3.ダンジョンへのお誘い

「ダンジョン探索、ですか?」


 俺は遅めの昼ごはんのサンドイッチ(ロールパンに卵と野菜と冷製肉を挟んだものだ)を飲み込んで聞き返した。

 

「はい」


 俺のカップにお茶を注ぎながらアーシアさんが頷く。

 今日のお茶はリンゴみたいな爽やかな香りがした。


 食堂は閑散としており、俺とフィオーラさんの他に数人が食事をしているだけだ。

 まぁ、とっくに昼は過ぎているのだから、当然か。アーシアさんが起こしてくれなかったら、まだ寝てたと思うぞ。


 ちなみに、ガリオンさんとフィオーラはとっくに昼食を済ませて、午後の仕事を始めているそうだ。


「急な話で申し訳ありません。昨日のことでタカマル様がお疲れになっているのは承知していますが、教団本部からの要請で……」


 心苦しそうな表情でアーシアさんが言う。


「いや、疲れは残ってないから大丈夫です」


 これは、アーシアさんを心配させないための強がりではなく、本当のことだった。

 自分でも驚いたけど、昼過ぎまで豪快に惰眠を貪っていたら、自然に体力が回復してた。ほぼ、ベストコンディションじゃね? まぁ、体の中におかしなヤツリッチキングが潜り込んではいるけど。


「行きますよ。ダンジョン探索」


 俺はミネストローネ風の野菜スープを飲み干して答えた。


「ありがとうございます、タカマル様。それでは、準備が整い次第出発ということで……。ですが、くれぐれも無理はなさらないで下さいね?」


 アーシアさんが念を押すように言ってくる。


「もちろんそのつもりです!」


 俺はもともと痛みに対する堪え性がない男だ。いくら一種の無敵モード確率的なゾンビ状態でも、無理も無茶もするつもりはない。


 図書館で異界のゲートとそこから現れた触手型モンスターに立ち向かえたのは、命の危機に晒されてテンションがおかしくなったからだ。二度とあんな危ないマネはしないぞ! と思ったけど、俺、テラリエとエリシオンを救う使命を背負ってるんだよなぁ。やっぱり、たまには無茶をしないとダメかもしれん。憂鬱ぴえん……。


「私は必要なものを揃えておきますね。タカマル様はお食事が済んだら、一度、お部屋まで戻って下さい」

「フゴゴゴモゴモゴフゴ……」

「プッ…!」


 サンドイッチで頬を膨らませながら頭を上下に振る俺を見て、アーシアさんが噴き出した。


「す、すみません、つい……。えーと、量が少し足りないようですね! おかわりを持ってきます。作り置きがあるので」


 そう言うと、頬を赤らめたアーシアさんはそそくさと食堂を出ていった。


 おかわりをもらえるのはありがたい。何しろ、今日の俺はやたらと腹が減っていたのだから。


 テーブルに並んだ昼食の皿は全て空っぽになっていた。



☆ ☆ ☆ ☆



「サイズはピッタリですね! お似合いですよ、タカマル様!」


 遅めの昼ごはんを済ませて自室に戻った俺は、着替えを終わらせたところだ。

 隣でアーシアさんが満足げに頷いている。

 目の前の大きな鏡に映る俺の姿は、すっかり冒険者の装いだった。


 対刃加工が施された丈夫そうな白いシャツと濃紺のズボン。

 斜め掛けしたベージュのポーチはフィオーラが身に付けていたものとよく似たデザインで、そこには一振りのナイフが収めてあった。鞘とポーチが一体になっているようだ。

 シャツの上に羽織るフード付きの短いマントはズボンと同じ濃紺。

 細々としたアイテムを収納するためのウエストバッグも腰に巻いた。

 最後に靴だけど、これがまた頑丈そうなブーツで、なんと足の裏に鉄板が仕込んであった。これで魔物を踏み潰せとでも言うのか。


「凄いですね……。いつの間に、こんな本格的な装備を用意したんですか?」

「昨日の午前中に、普段着や日用品と一緒に用意しておいたのですよ。いずれ、必要になると思ったので」

「何から何までお世話になります……」

「タカマル様は異世界より召喚された英雄なのですから。これくらいはさせていただかないと」


 アーシアさんが笑顔で言う。


「これは神星教団が推奨する装備一式です。巡礼を行う信徒のほとんどがこの格好をするんですよ」

「へぇ……。アーシアさんも同じ装備なんですか?」

「私のものは多少アレンジが加えてありますね。シスターには専用の装備品もありますし。星騎士もその装備をベースに、各々のスキルや戦闘スタイルに合わせたカスタマイズを行います」

「思ったよりも自由度が高いんですね……」

「そうですね。何事も多様性が大事なので」


 多様性か……。

 死霊術師ネクロマンサーの俺が英雄として受け入れてもらえたのも、その多様性の賜物だったりするのかね。


「このナイフは?」

「護身用です。妹は主にそれを使って戦闘しますが、タカマル様にはおすすめできませんね……」

「そうっスね……。俺にフィオーラみたいな動きは絶対に無理ですね……」

「魔術で強化した特別製のナイフですが、それでも、あんな戦い方をするのはあの子だけですよ……。タカマル様は見られたのですよね……?」

「はい。なんつーか、まるで精密機械……人形みたいな戦い方でしたね」

「人形……確かにそうかもしれませんね……」


 そう呟くアーシアさんの顔に暗い影が差していた。

 俺はかける言葉がみつからず、どうすればいいのか分からなかった。


「さ、そろそろ外に出ましょう。ダンジョンに同行する星騎士の方々を紹介しないと」


 アーシアさんの表情は笑顔に戻っていたけど、その笑顔がなんだか無理しているように見えて、俺は落ち着かない気分になった。

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