第4話 「暴れん坊将軍『てる』名の国」

 とにかく、このなにもない空間で老人、自称神と一緒なんていられない。


「ほほっ。

 ではさっそく行こうかの。

 今、ちょうど活きの良い死体があるので使わせてもらおうかの」


 チョットチョット!

 今、死体って言ったよな……死体ってなんだよ。

 そんなの気持ち悪くてヤダよ!


「ふむ。

 嫌なら異世界の赤子から始めるかの。

 その代わり、強くなるための辛く厳しい修行をせねばならぬぞ。

 どの程度強くなるのかも分からぬし、倒すモンスターも居なくなるかも知れん。

 そして、赤子じゃから今の記憶なんぞ忘れるじゃろう」


 記憶がなくなる……


「新鮮な死体じゃ、結構イケるぞ」


 ……分かったよ。

 なにがイケるか分からないが、OKの返事をした。

 それしか良い選択がないようだ。


 パッ‼︎


 その瞬間、場面が変わった。


 ⁉︎

 落ちてる?

 空だ! 俺、空にいる!

 雲が下に! 今、雲を通り越して上にぃ!

 下は、真下は……青い! 海だ!

 わっわっわっ、わー!

 落ちる、死ぬ~!


 半端ない緊張感で背中がゾク~とした、と同時に幼い頃の夢を思い出した。

 子供の頃、たまに夢に見る雲の隙間や、高い所からすべり台で落ちてゾク~とした感覚に似てる。


「もう死んでおるから大丈夫じゃて」


 神の声が近くで聞こえたが姿は見えない。

 慌てても自由落下なのでなにも出来ない。

 風圧を感じたり、風切音が聴こえないのは身体がないせい?

 とにかく物凄いスピードで上空から落ちている事だけは確かだ。


 アっ!

 海の真ん中に落下の目標地点なのであろう、小さな島が見える。


 イっ!

 見る見るうちに小島が大きくなっていく。

 出発点が高過ぎたため、島が小さく見えたのだ。

 島の形は大雑把にいって縦長の菱形で中央に山がある。

 ほとんどが緑の森に覆われている。

 下、おそらく南側と思われる方向に大きい湖があり……


 ウぉー!

 町だ! 町があるぞ!

 湖を囲んで町がある。

 特に東側の町が大きい。

 よく見ればアチコチに大小さまざまな町がある。

 近付くにつれ、島の全貌が見えてくる。

 大きな町から枝のように道があり、整備された土地、おそらく農地が広がっている。


 エっ!

 湖の大きな町に大きな城が! 昔の西洋風な城がある!

 まさにファンタジーそのものだ。


 オぉー!

 凄い! 凄いぞ!

 人はまだ見えないけど、家や道や畑から人の息吹を感じられるぞ!

 人工物から生活感が感じられて、人の生命の活気があるのが分かる。

 人を感じる事がこんなに嬉しいなんて!


 はしゃいでいる俺に神が話しかけて来た。


「この島の名前は、アヴァレンじゃ。

 隣の大陸から某将軍がやって来て国を治めたのじゃ、その国の名がテル・ナノクという王国じゃ」


 アヴァレン島……

 某将軍……

 テル・ナノク王国……


 島の南側は発展しているが、北側は少し寂しい。

 そして、目的地は北側だ。

 そちらの方に落ちて行ってる。


 だんだん細かい所が見えてきた。

 森と森の開けた所。

 そこに、人がいる!


 ひひゃー! ぶ、ぶつかるぅー‼︎


 地面に近付くにつれ、衝突するのではないかと恐怖でたまらない。

 もう駄目だ!

 俺は目を閉じ、ない身体が勝手に縮こまった。

 覚悟なんてないのに、ペチャンコだ‼︎


 ピタッ!


 ……

 止まった。

 でも、恐怖で震えが止まらず目も開けられない。

 ブルブル震えているのは魂なのかなんなのか分からないが止まらない。


「見るがよい」


 恐る恐る目を開けると、地上から約十メートル位の高さで宙に浮いていた。

 空中に浮いている感じが不思議で、鳥のようにパタパタしたくなる。

 パタパタ……

 さっきまでの恐怖心が好奇心であっという間に薄まった。


 そうだ、下に人がいるんだ!

 俺は下を見た。


 四人いる。

 三人が輪になって、中央のひとりを囲んでいる。

 中央の人は横になって倒れている……男だ! その周りの人は……全員女性だ!

 周りの三人の女性が真ん中の男になにか必死になって……祈ってる?

 女性たちの手が光り出して、そのあと男の身体が光り出した。

 だが、男の身体の光はすぐに消えた。


 魔法?


 男はピクリともせず、生気は感じられない。

 青白い顔は……死んでる?

 女性たちが行っているのは、復活の呪文?


 蘇生魔法だ!

 彼女たちは男を生き返らせようとしているんだ!


 それじゃ……この男が……この身体が……


「そうじゃ、この死体がオヌシのものになるのじゃ」


 死体って言うな!


 彼らをよく見たいが少し距離がある。

 神よ、もっと近くに寄れないか?


 神は、すっと姿を現した。


「ワシは、神様じゃ」ぴっかぴか!


 く~、あいからわず眩しいぜ!

 神様、もう少し彼らに近付けてもらってもよろしいでしょうか?


「うむ。

 じゃが、ここまでなら引き返せるが、これ以上近付けばこの世界の領域に入り、ほかの選択は出来なくなるぞよ」


 ほかの選択……

 今ならまだ地球に、日本に輪廻転生出来るという事か。

 でもこの男に転生すれば、この女性たちと一緒に……


 ウハウハ?


 ひょっとしてこの男、ハーレム状態なのか?

 この男が身分の高い人物であれば、あり得ない事ではないが……

 こ、こんな転生物語でいいのか。


「ワシはオヌシに立派な勇者になって欲しいのだがな」


 わー!

 心の声が聞こえるんだった!


「で、オヌシはどうするのじゃ」


 すぐに答えが出せなかった。

 こんなの誰だって悩むよ。

 この決断で俺の今後の人生が変わるんだから。


 神は俺を舐め回すように眺めて話しかけた。


「ワシとしてはじゃ、オヌシと一緒にあの世で仲良く過ごしたいのじゃが」


 この世界に転生する! また即答する事が出来た。


「うむ」


 不安はあるが先に進むしかない。


 グググッと男に二メートル程、近付いた。

 ハッキリと分かる。

 青年だ。


 年齢は俺と同じくらいで、細マッチョな感じだ。

 身体の傷が見当たらない……まさか病気で死んだんじゃないよな。

 そっか、傷は治癒魔法で先に治したのか?

 魔法……本当に異世界ファンタジーの世界に来てしまったんだな……


 青年の装備はまず、茶色い胸当ての鎧だ。

 革なのか金属なのか分からないが傷だらけだ。

 その中に着ているのは……これはチェインメイルと呼ばれる小さな金属の環を繋げて出来た上着型の鎧……日本では鎖帷子ともいう。

 下はゆったりとしたズボンを履いていて、靴はブーツ風な革製だ。

 全体的にかなり使用しているのか変色している……それになんか臭そうだ。


 武器は、剣……いや短剣なのか? 柄は白くて古風で単調なデザインだが刃が短い。

 いや、折れているのか? 戦いで折れてしまって、それでヤラレてしまったのか?

 よく見ると柄の根元から刀身がスッポリなくなっている。

 鞘もないぞ! 落としたのか、それとも壊したのか?

 それほどの戦いを彼らは行っていたのか?

 そんな激しい戦闘に、これから参加するのか……俺に出来るのか?

 不安だがその事はあとにしよう。

 なにより大事な顔を見ないとイケない。


 目を閉じているのですべては把握出来ないが、ブロンドの髪と、白人っぽい肌を除けば、日本人に近い顔をしている。

 親近感が湧いて、いいかも。

 ただ、白い顔も今は青白い顔をしているが。


 死んでいるんだ……

 本当に……彼の身体に俺の魂が乗り移るのか……複雑な思いがした。

 

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