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 昨日の事から一夜が明けた朝。

 僕は宿屋の入り口前にて、街路樹の桜に寄りかかりながら朝日を浴びていた。

 そこかしこから聞こえてくる詠鳥チャント・バードのさえずりに耳を澄ませ、ひらひらと舞い散る桜の花びらを眺めながらあくびをかみころす。

「……来ないな」

「時間ぴったりだと思うんですけど」

「うおっ」

 突然真隣から上がった声に驚きそちらを見てみれば、髪も肌も真っ白な少女が僕を見つめていた。あのバカでかい荷物は背負っておらず、代わりに革袋ポーチをふたつ肩にかけている。

「いつの間に……」

「だから今ですって。もし遅いって思ったならそれはあなたが早すぎるんです」

「そりゃ悪かった。五分前行動は大人の基本なんでね」

 あえて大人の部分を強調して言うと、ヒイロはその頬をぷっくりと膨らませる。

「時間通りに来るのは子どものすることだって言いたいんですか。別にわたしは子どもじゃないですけど、そういうことなら明日からは五分前に来ることにします」

「ぜひそうしてくれると助かるよ。じゃ、記念すべき最初の依頼ファーストクエスト行きますか」

「……ん」

 ヒイロをからかったところで、僕は桜並木の石畳を歩き出した。

 ……。

 …………。

 沈黙が辛い。

 何か話題はないかと思考を巡らせたところで、なんだかんだ聞けなかった問いを思い出した。

「そういえば、なんでそんな髪と肌が白いんだ? 生まれつき?」

「お父さんがわたしを助けてくれた際にこうなったらしいですけど、詳しいことは知りません。なんですか、あなたもバカにするつもりですか」

「いや、綺麗だなって」

「んぇっ……ご、ご機嫌取りにしたってあからさますぎなんですけど! もう少しマシなものにしてください!」

「思いっきり頬ゆるんでるが……あと、目の下のくまが見えやすいなって」

 髪と一緒に横顔を見て気づいたことを言うと、今度はジロリと睨まれた。

「眠れなかったんですよ。……眠れるわけないじゃないですか」

「ああ、慣れないベッドだと寝にくいよな。数日寝れば慣れると思うから寝られるまで目を瞑っていてくれよ」

「ベッドの問題じゃないですっ! むしろベッドはふかふかでした!」

「それは良かった。で、ふかふかなベッドの感触を夜通し謳歌していた理由は?」

「そんなの――」

 僕を睨みつけて何か言おうとしていたヒイロだが、ふいに立ち止まった。

「うん、どうした?」

「あれ……」

 ヒイロが指差した先、桜の木の中ほどに青くてもふもふな小鳥がいた。

「見たことない鳥。綺麗な鳴き声……」

「ん、チャント・バードだよ。そこら中にいるけど……もしかして見るの初めて?」

 僕の問いに、ヒイロは樹上の青い鳥を見つめながら小さく頷いた。

「わたしが暮らしていた所には一匹もいませんでした。『東側には絶対に行くな』とキツく言いつけられてましたし、ほとんど見たことありません」

「へえ……」

 少し驚いた。

 確かに魔法使いや冒険者でなければ魔獣はおいそれと見られるものではない。

 けど彼女のように『ほとんど目にしたことがない』というのもなかなか無いだろう。

 たとえば、今もそこかしこからさえずりが聞こえてくる詠鳥だって立派な魔獣だ。

 魔獣の中でも一般的ポピュラーな部類に入り、街中の至るところにいる。隣竜ネイザード小鬼ゴブリンと合わせて『三大・人に近い魔獣』と言えるだろう。

「でも、そうか。ガルジャナ山に住んでたならそういうこともあるのか」

 歩き出しながら、僕は朝陽を浴びるガルジャナ山を眺めた。桜色の山肌が心なしキラキラと輝いているように見えるのは目の錯覚じゃない。魔力を帯びた花弁が空気中の魔力に反応しているのだ。

「ま、今日はその東側に行くわけだから、沢山の魔獣が見られるはずだよ」

 僕が笑って言うと、ヒイロはもにゅもにゅと下唇を噛みながらこちらを見返してきた。

 魔獣を見たことないなら喜ぶだろうと思っての発言だったんだけど、何だその表情かお

 そのままふたり歩きながら見つめ合い、微妙な空気が流れること数秒。

 ヒイロは再び立ち止まり、長い長いため息を吐いた。そうしてうなだれると、足元を見つめたまま言葉を漏らす。

「わたし、本当に冒険者になるんだなって……」

 なるほど。寝不足なのも乗り気じゃないのもそれが理由か。

「王都に行くにはそれしかないからな」

「どうしてこんなことに……」

 ヒイロが呻き、天を仰ぐ。

「最良の選択をしたんだから別にいいだろ」

「二つ以上の択を選ぶことができて初めて選択って言うんですよ」

「それはそうだな」

 頷き、僕も空を見上げた。

 昨日に続いてよく晴れた、絶好の冒険日和と言える蒼穹を見上げながら昨日のことを述懐する。

 そう、彼女に選択肢など無かった。


 ◇


「い・や・で・す! なんっでわたしがあなたの弟子にならなきゃいけないんですか!」

「わかんねーガキだな!? それが最良で最善で最速かつ確実な方法だからだって言ってるだろ!」

 ヴィルが〈黒の侵蝕ボルボロス〉を排除した際の魔法行使はレント領内で不特定多数の人間に目撃されており、いったい何が起きたのかとレント領は一時騒然となった。

 通報を受け、慌てて現場に駆けつけてきた〈桜魔ヶ刻〉(トパゾライト・ブロッサム)の職員に連行されたヴィルとヒイロはそのまま〈桜魔ヶ刻〉へ。

 そして通された二階のギルド長室にて、ヒイロは抵抗の限りを尽くしていた。

「わからないんですけど!? その最良で最善で最速かつ確実な方法を具体的に説明してください!」

「説明しようとしても聞かないだろうが!」

「当たり前じゃないですか聞く気がないんだから!」

「なに当然のように開き直ってんだこのクソガキ!」

「君たち、私の机を挟んで喧嘩しないでもらえるかな……書類が散り散りだ」

 自らの両脇でギャンギャン吠えるふたりに制止の声を入れたのはこの部屋の主であり、領主兼ギルド長のフィオルブ・レントだった。

 彼は穏やかな表情ながらこめかみに青筋を立てている。つまり大変ご立腹である。

「罵り合いだか乳繰り合いだか知らないが、まずそこまで仲良くなった経緯を私に話してはくれないかね。でないと始末書が書けないんだが――」

「「仲良くなってなんかない」です!」

 ふたり同時に言い返すと、領主はにっこりと微笑んだ。そして手元にある、鈍器と形容するほかない厚さの紙束をポンポンと叩く。

「ヴィル君は今回の始末書、全て自分で記入したいみたいだね。いやぁ助かるなあ」

「よしヒイロ、一時休戦だ。僕は領主様に事情を説明するという大義を仰せつかってしまった」

「……それはいいですけど、保身に全力すぎでは?」


 十数分後。

「――――というわけです」

「〈黒の侵蝕〉か。ここ最近は発生件数も減っていたから油断していたが……」

 ヴィルの話を聞いている間、領主は組んだ手に額を打ちつけた状態で俯いていた。

 そしてようやく顔を上げたと思えば、鬼の形相をしていた。

「そんな大事なこと言わないで喧嘩するって、君たちねえ……!」

「「すみません」でした!」

 ヒイロとヴィルは慌てて頭を下げる。

 一秒後に飛んでくるであろう怒声に備えてそのままギュッと目を瞑ったヒイロだが、降ってきたのは小さい嘆息だった。

「本来なら叱るべきなんだろうけど、無事に戻ってきてくれたんだ。それでいいよ」

 頭を下げるふたりにもひらひらと手を振るのみで、特にお咎めはなし。この器の大きさこそ、本来の役柄でないはずの領主がギルド長を務められる最たる理由であった。

「ただ、ヴィル君にひとつ聞きたいことがあってだね……」

 領主は頭を上げたふたりを見比べて物憂げな表情を作る。

「……彼女を弟子にするというのは本当かな?」

「本当です。新しいパーティメンバーですよ」

「彼女以外ともパーティを組む気は?」

「ありません。彼女の助力には僕一人でも問題ないと判断します」

「いや、私が言いたいのはそういうことじゃないんだが……」

 領主がヒイロを見る。

 なぜ自分なのかと疑問に思うが、それが晴らされるよりも先に視線を外された。

「まあ……ひとまずそういうことにしよう。やりようはいくらでもあるからね」

 そう言って領主はひとつ息を吐くと、再びヒイロの方を見た。

「ヒイロ君、だったかな」

「は、はい」

 名前を呼ばれ、思わず背筋を伸ばす。

「君は騎士になりたい。けれど騎士の徴兵は王都でしか行われておらず、現在規制のかかっている王都には入れないから困っていた。そうだね?」

「そう、です……」

 ヒイロは頷き、歯噛みする。己の置かれた状況を他者から説明されるというのは、存外に辛いものだった。俯くヒイロだが、次に告げられた言葉に顔を上げた。

「ヴィル君からすでに聞いていると思うが、君が今月末までに【勇者隊選抜】へ向かえるだけの実力があると認められれば、胸を張って王都に向かえるようになるんだ」

「えっ、なんですかそれ」

 そんなことつゆほども知らなかったヒイロは目を丸くした。

「…………どういうことだい、ヴィル君?」

 追及の視線を向けられたヴィルが苦い顔をする。

「どういうこともなにも、耳塞いで聞こうとしなかったんですよ。弟子になってくれって最初に言ったのが失敗でした」

「ははあ。なぜあんなに言い争っていたのかと思えば、そういうことだったのか。てっきり野生的方法で説得を試みているのかと」

師匠せんせいじゃあるまいしそんなことしませんよ」

「はは。だろうな」

 領主はヴィルと短い会話を交わし、改めてヒイロに向き直る。

「さて、それなら説明しないといけないな。【勇者隊選抜】の候補に選ばれるにはとても単純な条件がある。それは――」


 ◇


「『ギルドで最強になること』って、冷静に考えなくても不可能じゃないですか?」

 人もまばらな路地を歩くこと二十分と少し。

 もうすぐ目的の場所に着く、というところで突然ヒイロがそんなことを言い出した。

「急にどうした。【勇者隊選抜】の話か?」

「そうです。昨日聞いた時も思いましたけど、改めて無理だなって思って」

 こくりと頷くヒイロに、僕は逡巡の後、正直な答えを返すことにした。

「無理だろうな。ただの最強なら全員しばけば済む話だけどギルド内最強となると話は違う。誰 “いつかなれる “可能性は誰にもあるけど、一ヶ月じゃ物理的な時間が足りない」

「ですよねえ……」

【勇者隊選抜】に選ばれる条件――それはギルドで最強になること。

 本来、最強なんてのは定義すら曖昧で、時と場所や状況によって刻一刻と変わってしまうものだ。

 それなのにギルドで最強になることが条件に定められているのはどういうことか。

 単純な話だ。ギルドの最強には定義付けがされている。

 それは最もギルドに貢献した・・・・・・・・・・・のこと。つまり――厳密には違うのだけれど――最も多く依頼をこなした者と思ってもらっていい。

 当然といえば当然。

 国が母体とはいえ、ギルドだって立派な事業のひとつだ。

 ギルド間でも競争があるし、利益率が低いと解体の憂き目に合う。

 そしてギルドの利益はその大部分が冒険者によって成り立っている。冒険者がいなければ始まらないし、存在意義もなくなる。

 だから最強なんてものを定義して、冒険者間でも競争を促すようにしているのだ。

 この定義で考えると、つい先日冒険者登録をしたばかりの新人が一ヶ月でトップになるのは不可能だということがわかってもらえると思う。特に、ヒイロに限っては絶対に不可能だと断言できる。なぜなら――

が言うんじゃ間違いないですよね」

「五年連続トップだけど、二位以下とは年々差が開いてるよ」

「うへぇぇ……」

 ――僕が〈桜魔ヶ刻〉の最強だからだ。

 五年間トップを走っていたら、いつの間にか〈風の王〉だなんて大仰な二つ名をつけられていた。

 そんな最強といっしょに依頼をこなせば、差が縮まることは永遠にない。

 だから不可能というわけである。

 なら、ヒイロが【勇者隊選抜】に行くことはできないのか?

 そんなわけはない。

 もしそうだったら僕も領主様も【勇者隊選抜】の話なんてしていない。無理なのに話だけ持ち出すなんて、鬼か悪魔の所業だ。

 不安が胃にきているのかお腹をさすっているヒイロに、僕は努めて明るく声をかける。

「そう暗い顔するなよ。ヒイロの場合、最強になれる可能性を示せれば推薦で【勇者隊選抜】に行けるんだ。それなら一ヶ月でも十分可能性はある」

「今後の精神衛生のために知っておきたいんですけど、その可能性を具体的に示すとどれくらいになるんですか……?」

「えーと、貢献度の総数が等級依頼達成見込みの奴らと同等になれば良いから……討伐系ハントを六つと採集系ギャザを十五、合わせて二十一以上の依頼達成クエストクリア。ついでに依頼からの生還。たったこれだけ! ね、簡単でしょ?」

「どこがですか⁉︎ 討伐系と採集系はまだわかりますけどなんですか壊滅級って! 行って帰ってくるだけで認められるってそれ絶対やばいやつじゃないですか!」

「そんなこと言ったって、これが最大限の譲歩って言われたんだから仕方ないだろ」

 本来なら依頼を二倍こなさなければならないところを、食い下がりに食い下がってこの条件にしてもらったのだ。

 いくら壊滅級とはいえ生還だけならヒイロが何かする必要はない。実質半分の依頼を達成するだけで済む。とても楽だ。

「もちろん壊滅級依頼は最後にするし、いきなり討伐系やらせたりもしない。最初は採集系をこなして慣れてもらう方針だ。それでいいだろ?」

「…………」

「あれ、ヒイロ?」

 いきなり黙りこくったと思うと、憂いを帯びた瞳で僕を見つめてきた。

「やっぱり、他の人ともパーティを組む気はないんですか?」

 僕と領主様のやりとり、覚えていたのか。

「……僕だけじゃ不満か?」

「そっ、そういうわけじゃないです! でも領主様だって他の人とも組んだ方がいいって言ってたじゃないですか」

「僕も言ったろ、組む必要がないって。何かあった時、ヒイロひとりならカバーもきくけど、他に人がいてそっちも助けが必要だったらどうするんだ」

 それは底意地の悪い質問だった。

 己の善性と他者の命を秤にかけた問いなど、答えられるべくもない。

 そうして答えに詰まったところで、適当に話を切り上げようと思った。

 けれどヒイロは懐疑的な表情で首をかしげて、恐ろしい言葉を放った。

「もしかして、パーティを組んでくれる友だちがいないんですか?」

「………………そんなことはない。断じてそんなことはないが、組む必要もない」

「え? そんなことないなら別に良いじゃないですか」

 よし、今すぐ話を切り上げよう。

「さー着いたぞ!」

 領の内と外を明確に分ける関門まで来たところで、僕は声を張り上げながらヒイロの方へと振り向く。

「これから僕とヒイロは師弟関係になる。けど、その上で守って欲しいことがいくつかあるからそれを復唱して欲しい」

 ヒイロは怪訝そうに眉をひそめた。

「ここで?」

「場所はどこでもいい。けど『契りを結ぶのは初依頼の前にしろ』っていうのが僕の師匠せんせいからの教えなんだ。ヒイロはこれから初依頼に行く。だからここで契りを結ぶ」

「それはわかりましたけど、なにか特別な儀式をしたりするんですか? ……っもしかしてそれで神秘的な効果が発生したり!?」

 先ほどの表情から一転、期待に目を輝かせる。

 けれど、僕はきっぱりと首を振る。

「いやまったく。形式的なものはあるけど、それで神秘的な効果はないよ」

「えぇ……それじゃあそもそも師弟の契りなんて結ぶ意味ないじゃないですか」

 プーと頬を膨らませて不満げな表情をするヒイロに、諭すように言う。

「これも師匠からの受け売りなんだけど、師弟っていうのは『最も多くの関係を内包する関係』なんだそうだ」

「最も多くの関係……?」

 浮かない表情のヒイロに僕は師匠の言葉を諳んじる。

「『良い師弟は親子であり、兄弟であり、親友ともである』」

 それは出会ったばかりの頃、当時の師匠が僕に弟子にならないかと吹っかけてきた時のことだ。

『いい、少年? 良い師弟は親子であり、兄弟であり、親友ともでもあるの。因果次第では本当の家族になることもあるし、殺し合うことすらあるんだ』

『だからなんなんだよ』

『とってもオトクってこと。それに今なら宿アリ三食&昼寝付き! どう? 弟子になってみない?』

『誰がなるか!』

 人を喰ったようなあの笑みを思い出して顔が歪みそうになるが、そんな顔を見せたらヒイロに「なに気持ち悪い顔してるんですか」と言われそうなので耐える。

「えぇっと、要するに……?」

「とってもオトクってことさ」

「はぁ……というか、さっきから師匠せんせい師匠せんせいって言ってますけど当の本人はどこにいるんですか? はっ、まさか遠巻きに観察してるんじゃ……!」

「いや、いないよ。五年前にどこかへ行ったきりで帰ってきてない」

「え、どういうことですかそれ」

「自由人なんだよ。戻ってくるって約束したし、ふらっと帰ってくるさ。さ、やるぞ」

 これ以上グダる前に終わらせてしまおうと、僕は杖を地面と平行に、胸の高さで構えて両者対等の意を示す。

 一度深呼吸をして、かつて師匠せんせいと交わした契りの文言を諳んじる。

「――復唱せよ。ひとつ、師匠の言うことは絶対である」

「し、師匠の言うことは絶対である」

「ふたつ、己が命を第一とせよ」

「己が命を第一とせよ」

「みっつ、師匠を超えよ」

「師匠を超えよ」

「よっつ、楽しめ」

「た、楽しめ?」

 最後が疑問形で上擦ったのを聞いて、思わず笑みが零れた。

 なにせ僕もそうだったから。

 杖を垂直、つまりはいつも通りの形に戻して地面を突く。

 これで契りは結ばれた。

「師匠を超えた、と僕に認めさせたらその時点で師弟関係は終わりだから、弟子が嫌ならさっさと強くなるべし」

「は、はい」

「そしてたった今から僕のことは師匠と呼ぶように」

「わかりました。ししょー」

「…………」

 いっそ清々しいくらいの棒読み。まあ呼んでくれればそれでいい。

「で、僕が死んでも守る約束ごとだけど、僕はこれから弟子ヒイロのためにこの命を使う。己の命よりも弟子の命を優先させ、弟子を死なせたときには責任を取って共に死ぬ」

「えっ……ほ、本気ですか?」

「本気じゃなかったらあんなめんど……長ったらしい契り結ばないよ」

「言い直せてるようで意味一緒ですからね!?」

「でも実際めんどくさいし」

 軽く流そうとしてもヒイロはドン引きってくらい驚愕の表情をしている。

「それっ、絶対こんな軽い雰囲気で契っていいやつじゃないですよね!? もっと厳かな場所でそれこそ儀式的にやるものだったんじゃ――ほばっ」

 今さら焦り始めたヒイロがあわあわと慌て出すが、もう後の祭りだ。

 うるさいので口に手を当てて発言を封じてやる。

「いいんだよこれで。やることはいっしょなんだから」

 眉根を寄せたまま、手で覆われた口をもごもごと動かしている様は小動物的で憎らしくも可愛いと思ってしまう。

 そんなだから柄にもなく浮ついて言葉を重ねてしまった。

「そうは言っても僕だって死にたいわけじゃない。だから僕は全力でヒイロを守って、ヒイロは守られなくて済むよう強くなる。それで解決だ」

「…………」

 手を離しても、ヒイロはしばらくそのままの表情で僕を見つめている。

 いつまでそのままでいるのか確かめるのも悪くはないけど、日が暮れるまでそのままな気もするので両肩を掴んで揺らして無理やり動かす。

「それに初依頼って言ってもヒイロは見学だけだ。昼頃には戻ってきて本格的な準備をする予定だし、短めのピクニックと思って楽しめよ」

「うおあぁ……さっきまでとは別の意味で行きたくないぃ……」

「ほらさっさといくぞー」

 行きたくねえとぼやき続けるヒイロを引きずって、僕は渋い顔をしている門番の元へと向かった。

 

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