャップがジャンプして斧を振り上げた!


「ホッホッホー!」


 レッドキャップが低音の美声で笑った。

 勝利の確信の笑いだ。

 ただでさえ柄の長い斧なのにジャンプするのは……怖すぎだ!


 くそ! スタートボタンを押すしかない!

 でも間に合わない! スタートボタンを押す前に斧が振り落とされる!


 “ガッキーン!”


 だが、斧は振り切れなかった。

 レッドキャップの長い斧は細い剣で防がれたのだ。


「あなた! 死にたいの⁉︎」


 レッドキャップが斧を振り落とした先に甲冑少女がいた。


 今の、甲冑少女の声?

 俺は彼女がここまで駆けつけて斧を防いで助けてくれた事よりも、彼女の声を初めて聞いた方が心を惹きつけた。

 イマダンに向けての罵声でありながも心配をしているのが感じ取れる。

 なにより、外見通りの美しく凛々しい声で俺は感動していた。


「早く立って、剣を取って!」


 レッドキャップの攻撃を防ぎながらもイマダンに声をかける甲冑少女。

 イマダンはあいからわず、ブルブル震えてうずくまっている。


 ダメだ、ヤツがこんな状態ではスタートボタンは押せない!

 イマダンを立たせて爺の剣を拾って、その爺の剣を股間に添えてあの呪われた下ネタ呪文を唱えるなんて、この神が作ったこの操作板だけでは無理があり過ぎる。


 イマダン! 立つんだ、取り敢えず立ってくれ!

 俺はもどかしくて操作盤を左右に揺らして、彼が行動に移してくれるのを待った。


「ナニやってるノ、早く立っテ!」


 妖精っ娘が飛んで来て、イマダンの首筋を引っ張り上げた。


「立ってイチモツを握って!」


 詩人少女は焦っているのか、表現がおかしい。


「サンタってなんだ?」


 魔童女はこだわり過ぎ! 幼い子供がする、なぜなぜ期が今も続いているのか?


 “ガッキーン!”


 甲冑少女の辺りから鈍い音がした。

 下の草むらに丸い物が落ちた……兜?

 レッドキャップの斧が甲冑少女の兜をかすめたらしい。

 兜が脱げてサラサラの長い金髪が舞うように広がった。

 だが、すぐさま甲冑少女は体制を立て直して細いレイピアで応戦した。


 ダメだ! 彼女が危ない。

 一か八か、スタートボタンを押そうとした。


「戦う気がないのなら、逃げて!」


 甲冑少女は振り向き、イマダンに向かって逃げるよう指示した。


 俺は彼女の顔を間近でマジマジと見た。


 彼女は……眩しかった……


 女神、神様とは違う輝きを放っているように感じられた。

 青い瞳が良く似合い、鼻筋が通っていて……俺の想像よりも遥かに美しかった。

 危機的状況で瞳孔は開き、眉も鋭いのに……短い人生の中で一番美しくて可愛く見えた……

 そしてなにより、初めて見たのになぜか懐かしい気持ちが湧き上がって来る……


 彼女はイマダンを見て、イマダンに対して口を開いて、イマダンを意識して怒った表情をしていた……もし、俺が転生していたのなら……俺の事を睨んで、罵って、怒りをぶつけてくれたはずなのに……なんだ、この気持ちは?


 真下にいるイマダンを見た。

 イマダンは顔を上げている……見ている先には放り投げた爺の剣!


 イマダンは覚悟を決めたのか、四つん這いになりながら爺の剣まではっていく。

 無様だが彼なりに必死の姿に、あれこれ考えていた自分も無様に感じた。

 今は戦う時だ!


 無様なイマダンを見つけた別のレッドキャップが槍を持って近付いて来た。

 イマダン、早く爺の剣を取ってくれ!

 槍を持ったレッドキャップはダメージを喰らったのか、足をひきづりながらゆっくり向かって来る。


 あと少し……イマダンはついに爺の剣をつかんで立ち上がった。

 よし、呪われた下ネタ呪文を唱えるんだ。


「お、お、己ののの……?」


 イマダンは呪文の途中で言葉をさえぎり、頭を傾けた。

 どうしたイマダン? テンパってド忘れしたのか?

 距離がある、まだ大丈夫だ! ゆっくり落ち着いて唱えろ!


 だが、イマダンは動かない。

 下を向いてブツブツ呟いている。

 どうしたんだよ! 早くしないと皆んながやられてしまうだろ!

 

 操作盤のスタートボタンのすぐ上の俺の人差し指が汗で濡れている。

 皆んなの命が危ないだ、だからすぐにゲームをやらなくっちゃ!

 早くゲームをやらせろ!


 イマダンはまだ動かない。

 レッドキャップとの距離が縮まって来る。

 いったい、なにをやっている!

 スタートボタンの上の俺の人差し指が、力が入り過ぎてケイレンし始めた。


 危険が迫ってるんだぞ、もうゲームを始めないとダメなんだ!

 とにかくゲームだ!

 俺はゲームがしたいんだ!

 俺にゲームをさせろぉ‼︎

 

 イマダンは、はっとした表情をして股間に爺の剣を添えた。

 焦りすぎて爺の剣のポジションを忘れていたらしい。

 イマダンは股間を思いっきり突き上げて呪われた下ネタ呪文を唱えた。


「己のイチモツよ、そそり上がれ!」


 股間は光輝き光の刃が飛び出した。

 十センチほど。


 よし、よくやった。

 これでゲームが出来るぞ!

 俺はゲームのスタートボタンを押した。


 “♪テッテレー!”


 操作版からレトロな電子音が流れた。

 本来モニターがある部分の右上の方に『1P』と数字の『0』が、そして上の真ん中に『3:00』と時間のカウントダウンの数字が現れた。


 本当にゲームだ!


 セレクトボタンを押したが、なにも起こらない。

 俺はもう一度スタートボタンを押した。


 【Fight!】

 “ファイト!”


 目の前に英語のファイトの文字が表れ、電子音の荒い音声でファイトと見えないスピーカーから流れた。


 イマダンの持っていた爺の剣が輝きを増した。

 なんと光の刃が一メートルくらい伸びたのだ。

 そして爺の剣を中段に構えてスタンバイをしているイマダンがいる。


 これは……イマダンがゲームのマイキャラになった?


 戸惑っている場合じゃない、槍を持ったレッドキャップが目の前まで来ている。

 ヤツは槍を構えて、槍を突く姿勢を取った。


 ゲームなら、いやゲームでなくとも、ちゃんとした間合いで攻撃しないと当たらない。

 ぶっつけ本番だ! 焦りはするがタイミングを測って……今だ!

 俺はAボタンを押した。


 イマダンは爺の剣を上から振り落とした。

 当たった! 頭から真っ二つだ!


「キュピ!」

 

 レッドキャップは悲鳴を上げた。

 悲鳴、カワイイな!

 笑い声の低い声とは違って、動物の赤ちゃんのような高い声の鳴き声だ。


 “ぶしゅ!”


 切った所から液体が飛び散った。

 血? 血は周りに飛び散り、イマダンの身体にも掛かった。

 

 くっ、なんて生々しいんだ……いや!

 レッドキャップが倒れて絶命したあと、周りに飛び散った血と肉体は白い粒子となってバラバラに弾け飛び、散り散りに消えて跡形もなくなった。

 

 消えた……これが妖精の最後なのか?

 目の前の数字も『0』が『1000』に変わった。

 点数? コインと経験値?

 内訳は分からないが、それしか思い付かない。


 でも……やったぞ! モンスターをやっつけた!

 次だ!


 ゲーム操作盤のレバーを前に動かしてみた。

 イマダンは前方へ歩き出した。

 よし、移動出来る。

 俺は甲冑少女と戦っているレッドキャップのうしろに彼を移動させた。


 この距離で……Aボタン!


「キュピ!」


 また大出血だ。

 でも完全に動かなくなったら、また粒子となってすべて消えた。


 凄い、凄いぞ!

 今度は技のコマンド入力を試してみよう。

 俺はレバーをクルリと回してAボタンを押した。


 イマダンはその場て一回転して剣を振り落とした。

 ダメかぁ〜!


「なにを踊っている⁉︎」


 回転していた現場を見ていた魔童女があきれ顔で怒鳴った。

 コマンド入力は出来ないようだ。


 あと敵はどこだ?

 遠くに瀕死のレッドキャップがうごめいていた。


 移動しようとレバーを入力したが止めた。

 ひょっとしてBボタンは……イマダンの位置をレッドキャップに合わせてBボタンを押した。


 爺の剣の光の刃が飛んで、レッドキャップの胸を貫いた。

 やった! Bボタンでビームガンが撃てるぞ!


「キュピ!」

 

 レッドキャップはカワイイ悲鳴を上げ、粒子となって消えた。

 すべての攻撃の位置が正確ではないのだが、ゲーム補正というべきか上手く調整された感はあった……でも、とにかく上手くいった。


 まだ一分以上時間が余るくらい上出来だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る