幸せの基準値

「まぁ、ファニーちゃん、

すっかり立派になっちゃって」


次に訪れたのは、

昔あたしが居た孤児院だった。


あたしがここに居た当時、

面倒を見てくれていたシスターとの再会。


養父とジルにはじめて出会ったのも

この場所だ。


「ここの子は、退所しても

苦労している子が多いから……」


ちょっと言いづらそうに

シスターは言葉を濁す。


「だから、

あなたが幸せそうで、本当に嬉しいわ」



――幸せ


やはりあたしは

幸せそうに見えるのだろうか?


まぁ、そりゃあ

さっきの貧しいスラム街を見てしまったら


お金があって、何一つ不自由無い

そんな暮らしが

大正義だってのはよく分かる。


貧しいけど幸せだったとか、

裕福だけど不幸だったとか、

フィクションなどにはよくあるけど


人によって価値基準は違うし、

判断基準だって違う


幸せの基準値も

それぞれなんじゃあないかとも思う。



「生きるためとは言え、

毎日毎日、沢山の男達に股開いて、

体売ってさぁ


挙句の果てには性病もらって

やんなっちゃうよね、ホント」


次に会ったのは

孤児院で一緒だったリッちゃん。


彼女は四つ年上で、

よくあたしの世話を

焼いてくれていたのを覚えている。


ファミレスの喫煙席で

煙草をふかしながら

昔話をし続けるリッちゃん。


昔からお喋りなお姉さんではあった。


ノースリーブから伸びる白い腕、

その肘間接の内側には

注射針の痕跡が見える。


おそらく、

ドラッグでもやっているのだろう。


人間というのは

わずか十年ちょっとで

こうも変わってしまうものなのだろうか……。


やはり今も胸が痛む。



「シスターもさぁ、

他の子達の話をあまりしなかったでしょ?」


「えぇ、そうですね」


暗い顔で相槌を打つジル。


「そりゃそうだよね、出来る訳ないよね


知ってる?


あの孤児院、

呪われてるんじゃないかって言われてるの?」


孤児院が呪われている?


「あの孤児院から

里親に引き取られた女の子何人かが、

その後、行方不明になってるのよ


それが、みんな可愛い子ばかりでさぁ


どこかの変態の金持ちに売られて

玩具にされて、殺されたんじゃないかって

噂もあるぐらい……


あんたもそうなるんじゃあないかって、

みんな噂してたんだけどねぇ


あんた飛び抜けて

綺麗で可愛いかったし


でも、ちょっと予想が

外れちゃったみたいね」


「行方不明にならなかった女の子達も


まぁ、みんなそれなりに大変みたいでね


あたしみたいに

体売るしか能が無い子ばっかりらしいわ」



「男の子は、男の子で、犯罪者ばっかり


ストリートギャング、

反社や暴力団のチンピラとかね、

数え上げたらキリがないわ……


そういえば

三年前の暴動で暴れまくった挙句

射殺されたって子も

結構いたみたいね」


その言葉を聞いた時、

あたしの脳裏に彼の死に顔が蘇る。


「あたしの彼氏も

あの時に死んだの……」


別にあたしも

不幸自慢がしたかった訳じゃない。


私だって不幸なことがあると

言いたかった訳でもない。


言わなくていいことを

つい言ってしまったと

すぐに後悔した。


「そうなんだぁ、ご愁傷様~


でも男の一人や二人、

あんたならいくらでも

いいのが見つかるでしょ?」


彼の死を茶化すような彼女に

あたしは反論しようとしたが、


それより先に彼女から

手痛い攻撃をくらう。


「あたしはねえ、

あんたが羨ましいんだよ


もしあんたとあたしの立場が逆だったら


あたしは今頃、

お嬢様なんて言われて

いい暮らしをしていたんだろうなって


幸せに暮らせたんだろうなって



あたしだけじゃないよ

みんなそう思ってる


あたし達はなんでこんな辛いのに

一人だけいい思いしてる奴がいるんだって


神様、もっと平等にしてくれよ


地獄に落とすなら

みんな一緒に頼むよって


そうじゃないとあたし達が

惨めになっちまうからさぁ」


胸が痛む。


あたしは何も言い返せなかった。


今目の前に居る

彼女とあたしの差は

ただの幸運の差でしかない。


むしろ、今あたしが

こうして生きていられる方が

奇跡みたいなもので、


あたしが

彼女と同じ立場になっていたとしても

なんら不思議なことではない。



「ごめんね、ジル

ちょっと一人にしてくれるかな?」


車に戻ったあたしは

胸が痛くて、苦しくて、

ちょっと泣いてしまった。



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