【完結】私が勇者を追いかける理由。

コル

序章 勇者、娘の後を追う

その1

 邪竜ヴァレン、突如この世界に姿を現した凶暴な黒き竜。

 村や町を襲い破壊の限りを尽くし、人々は邪竜ヴァレンに恐怖していました。

 そんな時、4人の勇敢なる者達が討伐に立ちあがりました。


 人間ヒューマン族で類まれな秀才の男、勇者ローニ・アスティリカ。

 エルフ族で高い魔力を持つ女、魔法使いアリシア。

 ドワーフ族で随一の怪力の男、戦士ロイド。

 羊の獣人族で神の慈悲を受けし女、神官ケイト・エリオット。


 4人は激闘の末、邪竜ヴァレンを討ち果たしました。

 その後ロイドは故郷の村へ、ケイトは教会へと戻り、ローニとアリシアは結ばれ人目の付かない山の奥地で静かに暮らしました。


 そして、18年の月日が経った――。



「……」


 そんな英雄の一人である勇者は、朝ごはんに出す焼き魚の骨と身を今一生懸命に分けています。

 このような勇者とかけ離れた姿を見るようになったのは約15年前……。


「ふあ~……おはようございますわ、お母様」


「おはよう、シオン」


 目をこすりながら起きて来た、私とローニの娘。

 そう……ハーフエルフのシオン・アスティリカが生まれてから。

 整った顔立ちに華奢な体系、肩ぐらいまでの髪をいつも二つくくりにしている。

 その髪も特徴的でローニに似て全体が金色だけど、毛先が私の髪と同じ銀色。

 シオンはその髪を私達の血を引いている証し、誇りだと言ってくれた時は嬉しかったな。


「お父様もおは……って、お父様! またやってますの!?」


「当たり前だ。骨が喉に刺さったら大変だろ」


 シオンに見向きもせず、モクモクと作業を続けている。

 こんな時くらいは手を止めてほしい、じゃないと……。


「当たり前だって……それは止めて何回も何回も何~回も言っていますのに! お母様!」


 ほら、矛先が私に向いたじゃない。


「私も何回も止めたのよ。でも、目を離した隙に……」


 本当に一瞬だったから、どうしようもなかった。


「ああ、も~~~~!」


 シオンが誇りの髪をわしゃわしゃとかきむしっている。


「わたくしは今年で15! もう大人です! それくらい大丈夫ですわ!」


「いくつになろうが関係ない」


 意地でも辞めないローニ。

 というか、もう魚がすり身状態になっているじゃない。

 それだけやっても、まだ骨を探しますか。


「ありますわよ!」


 ローニは、シオンに対してこういった行き過ぎる行動をしてしまうのが悩みの種。

 シオンが転んで怪我をしたら大変だと、ロイドを呼んで家の周辺の木々を抜き土地を整地したり、シオンが少しでも熱が出れば教会のケイトの元へ行き治療。

 他にも剣術や魔法の練習させようものなら、怪我をしたら大変だと即止めに来る始末。


「とにかく、もう終わるから自分の椅子に座って待っていろ」


「はぁ……」


 シオンがため息をついて椅子に座った。

 これ以上は不毛と思ったようね。


「……あっそうだ。ほら、シオン宛に手紙が来ていたぞ」


 ローニのポケットから手紙が出て来た。

 いや、テーブルの上に置いときなさいよ。


「そうですの。いったい誰から……あら? これ封を開けた形跡があるような……」


 封を開けた形跡ですって?

 これは、まさか……。


「そりゃそうだ、一度俺が開けたんだからな」


「えっ!?」

「ちょっ!!」


 やっぱり!

 ローニったら、何事を!!


「お父様! どうしてそんな事を!?」


 シオンがテーブルを叩いて立ち上がった。

 そりゃ怒るわね。


「ん? 中に危険な物が入っているかもしれないからな。安心しろ、中身は普通の手紙だったぞ」


 いや、そういう問題じゃないでしょう。


「そういう事ではありませんわ! 勝手に開けるなんて…………もう、我慢の限界ですわ! ――決めました、わたくし1人で旅に出ますわ!」


「「はっ?」」


 旅って……また急な事を言い出したわね、この娘は。


「何を突然言い出すんだ、お前は!」


 流石のローニも、魚のすり身から骨を抜く作業を辞めたわね。


「突然ではありませんわ、これは前々から思っていましたの。わたくしもお父様やお母様のみたいにいつか旅に出てみたいと……それが今ですわ!!」


 シオンがドアの方にビシッと指を指した。

 あの感じは冗談じゃなくて、本気のようね。


「いいや、駄目だ! 1人旅だなんて危険な事を認めるわけにはいかん! 怪我をするかもしれんし、病気になるかもしれん! お腹を壊す可能性もあるだろ!」


 まぁ当然ローニは、それを許すはずもない。


「わたくしは、外の世界を見て回りたいのです!」


 う~ん……シオンの自立も大事だし、ローニもいい加減子離れしてもらいたい。

 これはいい機会かもしれないけど……流石にシオン1人で、旅に出すのは私も不安だわ。


「ん~……よし、こうしましょう!」



 ~1ヶ月後~


 ん~! 外はいい天気ね。

 絶好の旅立ち日和だわ。


「……それじゃあ、体には十分気を付けてね」


「はいですわ」


 日に当てられ、シオンの綺麗な髪が光っている。

 そして青銅の胸当てとガントレット、腰にはロングソード。

 冒険者としてふさわしい姿だわ。


 私の考えた事は旅ではなく、麓にある街のギルドに入り冒険者になる事。

 冒険者でも様々な経験を積めるだろうし、新米は比較的安全な依頼をこなしていく事になるから心配も少ない。


「それと、アスターは街の入り口の所で待っているはずだから宜しく伝えてね。アスターに迷惑を掛けちゃ駄目よ」


「わかっていますわ」


 そして、護衛を付ける事。

 エルフ族の長であるパパに、この事を相談してアスターをシオンの護衛に付けてくれた。

 アスターは腕の立つ男の戦士で、生まれてからエルフの村を出るまでずっと私の護衛を務めてくれた信頼出来るエルフだ。


 シオンも一応それで納得してくれたものの、無論ローニは大反対。

 アスターには任せられん、自分が護衛として付いて行く! と駄々を言う始末。

 そのせいで、ローニを説得するのに1ヶ月もかかっちゃった。

 ……いや、あれは説得というかもはや脅迫に近いかな?

 何せ、シオンとの言い合いでついにキレて――。


『そこまで言うのなら、わたくしはお父様とお母様との親子の縁を切ってでも家を出ますわ!!』


 とか言い出しちゃうんだもの、びっくりしちゃった……しかも、私は完全に巻き添えだし。

 流石のローニもそんな事を言われると折れるしかなかった、まぁ全然納得した感じじゃなかったけども。


「……ところで、お父様は?」


 シオンが辺りをキョロキョロと見まわしているけど、残念ながら。


「シオンが旅立つところを見たくない! って、部屋から出てこないわ」


「……そうですの」


 全く、変な意地を張らずにちゃんと見送りなさいよ。

 出発の時にシオンに悲しい思いをさせてどうするんだか。

 後で叱りつけないといけないわ。


「……それではお母様、行きますわ」


「ええ、行ってらっしゃい……」



 旅立つシオンの背中が少しだけ大きく見える。

 子供の成長は早いものだわ。


「……シオンが見えなくなった……さて、ローニの様子を見に行きますか」


 全く、世話が焼けるわね。



 ――コンコン


「ローニ、いつまで拗ねているの?」


 ――。


 反応が無い。


「ちょっと、返事くらいしてよ!」


 ――。


「……ローニ?」


 何かしら、この異様な静けさは。

 まるで部屋の中に誰もいない様な……あら? ドアの鍵が開いて……。


「――っまさか! ローニ!?」


 嘘っ!

 本当に部屋の中には誰もいないじゃない!


「ローニは一体どこに……ハッ!」


 部屋の隣にある物入。

 その中には、私達が冒険をした時に使った装備や道具一式が入っている。

 私の予感が正しければ、あの物入れの中身が――。


「……やっぱり……無い……」


 おまけにタンスがひっくり返されていて、羽織ると体を透明化出来るマントが無くなっている。


 装備が無い……マントが無い……そして、ローニの姿が無い……。


 となれば、考えられる事は1つだけ。

 シオンに見つからないようにマントで姿を消して、後をついて行っちゃったんだわ。


「あのバカ勇者っ!」


 シオンの冒険に何かと干渉する気なんだわ!

 それじゃあ、シオンが家を出た意味が無いじゃない!


「今すぐ連れも戻――」


 いや……今連れ戻したところで、また脱走、また連れ戻す、を繰り返すのが目に見えているわ。


「だったら……」


 私もシオンの後を追う!

 そして、ローニがシオンに干渉しようとしている事を止めてやる!


「やってやろうじゃない! あんたの妻を舐めんじゃないわよ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る