第6話 由貴の彼氏との出会い…小樽にて

登別駅から真一と由貴は普通電車に乗った。


由貴「昨日の夜、しんちゃんが熱でうなされてるときに、私、自分の(旅館の)部屋で彼と電話したの」

真一「うん」

由貴「でも、これまでのやりとりと何も変わらなくて、『誤解だ』って。でも誤解を招くようなことになってゴメンって謝ってた」

真一「そうか…」

由貴「親友のカナからも電話をもらって、カナからも同じように『ゴメン』って謝ってた。でも『これは誤解だから』って言ってたの」

真一「うん…」

由貴「でも私、未だに2人が信じられなくて…。『少し冷却期間がほしい』って言って、彼とカナに伝えたの。それで今、しんちゃんと北海道に旅してるから、この旅が終わったら、東京に戻って話し合いをすることにしたの」

真一「そうなんや…。彼氏と親友は2週間も待ってくれるんか?」

由貴「『由貴が時間欲しいって言うのなら、いくらでも待つから』って彼氏が…」

真一「そうか…」

由貴「私、しんちゃんと旅していて、何か糸口が見えたらなぁ…って思ったの。福島とか米沢へ旅してたときは、まだイライラしてたから、しんちゃんと仙台から新幹線で会った時から少し冷静になれるかなぁ…って思ったの。だから私のワガママだけど、しんちゃんと旅してたら、何か答えが出せるんじゃないかなぁ…って思ったから。ゴメンねしんちゃん。しんちゃんを出汁にしてしまうことになるけど…」

真一「オレは全然かまへんで(構わないよ)。由貴ちゃんが納得できる結論が出せるんなら、協力はするから…。といっても、オレはただの旅人やから…(笑)」

由貴「しんちゃん、ありがとう」

真一「気にすることないよ」

由貴「うん」


こうして話しているうちに、電車は終点の苫小牧とまこまいに到着した。降りたホームの向かいに札幌行きの普通電車が待っていて乗り換える。


苫小牧を発車した札幌行きの普通電車は、車窓がこれまで海岸沿いや白樺の木が生い茂っている風景、牧場で牛や馬が放牧されている光景だったが、一転して都会の街の風景に変わった。

装甲しているうちに、電車は終点の札幌駅に到着し、小樽行きの快速電車に乗り換え、小樽を目指す。


真一が所持している乗車券は南町からの切符で、途中下車した駅のハンコがいっぱい券面に記されていた。片道1500キロの列車の旅となった。南町を出発して3日、ようやく片道切符の終着・小樽に到着した。


小樽駅の4番ホームに降りた真一と由貴。小樽駅の4番ホームの番号は、ヨットの帆になっている。


真一は、改札口で南町から使用した乗車券を見せ、記念に持ち帰りたい旨を駅員に申し出ると、駅員が乗車券に『乗車記念/無効』のスタンプを押してもらい、返却された。


由貴「いい記念になるね」

真一「うん」

由貴「私も東京から小樽まで買っておいたらよかったぁ…」

真一「まさか北帰行してやとは思わんかったから…」

由貴「でも、私も青森からの切符に『乗車記念』のスタンプ押してもらったから(笑)」

真一「うん」

由貴「ところで、小樽ではどこに行くの?」

真一「うーん、そうやなぁ…、とりあえず小樽運河にでも行こかなぁ」

由貴「うん。しんちゃん、行こ(笑)」

真一「うん。というか、こんなことしたら彼氏に怒られるわ」


由貴は真一の手を無理やりつないだ。


由貴「ドキッとした?(笑)」

真一「ノーコメント」

由貴「何それ? 照れてるの?(笑) かわいい、しんちゃん(笑)」

真一「それより昼やなぁ」

由貴「ホント。何食べる?」

真一「何が食べたい?」

由貴「何がいいかなぁ…。しんちゃんは何かある?」

真一「小樽も魚がいいから、寿司でもどうかな…って」

由貴「お寿司、いいねぇ(笑)」

真一「そしたら、行く?」

由貴「うん」

真一「よっしゃ、そしたら寿司行こか、由貴ちゃん」


真一と由貴は昼食に寿司を食べることにした。駅から街の方へ歩いて5分程の寿司屋に入り、寿司のランチを食べた。新鮮なネタと少し甘めのシャリ(酢飯)、しかし値段はリーズナブルでお値打ちだった。


寿司のランチを食べた2人は、小樽運河へ向かった。


由貴「昼間は昼間の景色、絵になるね(笑)」

真一「夜の街灯に照らされた小樽運河も絵になるしなぁ…」


2人が信号待ちをしていると、体のデカいお兄さんが2人に声をかける。


お兄さん「そこのお二人さん、人力車ならぬ『マウンテンバイク人力車』どうですか?」

真一「『マウンテンバイク人力車』?」

お兄さん「人力車は人が走って車を動かすけど、ボクのはマウンテンバイクで人力車を走らせます。といっても、跳ばしませんよ(笑)」

真一「由貴ちゃん、どうする?」

由貴「おもしろいかも…」

お兄さん「料金は時間によってコースも異なるので、こちらになってます」


コースは15分、30分、45分、60分の4コースあった。


由貴「しんちゃんはどうしたい?」

真一「乗るんやったら、一番長いコースでゆっくりまわったらええんとちゃうか(いいのではないか)?」

由貴「じゃあ、そうする?」

真一「そうしよか…。お兄さん、一番長い時間のコースで」

お兄さん「ありがとうございます。それじゃあ早速、お二人で人力車に乗ってください」


そう言われて、真一と由貴は人力車に乗り込んだ。


お兄さん「いやぁ、60分コースのお客さんだと、ゆっくり見てまわってもらえるので、ボクらも大変ありがたいんですよ」

由貴「そうだろうね…」

真一「うん」

お兄さん「小樽は小樽運河がメジャースポットですけど、観光で来られるお客さんには、ボクら色々マイナーで穴場を紹介してます」

真一「でも、そこも今はメジャースポットではないの?」

お兄さん「とんでもない。中々観光の方でしょっちゅう来られることがない穴場を今回、60分コースにしていただいたので、穴場ばかりを紹介します。実はボク、60分コースのお客さんが久々なので、嬉しいんです」

真一「あ、そう」

お兄さん「そういえばお兄さん(真一)、関西のしゃべり方に聞こえますけど、どちらから来られたのですか?」

真一「オレは南町やけど」

お兄さん「え、南町ですか? 北町南町の南町?」

真一「そうやで」

お兄さん「ホントですか? いやぁ、ボクの親父が北町のフェリーターミナルのとなりにある運送会社にいるのです。いつもフェリーで帰ってきてますから…」

真一「そうなんや…」

お兄さん「いやぁ、なんか親近感が湧きますね。今日は今までにない穴場スポット教えますね。彼女さんですか?」

由貴「旅の時だけね(笑)」

真一「えっ?」

由貴「今回の旅の時だけは、私の彼氏だもの(笑)」

真一「彼氏に怒られるって」

由貴「大丈夫だよ。割りきってるから…(笑)」

真一「大丈夫かいな…」


真一と由貴をのせたマウンテンバイク人力車は小樽運河の前を走り、小樽運河の裏手にまわる。


小樽運河の裏手にはファミリーレストランや商業施設もあり、景観を損ねない作りになっていた。


小樽運河から少し離れた路地へマウンテンバイク人力車が走る。そこに一軒の酒屋があった。残念ながら当日は酒蔵見学が定休日で、店舗のみ営業していた。小樽の老舗酒蔵だとか。由貴が試飲した。


由貴「んー、辛口。このお酒、魚に合うと思う(笑) 私、気に入ったかも」

真一「飲んべえやもんね(笑)」

由貴「あ、ひどーい…」

真一「だって、青森の居酒屋で介抱したのに苦労したんやから…(笑)」

由貴「それは今ここで言っちゃダメなの❗(笑)」


そんなやりとりをしつつ、由貴がお酒を買っていった。地方発送してくれるので、由貴は東京の自宅へ到着日指定で発送の手配をした。


その後も、酒屋から再びマウンテンバイク人力車で小樽の街を散策した。

そして1時間が経過し、マウンテンバイク人力車の旅は終わった。


お兄さん「いやぁ、ありがとうございました 」

真一「こちらこそありがとう」

由貴「ありがとう」

お兄さん「お気をつけて…」


マウンテンバイク人力車のお兄さんと別れて、今宵の宿へチェックインをする。今宵の宿は小樽運河の道路を挟んで向かい側の旅館。由貴もあらかじめ電話で予約して空きが合ったので、今回も真一と共に宿泊する。


チェックインを済ませた2人は、それぞれの部屋に荷物を置いて由貴が真一の部屋に入ってきた。


由貴「しんちゃん、一緒に温泉入らない?」

真一「えっ…?」

由貴「貸切風呂が空いてるみたいだけど、今回の私の北帰行をしんちゃんが文句も言わずに一緒にいてくれてるから、しんちゃんだったら別に私の体見られてもいいし…」

真一「それはアカン。東京に戻ってから彼氏と話し合いするんやろ? 無茶したらアカン。それこそ誤解されるし、彼氏に怒られるわ」

由貴「冗談だよ、しんちゃん(笑) でも真面目だね、しんちゃんは」

真一「そらぁ、最低限のことはさすがに守るって。しかもよりによって彼氏と旅行直前に逃避行してるんやから…。女の一人旅でしかも北帰行なら、余計に『わけあり』って思うやんか、由貴ちゃん」

由貴「そっかぁ…、そうだよね」

真一「そりゃあ事情はどうあれ、おのずと彼氏も親友も心配するで」

由貴「うん…。それでね、しんちゃん」

真一「なんや?」

由貴「さっき、マウンテンバイク人力車に乗ってた時に彼から『どこにいるのかだけでも教えて欲しい』ってメール来たの。でも、私の中ではまだ心の整理がついてなくて、北海道に来ていることを教えたら、絶対飛行機に乗って迎えに来るから『探さないで。2週間経って、話す機会があれば教えるから』って伝えたの」

真一「そうか…」

由貴「うん。しんちゃん、ゴメンね。私、仙台からずっとしんちゃんに甘えてばかりで。図々しいよね…」

真一「別にかまへんで(構わないよ)。事件に巻き込まれないようにしないと…と思ってるだけやから…」

由貴「しんちゃん…」

真一「さて、温泉入ってくるわ」

由貴「しんちゃん…」

真一「ん?」

由貴「やっぱり一緒に温泉入らない?」

真一「なんでや? 彼氏に怒られるって」

由貴「お願い、今だけ…。ダメかなぁ…?」

真一「由貴ちゃんの彼氏を裏切るようなことはしたくないから…」

由貴「うん…。しんちゃん、ゴメンね」

真一「うん…」


真一と由貴はそれぞれ温泉に入った。


由貴は一人で温泉に浸かりながら、彼氏との話し合いについて考えていた。彼氏のことを信じたいのだが、由貴は未だに信じられないでいる。口で説明されただけでは納得ができないと思っているからだ。由貴はどうしたらいいのか、落とし所を模索しているが、中々見つからない。


一方、真一は露天風呂の温泉に浸かりながら小樽運河を眺めていた。辺りは夕暮れになってきて、街灯が点灯しはじめた。よくテレビで見かける風景になってきた小樽運河に見入っていた。


真一「絵になるなぁ…」


そんな小樽運河を眺めながら、真一は由貴の彼氏との問題について少し考えていた。由貴がどんな結論を出すのか、少し気にしていた。


温泉を満喫したら、宿の食事処で夕食の時間。2人は宿の夕食で酒を飲み交わしながら堪能する。由貴が真一に話す。


由貴「しんちゃん」

真一「ん?」

由貴「明日はどこ行くんだっけ?」

真一「札幌に戻って、札幌からレンタカーで帯広の方へ行く」

由貴「明日のホテルは2泊だったよね」

真一「うん。どうしたん?」

由貴「あのね、登別からずっと彼のこと考えてるんだけど…」

真一「うん」

由貴「私、ワガママばっかり言ってるのかなぁ…」

真一「どうなんやろなぁ…」

由貴「しんちゃん、私みたいな女って、魅力あると思う?」

真一「いやぁ…、オレ、そういう話って疎いから…」

由貴「しんちゃん…」

真一「ゴメンな…」

由貴「ううん…」

真一「ところで、オレがこんなこと聞いていいのかわからんのやけど…」

由貴「なぁに?」

真一「そもそも由貴ちゃんは彼氏とどこで知り合ったん?」

由貴「私と中学からの同級生で、親友のカナとは小学校からの幼なじみなの」

真一「そうなんや」

由貴「彼とは中学で同じクラスだったんだけど、高校でも同じクラスになって、中学から仲が良かったし、自然の流れで付き合うことになって…。カナとも小学校から高校までずっと同じクラスだったから、私達ずっと仲が良かったの」

真一「そやのに、この前トラブルになったのはなんでなん(どうしてなのか)? 肩組んだように見える一部分を見る前は、彼氏とカナちゃんはどうだったのか…が気になるとことちゃうか(違うか)?」

由貴「うん…。最近冷静になって考えてて、そこが私も気になってるの」

真一「そうか…」

由貴「口で説明されただけでは納得できないかなぁ…って」

真一「話し合いで一つずつ解決していくしかないんとちゃうかなぁ…」

由貴「うん…」


由貴は彼氏と親友のカナとの事を、冷静かつ真面目に考えていた。真一は由貴の気持ちを知って、少し安堵していた。


真一(うまいこと話がまとまったらええけどなぁ…)


真一が心の中で呟いていた。

外は真っ暗闇…、小樽運河がライトアップされて、一際映えていた。

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