6
討伐の証拠として持ち帰るため、未だ温かみが残るカヴァスの《ソーマ》を麻袋の中にしまっていく。
そうして最後の一匹の処理を終えた僕は、折れた切り株の陰に隠れてガタガタと震えているヒイロに声をかけた。
「終わったぞ、ってそんな怖がらなくても良くない?」
「良くないです! あれを怖がるなって言う方がおかしいです! 見てくださいよこの現状! どう考えてもおかしいでしょう⁉︎」
ビッ、ビッと辺りを指さすヒイロに言われて周囲を見渡す。
「いや、確かにやり過ぎたとは思ってるけど……」
先ほどまで森の只中だった場所は、拓けた空き地と化していた。
木があった場所は根こそぎ抉られて地面が露出している。
遠くまで飛んでいった木は全て自力で回収した。
その分がカヴァスの山の隣に積み重なってこれまた山のようになっている。
正直、事後処理の方が大変だったかもしれない。
でも僕がここまでやったのには理由がある。
『弟子の前では格好つけたくなるものなんだよ。少年も、弟子をとったら存分に格好つけてやりな。人間、第一印象が大事だからね』
いつだったか師匠がそう言っていたのを思い出したのだ。
だから気合いを入れて普段は(実用的でないから)絶対にやらないような三小節の詠唱まで決めたのだけれど、
「余計に印象悪くなってるのは気のせいか……?」
僕の呟きが聞こえたのか、ヒイロはジト目のまま
「気のせいじゃないです。めっちゃ引きました」
「そんなに!? かっこ良くなかった!?」
「かっこ良くないも何も速くて見えないんですよ! 風も強くなる一方で目すら開けてられないのにわかるわけないじゃないですか!」
「ご、ごめんて……」
そう言われても、あれが僕の《イデア》なのだ。
天上天下唯我独尊とでも言うべき怖いもの知らずな性格。
幾十もの魔獣に囲まれても望むところとばかりに大胆不敵な笑みを浮かべて立ち、ひとたび魔法を使えば、眼前の敵を倒すまで戦い抜く。
知り合いの弁で言えば英雄性の《イデア》らしい。
どうして僕の《イデア》がそうなったのかと言えば、僕にとっての理想が師匠だからだ。
師匠の《イデア》は傲岸不遜で、大胆不敵で、快刀乱麻だった。
涼しげな笑みを浮かべ、両手に持った剣と刀で敵を斬り伏せていく姿に憧れた僕は、文字通りの“最強“になりたくてその背に手を伸ばした。
結果として《イデア》もこうなった。
師匠のようになれているかというと少し疑問が残るけれど。
烈火のごとき勢いに僕が謝ると、ヒイロはこほんと咳払いをした。
「《イデア》についてはだいたいわかりました。ししょーの場合、すっごくガツガツした性格になるってことですよね」
「う、うーん……だいたい合ってるかな。でもガツガツして見えるのか……」
「何をごにょごにょ言ってるんですか」
「いや、何でもないよ。それじゃあ今度はヒイロの《イデア》を見るか」
僕が首を振りながら手招きをすると、ヒイロは素直にこっちへ来た。
「それで、わたしは何をどうすればいいですか?」
心なしかキラキラとした目で僕を見上げてくる。どうやら彼女は魔法に関することには興味を示して途端に機嫌が良くなるらしい。
これで魔法を使うのに向かない《イデア》だったらどうするんだろう……と思いつつ、僕は自分の杖を持たせる。
「足は肩幅の広さで立って、杖は胸の前でまっすぐ。重いから両手でしっかり持ってな」
「重くはないですけど……なんかコレちょっと曲がってません? 直した方がいいんじゃないですか?」
「そういう杖なんだよ。人の杖に
「えぇ……魔法使いこわ……」
「杖は『魔法使いの第三の腕』って言われてるくらいなんだからバカにされたらそりゃ怒るさ。ヒイロだって自分の容姿
「怒りはするかもですけどいきなりぶん殴ったりはしませんってば!」
ふるふると首を振るヒイロに、僕は思わず苦笑しながら手をかざす。
「冗談。とにかく始めよう。杖を握って目を瞑って」
「はいっ!」
ひとつ深呼吸をして、魔法を使うきっかけとなる言葉を与える。
「《
――――、――――、――――。
音無き音が鳴り、周囲の空気がピンと張り詰めたかと思うと、急激に高い所へ飛んだ時のような感覚が訪れる。
魔力の流れが変わり始めたのだ。
「心の内に黒い穴を
ヒイロが目を瞑ったまま小さく頷く。
「そうしたら、思い出せる限りでいい。自分の過去を遡って思い出すんだ。昨日、一昨日、一週間前、一ヶ月前……最終的には原風景に辿り着くように」
「でも私……」
「大丈夫、思い出せる限りでいいんだ。……いくぞ」
「は、はい」
そうして、カウント共に魔力を《風》としてヒイロの元に集めていく。
「一――」
いつだったか、師匠が教えてくれた。
実は魔力はこの世界にはなく、別世界にある魔力の根源から流れてきているらしい。
「二――」
真偽は不明だけど『時間の概念すら存在しない
「三――」
パイプを作るには過去から現在に至るまでの出来事を想起し、ここにいる自分へと繋ぐ道を創りあげる。想い描く未来に到達するため、先んじてその理想を今に降す。
「四――」
けれどそう上手くいかない場合もある。
例えば理想を描けぬほどの何かが過去にあったなら、そこに本当の自分が現れる。
「いやああああああああっっ⁉︎」
突然、杖を構えていたヒイロがその場に頽れた。
「ヒイロ……っ⁉︎」
頭を抱えて振り乱すヒイロを抱き寄せると、髪色が黒くなっていた。
「ヒイロ、しっかりしろ! 僕が見えるか⁉︎」
「いやっ、来ないでっ! やめてよぉっ!」
否定の声を上げるが、その手は僕には向けられておらず、必死に宙をかいていた。
それはつまり、僕の声はまるで聞こえていないということ。
なぜか、なんて考えるまでもない。
「これがヒイロの《イデア》か……!」
外界に対して恐怖し、拒絶反応を起こす――最悪の《イデア》だ。
僕がそう理解した瞬間、ヒイロは気を失った。
◇
暖かな光を感じてヒイロは目を覚ました。
「んぁ……あぇ……? はっ⁉︎」
とっさに飛び起きて、混乱する。
そこは知らない天井どころか真っ白な空間だった。
脳裏を過る最悪の予想にヒイロの血の気がサーッと引いていく。
「もしかして……私死んだ?」
けど両手はあるし身体もある。自慢のもちもちほっぺだって触われるし、服装だってさっきのまま。だから死んではいないと思う。多分。
「っていうか、なにこの影」
気づけば、ヒイロの足元から影が伸びていた。
影は不自然なくらい長く、不自然なくらいまっすぐ奥へ伸びていて――
「えぇぇっ! 何あれェ!?」
そこにある景色にヒイロは驚愕した。
真っ白いだけと思っていた空間のずっと奥に、巨大な黒い円があった。縁は白く輝いていて、ヒイロは思わず目を細めながらも円を凝視する。そうして気づいたのは円の中には奥行きがあり、キラキラと夜空の星みたいに何かが光っているということだった。
遠くにあるのにすごく大きい。お月さまを間近で見たらあんな感じなのかな。
もっと近くで見てみたい。そう思って立ち上がった瞬間。
「やめなさい。今度こそ戻れなくなる」
「!? 誰っ⁉︎」
突然の声に振り向けばそこには見知らぬ人が――
「人じゃなくない……?」
そこにいたのは、首から下が黒いモヤに包まれた人らしき何かだった。
首から上はモヤがなくて、金髪に蒼玉の瞳を持った生真面目そうな男の顔だった。恐怖を通り越していっそシュールさすら感じるその人(?)はヒイロに再度忠告する。
「すぐに戻りなさい。ここは本来君がいるべき場所じゃないんだ」
「戻れって言われても戻り方わからないし……ここって何なんですか?」
「いいから戻るんだ。その方が君のためになる」
「いやっ、だから……あぁもうっ!」
有無を言わさないその態度に、ヒイロは言い様の無いイラつきを覚えた。
ふんすと鼻を鳴らして男の人の前まで歩いていき、正面からキッと見上げる。
「そう言われても私はなんでここにいるのかも、どうやって帰るのかもわかんないんですっ! ここもアレも意味不明だし!」
初めに床を指し、次に黒い円を、最後に男の人を指さした。
「あなたが誰なのかも! 自分だけはわかってるって口ぶりで意味深なことばっかり言わないでください!」
モヤがかった男は何かを考えているような、もしくは何も考えていないような顔で己に向けられたヒイロの指先を見つめた。
「人に指をさしてはいけない、とは教わらなかったか」
「んなっ……! 人かどうかもわかんない見た目の癖に!」
モヤの内側を見てやろうとヒイロは精一杯息を吹きかけるが、モヤはちっとも晴れなかった。男はヒイロの行動なんて少しも気にしてない様子で考え込んでいた、と思えばヒイロを見下ろして言う。
「確かに、君の言うことも一理ある。何の事情も説明されずただ命令された指示をこなすのは大変な苦痛だ。たとえ従わなければ命を落とすことになったとしても」
男は淡々と言葉を紡ぐ。論理的な口調も相まって、ヒイロには誰かに向けたものではなく独り言のように感じられた。
「なので、相手を救いたければ命令を下す側が変わる必要がある。……君を速やかにここから返すには君の疑問を解消する方が早そうだ。俺が答えられる限りのことは答えよう」
「え、いいんですか」
「そう言っている」
知らないうちに男の意見が一八◯度変わっていた。
……よくわからないけど、これに乗っかっちゃおう。
「じゃあまず、あなたはいったい何なんですか?」
「答えられない。君に危険が訪れた時に現れる便利な守護霊とでも思ってくれ」
「守護霊⁉︎ ちゃんと答えるって言ったのに初っ端から濁されたんですけど!?」
「答えられる限りと前置きはした。俺自身についてどうしても知りたいと言うのなら次に来た時に教えよう。今は次の問いを示してくれ」
「むぅ……それならここはいったい?」
「君の精神世界だ。君の魂はまだ君の全てを受け入れる準備が整っていなかったから俺がここに呼んだのだ」
どうせまともな答えは返ってこないだろうと思っていたら、本当にまともじゃない答えが返ってきた。一気に投げやりになるヒイロだが、それでも質問は続ける。
「はぁ。それじゃああの黒い円は?」
「創世の門、輪廻の輪、太極の
「ししょー……って、」
その返答で、ヒイロは自分の状況を思い出した。
「そうだ!
「君の足元からアレに繋がっている影があるだろう。その影は君が生きたままここに来たことの証だ。つまり、その影がある限り君は死んでいない」
「よかっ……えっ、もしかしなくてもこれ取れたらまずいやつ?」
思わず自分の影と男の顔を交互に見やってしまう。
「その影は罪の証であり栄誉の勲章でもある。一つの魂にはあまりの愚行であり一人の人間にはあまりある快挙でもある」
「………………よくわかんないですけど、このままで良いんですよね?」
男が頷く。
「良かったぁ〜! もう死んでるって言われたらどうしようかと‥‥」
ヒイロは安堵による脱力でへたり込んでしまう。が、すぐに頭上から声が飛んでくる。
「喜んでいるところ悪いが、もうじき君の意識が覚醒する。聞き残した問いはないか」
「えぇっ⁉︎ 急にそんなこと言われても!」
「無いなら無いでいい。俺は君が二度とここに来ることのないよう祈るだけだからな」
……なんだか言い方がムカツク。
「えーっと、えーっと……そうだ、なんであなたは私の精神世界にいるんですか!」
「なぜ、か。そんなもの決まっている」
割と核心に迫るような質問だったと、ヒイロは我ながら思う。
けれど、男から返ってきたのはこれまた意味不明な答えだった。
「君との約束を守るためだ」
次の瞬間、ヒイロの視界は再び暖かな光に包まれた。
「ぬぁぁぁぁっ! あっ、あっ……あ?」
ヒイロが飛び起きると、そこは夕焼けに染まる宿屋の自室だった。
複数人で雑魚寝をするような大衆宿でなく、個室の宿だ。
決して安くはない額のはずだが、ヴィルは何も言わずこの宿を取ってくれた。
けれど自分は〈園〉で倒れたはず。
いったいなぜここに……とヒイロが首を巡らせると――
「お、起きたか」
真横にヴィルがいた。
「おわあああああああああ!?」
思わずベッドの上で後ずさると、壁に背中と後頭部をしたたかぶつけた。とても痛い。
「〜〜〜〜っ!」
頭を抱えて呻くヒイロの耳にヴィルの呆れたような、安堵するような吐息が聞こえた。
「それだけ動けりゃ大丈夫そうだな」
「ししょー、なんで? わたし依頼終わって、魔法使えって言われてそのあと……」
「ぶっ倒れたから連れ帰ったんだよ。担いで帰るの結構大変だったんだぞ。脇からずり落ちそうになるのなんのって」
「ご、ごめんなさい……? はっ」
状況がよく思い出せないままヒイロは頭を下げようとして、今しがた見たばかりの夢を忘れかけていることに気づく。
「あっ、あのっ! わたっさっ、さっき夢っで変な人がっ!」
「どうどう落ち着け。ほら、深呼吸。いち、に、さん、し……」
「すぅー……はぁー……」
深呼吸をしたところで、ヒイロは先ほど見たものについて語った。
「えー、まとめると黒い円が遠くにある真っ白な空間で守護霊を名乗る顔以外黒いモヤで覆われた人に質問をしていたら目が覚めた、ってことだな?」
「そうですその通りです」
「そうか……ところでヒイロ、熱は出てないか? よければおしぼりとか持ってくるけど」
「いや完全に病人扱い! だれが風邪の時に見る夢を語ったっていうんですか!」
「いやだって突拍子無さすぎるしリアリティもないし……」
「それを一番言いたいのは私ですっ! でもあのモヤの人は黒い円が魔力の根源だってことまで教えてくれたんですよ! あれは夢じゃないです!」
「別にそこは疑ってないけど……モヤの人は他に何か気になるようなこと言ってたか?」
「えっと……『私の魂は私の全てを受け入れる準備がまだできてない』とかなんとかって言われました。意味は全然わかりません」
「うん、全然分からんな。もしかしたらこの状況もなんとかなるかもと思ったんだけど、こればかりは仕方ないか」
ヴィルは困ったような顔でガシガシと頭をかく。
「? わたしが寝てる間に何かマズいことでもあったんですか?」
「大有りだ。ヒイロの《イデア》が外界に対して恐怖を持っていることがわかった。魔法を使う使わない以前の問題……正直言って致命的だ」
「う……」
薄々気づいていた事実を容赦なく突きつけられ、ヒイロは唇を噛みしめる。
「魔力がない訳じゃない。だから魔法を使うこと自体はできるはずだ。ヒイロ自身が拒絶するだけで」
本来、魔法に適性という概念は存在しない。
魔力の世界は人も獣も、自然にですら拓かれた可能性の原野だ。
だが、人を縛るのはいつだって人だ。
それは法のみならず、心も同様。
例えば昔、物静かな賢人の《イデア》が大量殺戮を望む人格破綻者に成り果てたことがあった。虐殺性のまま殺戮を行おうとしたその人は直ちに捕らえられ処刑された。
例えば昔、明るく覇気があり、誰しもに好かれていた将軍の《イデア》は酷く臆病なものだった。怯懦性とでも呼ぶべき《イデア》の彼は、しかし周りの期待に応えようと竦む心に鞭打って魔法を使い続け、終いには心を壊して自殺した。
そのように、魔法を使うのに向かない人間というのがいる。
逆も然り。
普段は毒にも薬にもならない性格の冴えない青年が、杖を構えればどんな敵にも不敵な笑みで立ち向かう英雄性を獲得することだってある。
ヒイロもまた魔法を会得せんと可能性に挑んだが――少々度が過ぎていた。
「過去、というか深層心理が絡むものはデリケートな問題だ。少なくとも勇者隊選抜までの一ヶ月間は魔法なしで頑張らなきゃいけない」
「少なくともってことは、使えるようになる場合もあるんですか?」
「そりゃある。自分の過去と折り合いつけたり乗り越えたりして《イデア》を変えた人の話なんてごまんとある。けど、そんな奇跡が今すぐ起こる可能性を願うくらいなら剣の振り方のひとつでも覚えた方が良い」
「そう……ですか。わたし、魔法使えないんですね」
告げられた言葉に、ヒイロは今度こそうなだれた。
力なく笑ってうなだれたヒイロにかける言葉も見つからず、ヴィルは目を逸らした。しかし、ベッドシーツを強く握りしめるその手が視界に入る。
ふと、師匠の言葉を思い出した。
『少年。これは命令じゃなくてお願いなんだけど、君が師匠になって弟子の困っているときは全力で助けてやって欲しいんだ。――ああ、頼んだよ』
あのとき、自分はなんと答えたか。
覚えている。
一も二もなく即答した。
その後師匠に思いっきり頭を撫で回されたせいで、記憶に強く残っているのだ。
ヒイロのうなだれる姿を前にして、ヴィルの胸中に問いが浮かぶ。
(僕は、なんのためにヒイロを弟子にした?)
ヴィルはひとつ大きく息を吐くと、うなだれるヒイロの頭に手を当てようとして――
「ぬわーーーーーーーーーーっっっっっ!!」
「わあああああああああああああああああ!!?」
突然ヒイロが立ち上がって大声を上げた。
ヴィルは心臓が飛び出そうになり、大声を上げる。
ヒイロはその声に目を瞠った。
「びっくりしたぁ⁉︎ 耳元で大声出さないでくださいよ!」
「それはこっちのセリフだ! 急に叫ぶな他の部屋の人に迷惑だろ!」
「えぁ、そっち……? ご、ごめんなさい」
「ん、まあ今はあまり居ないだろうし……僕も叫んで悪かったよ。それよりなんでいきなり叫んだ?」
おずおずと謝るヒイロにヴィルがその真意を問うと、ヒイロは照れたようにはにかむ。
「いやぁ、大変だなーって思って。だから叫びました」
「は……?」
意味がわからんと固まるヴィルをよそに、ヒイロは窓の外で沈みゆく太陽を見やる。
「私、辛くて大変な時は叫ぶようにしてるんです。負けないぞー!って」
「えっと、理由をお聞きしても?」
「モチのロンです! 面白い話じゃないですけど、いいですか?」
「つまらない話じゃなければ」
ヴィルの返しにヒイロは微笑み、語り始める。
「数年前の冬、孤児院内で風邪が大流行したんです。私は見た目が貧弱なだけで身体自体は頑丈だったから弟妹たちの看病をしてたんですけどその風邪タチが悪くて、ただの看病じゃ全く治らなかったんです」
ヒイロはどこか寂しそうに己の手のひらを見つめて、なおも続ける。
「風邪自体は結局お医者さんが来て下さったおかげで治ったんですけど弟妹たちが熱い、苦しいって言ってる時に何もできなかった自分がふがいなくて……悔しくて」
「冬場は風邪が拗れやすいからな。子どもとなればなおさらだ」
ヴィルの何気無いようなフォローにヒイロが微苦笑して頷く。
「ほんとですよね。でも当時の私はどうしようもなくなっちゃって……その日の夜、一度だけ思うままに叫んだんです。ただの癇癪だったんですけど、不思議なことに胸が
「……なるほどな」
語りを聞き終えたヴィルは組んでいた腕を解く。
「ヒイロのメンタルがオリハルコンな理由がよくわかった。ところでその叫びはいつどこであげたんだ?」
「真夜中に布団の中です」
「それでどうなった?」
「なぜか二回ほどお星様が見えました」
「ゲンコツ食らってんじゃねーか」
「痛い! ししょーにまで殴られた!」
後頭部をさするヒイロを見て、思わずツッコミを入れてしまったヴィルは息をはく。
「なんていうか……ホントに余計な心配だったな」
「当たり前じゃないですか! 魔法が使えないことなんてこれっぽっちも気にしてません! 魔獣くらい素手でボッコボコにしてやる気概ですよ!」
そう言って、ヒイロはシュッシュと虚空に拳を飛ばす。
どうやら本当に無用の心配だったようだ。
「その気概は結構だけど、気力だけじゃあ魔獣は倒せないよ」
「……だって魔法使えないですし」
「ガッツリ気にしてんじゃねーか」
しょげるヒイロの頭に手を乗せて、ヴィルは笑みを浮かべる。
「何とかしてみせるさ。そのために僕がいるんだから。って言っても具体的な方法はまだ何も思いついてないんだけど――」
その時、ヴィルたちの部屋の扉がドンドンと叩かれた。
「君たち、うるさい」
聞こえてきたのは宿屋の主人の声だった。騒音はしっかり階下まで届いていたらしい。
「「すみませんでした!」」
「ん。あとこれ、置いておく」
ふたりが扉越しに謝ると、扉と床の隙間から手紙が差し込まれる。
宛名不在のそれを開けてみれば、中には手触りの良い紙が一枚。
そこに書かれているのはたった一文。
『明日、〈赫刃の腕〉へ来られたし』
ヴィルとヒイロは顔を見合わせた。
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