生きるって何だろう?

極論になるがいずれはたどり着く境地なのではないかと思う。死があるから生があるのは決定的で致命的な理論なのではないだろうかと思う。人間が死ぬことがなければ生を感じることはないのだろうか。それとも生きている以上は生を体感することができるのか。生きる価値を探すなんて言葉が数年前に流行ったけれど生きる意味を探すのは難しい。どこに行ってどういう生活をして、どう先を生きていくのだろうか。私はたまたま日本に生まれて海外に行くことが多くあるが、生きる意味というのは日本に生まれたことというのが境地なのではないだろうかと感じた。ほかの国に行くと日本がどれだけいいのかということを再考させられる。アメリカに生まれたら銃で撃たれるし、中国に行けば屋根もないような空間を他人と共有して生きていくことになる。その点日本は言葉は通じるし、通貨の価値は一定(もちろん幸福度は下がっている)だし、法律がある程度なので色々するときには便利だと感じる。香港は今、紛争状態になっていて、市民と国家の大きな論争が起きている。物理的な攻撃もあるし、威嚇射撃があるから見に行く分には面白いだろうけれど、これが日常になったら非常に困ったことになる。

まずは生きるということは何と考えるのは早計で、何が今の自分の周りを取り巻いているのかをしっかりと検討する必要がある。生活=生につながるので、ぜひ一度再考してみてほしい。生きる価値、自分の存在意義なんていうのはそれからだ。

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