7.サイコメトラーTAKAMARU

「うへぇ……」


 俺はベッドに倒れ込みながら呻き声を上げた。

 死霊術ネクロマンシーのパッシブ効果で体力と回復力に補正が掛かってるとはいえ、さすがに今日はハードスケジュールだった。


 昨夜、ガリオンさんから受けたロブ・イモータン殺害の報。

 その現場となったイモータンのアトリエがある隣街のべレクトまで、馬車に乗って朝イチで出発した。俺の死霊術で、犯人が残した痕跡を発見できないかと期待されてのことだ。現場の霊視的なやつだな。ホラー映画でもまあまあよくある展開だ。霊視官サイコメトラーTAKAMARUタカマル、爆誕である。


 案内されたアトリエ——遺体は既に運ばれ、部屋は綺麗に片付けられていた——で、俺はおかしな気配を感じた。気持ちが悪いような、長居を遠慮したくなるような、言葉で説明するのが難しい異様な気配。遠征に同行したアーシアさんも、俺と似たような気配を感じたようだ。

 イモータンが生前に着ていた服や使っていた道具を渡され、それらの霊視もさせられたけど、やっぱりぼんやりとした気配を感じるだけで、これといった成果をあげることはできなかった。


 イモータンの遺体は、解剖が終わった後にべレクトの神星教団支部で荼毘に付され、共同墓地に埋葬されるそうだ。イモータンは幼い頃から天涯孤独の身の上で、遺体を引き取る親族がいないからだ。なんだか、可哀想な話だなと思った。アーシアさんも悲しそうな表情を浮かべていた。


 ガリオンさんはイモータン殺害事件について幾つか調べることがあるそうだ。

 その間、俺とアーシアさんもベレクトに滞在することになっていた。

 ガリオンさんと、イモータン殺害事件の捜査を担当するベレクトの教団員のサポートをするためだ。

 アスタルクに戻るのは一週間後になる。


 そんなわけで、霊視官としての仕事をひとまず終わらせた俺達は、案内された宿舎で一休みしてるところ。窓から見える外の景色はもうすっかり夜のものだった。そういや、腹が減ってきたな。夕飯は出してもらえるんだろうか?


 そうそう。いつもギャーギャーやかましいフィオーラだけど、あいつは現在アスタルクで大絶賛留守番中だ。

 他のシスターと一緒に、ジニーの面倒を見てくれている。

 イーサンとジョン、それにランディさんもフィオーラと同じ居残り組。


 今回の事件はアドラ・ギストラと邪教徒の関与が疑われていた。

 ジニーに宝石を渡した「青いフードの男」とよく似た格好の人物が、イモータンのアトリエ周辺でも目撃されたからだ。


「なぁ、ザック。イモータン殺害事件の犯人って誰だと思うよ? やっぱり、邪教徒の連中なのかね」


 ……。


「おーい、ザックさーん?」


 ……。

 ……。


 返事がない。ただの屍のようだ。リッチ・キングなだけに。

 また、魔力回復のためにスリープしてるのかね。なんか、スマホやタブレットのバッテリーセーバーみたいだな。

 そういうのは、ご主人様である俺にちゃんと断りを入れてからにして欲しいんだが。肝心なときに相談ができねぇじゃん。

 そう、心の中でボヤいたのと同じタイミング。こんこんとドアをノックする音が部屋に響いた。ひょっとして、夕飯か?


「タカマル様、お休みのところ申し訳ありません。お父様がお呼びです」


 ドアの向こうからアーシアさんの声が聞こえた。



 ☆ ☆ ☆ ☆



 教団支部の死体安置所に向かうことになった。

 再度、霊視をおこなってくれと捜査担当の責任者に頼まれたからだ。

 アトリエではおかしな気配を感じ取る程度だったけど、今度は解剖の終わった死体を通して直にイモータンの「声」を拾って欲しい、とのことだった。


 とんでもない無茶振りだ。

 いくら俺の死霊術のスキルレベルが規格外のEXでも、さすがに死んだ人間の魂とダイレクトに交信とかできるわけないだろ。

 それは多分、死を司る女神であるセイドルファーさんの領域だ。

 幽霊や亡霊ゴーストとして顕現してるなら召喚と使役が可能なんだけど、残念ながらその気配はなかった。イモータンの魂はとっくに成仏してあの世に行ってしまったのではないだろうか。


 降霊会を始めとしたあの世との接続に材を取ったホラーはメディアに関わりなく枚挙に暇がないけど、その分、悲惨なラストを迎える作品も多い。正直、あまりリアルで関わりたくない案件だった。

 こんなこと言うと現実と虚構の区別がつかないヤベェ人間に思われるかもしれないけど、実際に異世界転移を体験してる身としては、虚実のあわいはとっくに意味を失ったと考えざるを得ない。


 でも、まぁ、やるしかないんだよなぁ。立場的に。

 頭の中でザックに呼びかけても返事がない。頼りにならないリッチ・キング様だ。


 ちなみに俺が「この世界を救う為に召喚された英雄(厳密には違う)」であることはベレクトの教団支部には知らされてない。まだその段階ではないと教団本部のお偉いさん達が決めたからだ。なんか、この辺もいろいろ細かい事情があるようだった。

 なので、俺はガリオンさんに雇われたフリーの凄腕死霊術士ネクロマンサーということになってる。


 捜査担当の教団員達が苦い表情を浮かべてたのは、俺の霊視があまり成果をあげられなかったこと以上に、死霊術士というクラスに忌避感があるからなんだろう。

 アスタルクの皆のように、死霊術士このクラスに理解があるほうが珍しいのかもしれない。

 もっとも、アーシアさんは最初に俺のスキルを知ったとき卒倒しちゃったけど。

 ガリオンさんとロッシオさんの反応も結構ビミョーだったけど!

 まぁ、別にいいさ。俺は過去を振り返らない主義の男だ。


「え、あれって……」


 教団支部に続く道を歩いていた俺は思わず声を上げてしまった。


「どうしたんだい、タカマルくん?」


 先頭を歩くガリオンさんが訝しげな声で訊く。

 俺の少し後を歩いていたアーシアさんも小走りに駆け寄ってきた。


「ガリオンさん、アーシアさん! あそこ!!」


 死霊術EXのパッシブ効果で向上した身体能力は視力にも影響を与えている。

 夜の街を照らす街頭の仄かな灯り。その中に浮かぶ、青いフードを深々とかぶった怪人の姿を俺の目はハッキリと捉えていた。

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