5.俺は勉強ができない。わけじゃない。

 図書館で難しい本を読んでたら知恵熱が出ちゃった。嘘だよ。出てないよ。


 でも、少し頭痛はするかも。俺はそこまで勉強のできるDKじゃなかった……(遠い目)。学校の図書館もたまに利用するぐらいだったしな。


 それはさて置き、司書のおねーさんがチョイスしてくれた本に目を通して、テラリエルの成り立ちを自分なりにザックリまとめてみたのだが(紙とペンはカウンターで借りた)、これは一体どこまで信用すればいいんだ?


 元の世界なら神話なんてフィクションとして楽しんで終わりなんだろうけど、ここはマジもんの女神様が存在したり、幽霊が昼間から徘徊しているようなファンタジー世界だ。どんなに荒唐無稽な話でも、真剣マジに受け取るべきなのかもしれない。


「お疲れ様です。調べ物は進んでますか?」


 司書のおねーさんが声をかけてきた。彼女はワゴンのようなものを引いていた。


「追加のおすすめ本を持ってきましたよ。どうぞ」

 

 司書のおねーさんはそう言うと、ワゴンから本を取り出して、閲覧席の机に積み上げていく。


「おおう……」


 俺は思わず呻き声を漏らした。


 気を使ってくれているのは分かるけど、もう少し手加減して欲しいかな……。


「そろそろ、シスター・アーシアがお迎えにきますが、読み終わらなかった本は貸し出しできるので、安心してくださいね」


 おねーさんがニッコリと微笑む。


 むむ、せっかくの好意を無下にするのも気が引けるな。よし、全部借りていくか!

 こうなったら、徹底的に勉強だ。

 俺は勉強ができない。わけじゃないことを教えてやんよ!


 メモなどを取りながら黙々と本を読んでいると、アーシアさんが迎えにきてくれた。昼食の用意ができたそうだ。

 

 俺は読書を切り上げると、二人で入口のカウンターに向かった。


 司書のおねーさんにお礼を言い、本の貸し出し手続きを済ませると、俺はアーシアさんと連れ立って宿舎に戻った。



 ☆ ☆ ☆ ☆



 俺は二階の自室に借りた本を置くと、一階の食堂に向かった。

 ガリオンさんとアーシアさんが手招きしているので、二人と同じテーブルについた。


 テーブルに並んだ昼食の献立は、ミートパイと具沢山の野菜スープだった。カゴに入ったパンもある。


 俺は料理を食べながら、それとなくあたりを見回してみたけど、黒い服を着た女性の幽霊はどこにも見当たらなかった。どこに行ったんだ? 俺の知らないうちにジョーブツしたとか?


 食堂の席は三分の一ほど埋まっている。この中に幽霊が紛れ込んでいる可能性もあるのだ。とりあえず警戒はしておこう。


 それにしても、真っ昼間から幽霊の心配か。ホラー映画だと例外がいくらでもあるけど、幽霊って基本的には夕方以降に出るもんだよな?

 

「タカマル様、どうかされましたか?」


 アーシアさんが心配そうな表情で聞いてきた。

 俺がキョロ充みたいな動きをしているから心配になったのだろう。


「ひょっとして、料理がお口に合いませんでしたか?」

「そんなことないですよ。むしろメチャクチャ美味しいです。料理は誰が作ってるんですか?」

「主に私が。他のシスターに手伝ってもらうこともあります」


 アーシアさんはそう言いながら、俺とガリオンさんのカップにお茶を注ぐ。

 甘い花の香りが図書館で出会った不思議な女の子のことを思い出させた。

 あの子は一体何者だったんだろう……?


「タカマル様、お砂糖はどうされますか?」

「あっ、いらないです」


 コーヒーはブラック、紅茶はストレート派なんだよな。


「タカマル殿、調べ物の進捗はどうかな? 本当は、私か司教様がお相手できればいいのだが、このあともいろいろ立て込んでいてね。落ち着くまでもう少しかかりそうなんだ。こちらの都合でんでおきながら、心苦しい限りだ。代わりと言ってはなんだが、午後からはアーシアにお相手させよう」

「それじゃ、本の内容で分からなかったところを教えてもらってもいいですか?」

「はい。私にお答えできる範囲でよろしければ」


 と言うわけで、午後はアーシアさんと勉強会をすることになった。


 

 ☆ ☆ ☆ ☆



「大きさは……問題ないみたいですね」


 そう言うアーシアさんの表情は満足げなものだった。


 勉強会の前に、アーシアさんが新しい服を用意してくれたので、さっそく着替えてみた。

 白い襟付きシャツと濃紺の綿パンみたいなズボン。ベルトじゃなくてサスペンダー的なヤツで吊るすスタイルだった。サスペンダーなんて小さな頃に使った記憶があるぐらいなので、ちょっと新鮮だ。


「ジャストサイズですね。てか、どうして俺の服のサイズが分かったんですか?」

「私、お針子の真似事もしているので、人の服の大きさを目算するのが得意なんですよ」


 アーシアさんは俺が元の世界から着てきたパーカーとデニム、靴下を綺麗にたたむと、「元のお召し物はこちらで洗濯しておきますね」と言って部屋を出た。


 あ、下着も用意してもらえたのでそこはご心配なく……。まだ、替えてないけどな。


 俺は前後にツバの付いた鹿打ち帽(でいいのか、これ?)をかぶり、本と筆記道具を入れた革製の鞄を肩にかけると、宿舎の庭に出た。


 ちなみに、靴は黒いスニーカーのままだ。シンプルなデザインだし、パーカーほど目立たないから大丈夫だろう。一応、新しい靴も渡されたけど、これはベージュのローファーみたいなヤツだった。俺は制服もスニーカーで通していたから、ローファーとか履いたことないぞ。

 

 庭の奥に四阿があって、テーブルと椅子が置かれていた。アーシアさんにここで待っているように言われたのだ。


 念のためあたりを見回して確認したが、おかしなものは見えなかった。


 四阿の椅子に座って本を読んでいると、アーシアさんがやって来た。手には大きなバスケットを持っていた。

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