第15話 「エルフ耳の妖精少女」

 爺の剣を構えたイマダンは静かに意識を集中している。

 光の刃をビームガンとして飛ばすイメージをしているのだろう。


「えい、えい! ふん、ふん!」


 光の刃を前後に押し出すように突いたり、光の刃を振り払うように上下に振ったがビームガンは発射されなかった。


「ダメだぁ!」


 諦めが早いぞ、まだ始めてから五秒しか経ってないじゃないか!


「魔力がなんたる物か、まだ分かってないようだな」


 魔童女の言う通りだ。

 俺も全然分からないのに、イマダンも分かるはずない。

 だいたい魔法のない世界の人間に、魔力の事なんか分かるはずがない。


「また股間に添えるにゃん!」


 さっきまで怒っていた詩人少女が、また情熱的に喋り始めた。


「そして『内なる卑しい劣情を、ハジキ飛ばす!』と唱えるにゃぁ!」


 なんなんだよ! その品のないスペルは! まるっきり下ネタ呪文じゃないか!

 詩人少女の方が、イマダンよりもよっぽどスケベじゃないのか。


「面白い、やってみろ! 魔力的にアリだ!」


 なにがアリなんだ?

 魔童女も面白い半分で言ってないだろうな? そもそも面白いって言ったし……


 イマダンの身体が震え出した。

 どうした、葛藤か? 心の葛藤があるのか?

 誰が見ても股間に剣を添えながらの下ネタ呪文を唱えるなんで恥ずかしい……リアルファンタジーとは思えんスペルだ!

 また甲冑少女に見つかったら、今度こそトドメを刺されるのは目に見えている。


 でも、この狩を成功させないと先に進めないぞ!

 心配するな! この身体の持ち主モトダンは皆んなから変態呼ばわりされているみたいだし……この少女二人も同類だ!


「ふうぅ……」


 息を吐いたイマダンはゆっくりと爺の剣を股間に添えた。

 そして股間を思いっきり突き出して変態スペルである呪文を詠唱した。


「う、内なる卑しい劣情を、ハジキ飛ばす!」


 詠唱を唱え終えたと同時に腰を思いっきり突き出した。


「うっ!」

 “ぴゅぴゅん!”


 白いのがぁ! スペルで白いのが勢いよく飛び出ていった。


「出たぞ!」

「まあっ!」


 二人の少女は頬を赤く染めながら白いのを目で追った。


 イマダンの股間から白い光が音もなく、あさっての方向に飛んで行った。

 しかも、ビームなので大気や重力の影響は殆ど受けず真っ直ぐ飛んで、十メートル辺りで消滅した。


 これは使える! この爺の剣はかなり応用力のある秘宝魔具だ。


 イマダンは股間に手を添えたまま、少女たちの方を振り返った。

 その顔には内なるなにかを解き放った開放感と、すべてを出し切った満足感に満ち溢れた表情をしていた。

 そして彼の股間が一際輝いて見えた気がした。


 しかし股間と魔力の関係はなんなんだ?

 エロと魔力は同一のものなのか? それとも精力が魔力のエネルギー源なのか?

 それに恥ずかしい下ネタ呪文を唱える理由はなんなんだ?

 羞恥プレイに意味があるのか? おかしな人でしか魔法使いになれないのか?

 この世界の魔法の仕組みが俺にはまったく理解出来ない。

 

「今度は上手く出来るだろ。

 さあ、仕留めてみせろ」


「オッケー!」


 魔童女の命令に、さっきまでの動物愛はどこかに消し去ったかのようにノリノリの返事を返した。

 このイマダンの軽い性格が俺にはまったく理解出来ない。


 一方、野ウサギ達はイマダンを警戒するほどの相手とは思っていないらしく、ギリギリ逃げられる距離で食事に専念していた。


 だが野ウサギ達よ、今度は警戒しないと危ないぞ!

 こっちは飛び道具を手に入れたからな。


 イマダンも勝利を確信したのだろう、心に余裕が出たのか股間の柄を左手の片手持ちにして右手を腰に置いたベルギーのブリュッセル市にある小便小僧スタイルで、堂々と腰を突き出して小慣れた感じで下ネタ呪文であるスペルをお腹の底から出した。


「内なる卑しい劣情を、ハジキ飛ばす!」


 股間から発射した白いビームは野ウサギの遥か上空へ飛び散った。

 股間に添えた状態では狙いが定まらないのであろう、どう対処すべきか……

 でもビームなので風切り音などの諸々な音がしないので野ウサギには気付かれない。

 そうだ、また効果音を付けなくてイケナイ!


「ハジキ飛ばす!」

 “び、び、びーむん!”


 なんとイマダンは下ネタ呪文のスペルの量を減らして詠唱した。

 それでも同じ量のビームが空に散った。

 俺は割愛された詠唱に驚いて効果音が出遅れてしまったが、ビームらしい効果音を付けた自分のハイセンスが誇らしく感じた。


「飛ばす、飛ばす! もう、飛ばす、飛びます、飛ばせます!」

 “ぴゅっ、ぴゅっ! どぴゅっ、ぱみゅっ、びびびびっ!”


 凄い、連続発射だ! イマダンの精力、いや魔力はどうなっているんだ?

 あの下ネタ呪文はどうなった? ただの掛け声だったのか?

 イマダンの連続発射に俺の連続発射特殊効果音も止める事が出来ない!


 あれ? ゲームの操作盤が濡れている……

 もしかして……手で顎を拭って、その手を見てみたらビショビショに濡れていた。

 調子に乗って効果音を付けていたら、知らぬ間に口から唾液を垂らしていたのだ。


 そうだ、この学生服がしっかり再現されているのなら、ズボンの中に母親が入れたハンカチが入っているはず。


 俺はズボンのポケットに手を突っ込んでみた。

 ……分からない? ハンカチの感触がない。

 とりあえず手をグーにしてポケットから出してみる。

 あった! 手はハンカチを掴んでいる。


 口と手、最後にゲーム操作盤を拭きながら今回の問題点に気付いた。

 守護精霊の自分は触覚がないので、口からヨダレが垂れているのが気付かなかった。

 これが触覚がないという事か……これは重大な問題だ。

 問題は手の感覚がないとゲームを上手く操作出来ないという事。

 それはイマダンの身体を操るのに加減が分からないという事だ。


 神様ぁお願いっ! 触覚を付けて欲しい!

 ……

 神様は出て来てくれない。

 ……

 もうイジメないからぁ!

 俺、モンスタークレーマーじゃないからぁ!

 ダメだ、現れてくれない。


 五感の内、視覚、聴覚、臭覚は戻って来たが、味覚と触覚は戻ってはいない。

 でも、完全に触覚がない訳でもなく、例えば料理の時に使う、ミトン型の鍋掴み[厚手の手袋]を着けてゲームの操作盤を動かすイメージだ。


 この曖昧な手の感覚でイマダンを操作しろというのか?


「はぁはぁはぁっ! もう出ない……」


 イマダンは股間から何発も発射してヘトヘトになっていた。

 爺の剣のビームは一発も当たらず、野ウサギは呑気に草を食べ続けている。


「オマエは馬鹿か」


 待ってました、また魔童女からの毒舌!


「そんな構えじゃ、獲物を狙えないだろ。

 ちゃんと構えて狙って撃たなければ当たらないだろ」


 まさに正論。


「魔力は永遠じゃないにゃん。

 ドンドン消耗していって、終いには立てなくなるにゃん」


 詩人少女が呆れでいる。

 そうか、ゲームのMP[マジックポイント]と考えればイイんだ。

 イマダンのMPはあとどれくらい残っているんだ?


「もう……立ちましぇ~ん」


 MPがなくなったのか?

 そもそも立つって言葉のチョイスがおかしいぞ!


「まだだ、まだ刃が光っているぞ。

 それは魔力が尽きていない証だ。

 爺の剣は年寄りでも扱えるように魔力の消耗が少ない秘宝魔具だ」


 魔童女が幼い顔に似合わないアドバイスを送った。

 あっ、魔童女は本物の童女じゃなかったんだ!

 女子の中で一番年上って……妖精っ娘よりも年上なのか?

 妖精って人間と同じような歳の取り方なのか?


 ……甲冑少女の二つ名が『潔白の妖精騎士』だったよな。

 彼女も妖精って事?

 ……そういえば、まだ顔もまともに見てない。

 肌の色や髪の色で白人系である事は間違いない。

 ひょっとしたら耳の尖ったエルフとか……目が三つあるとか……頭に口が付いているとか……

 いやいや……彼女は絶対、美少女に間違いない! しかも俺好みの!

 俺は淡い妄想をした。


 そんな事を考えている間に、イマダンは爺の剣を両手で持って目の位置に合わせて構えていた。


「はぁ、はぁ……うっ!」


 イマダンは集中する為に息を止めた。


「飛ばす」

 “どびょーん!”


 俺はハンカチを顎に当てて、特殊効果音をヤリ続けた。

 なぜって? ほかにヤル事がないからだ。


 ビームは群れから離れた一羽の野ウサギに向かって飛んだ。


 ?

「?」


 野ウサギが消えた……当たったのか?


「よし、やったな、その調子だ。

 風下の野ウサギを狙ったから、血の匂いにしばらく気付かないだろう。

 今のうちにドンドン狙って打て」


 魔童女は師匠であるかのように落ち着いた口調で次を催促した。


 野ウサギが消えたように見えたのは、ビームが当たったからなのか。


「やったぁー! いやっほー!」


 今までの鬱憤を晴らすかのようにイマダンは大はしゃぎで浮かれまくった。


「うるさい、黙れ! 野ウサギが逃げるだろうが!」


 魔童女に叱られてショボンとするイマダン。


 それにしてもどういうことだ? 股間に付けなくても大丈夫なのか?

 だいたい股間に添える意味自体が分からないが……そもそも、この異世界の魔法の定義が分からない。

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