第24話 レイメイの策略 ①
逃げ遅れた獣人達は屍と化していく。フラクトールが率いた一万の兵は、二千までその数を減らした。
「申し訳ない、コルクス殿。」
「ザルコ中佐、謝られるではない。それよりも今はアルカディア軍を振り切ることに集中するのだ。」
「……」
背後より迫り来るアルカディア軍。ザルコは軍師レイメイの言いつけを守らなかったことを深く後悔した。
「……此度の敗因は我らにある。お主らは砦まで戻り、生き延びてくれ。私が殿を。」
「ザルコ中佐、まだ敗戦とは決まっておりませぬ。」
「それはどういう……」
「レイメイ様は、敵の挑発を無視できないあなた方の気持ちを理解されていました。この作戦を遂行する私の魂は、無限の業火に焼かれても清められないだろうと。」
「コルクス……殿?」
スコット大佐率いる追撃部隊五千が、ザルコ率いる残党とコルクス救援軍に追いつかんというその刹那。
両脇の森より歓声が上がる。歓声というより鳴き声という表現が適切かもしれない。それはウルフ、ファルコン、アルミラージなど複数の種族の声が混じっていた。
「な、なんだ。」
「スコット大佐! 左右より敵兵。」
「敵兵力は?」
「左右それぞれ五千ほどかと。囲まれます!」
「持ち堪えよ! 左翼はこちらが高所だ。駆け降りて地の利を活かすぞ!」
追撃部隊が敵の待ち伏せにあったという報告がアナスタシアの元に入る。
「なに、伏兵だと?」
「総勢約一万とのこと。」
「すぐにオルガとルイズに向かわせろ!」
「はっ! 直ちに。」
フラクトールを討ち取った場所より、後方の平原にて陣を構えるアルカディア軍四万。伏兵の情報はアナスタシアにとって不可解であった。老将ガノンがアナスタシアの元を訪れる。
「ルミナス卿、伏兵が現れたと。」
「はい、ですがおかしい。なぜ、フラクトールを助けに来ず、あのような場所に伏兵を置いていたのか。……なんだ、何を見落としている。」
「……」
その時、彼女の元に新たな情報が転がり込む。
「南東より迫るヴェスティアノス軍を確認。その数、およそ三万。敵軍師レイメイの姿も確認されています!」
「三万だと……」
「やられましたな。レイメイが攻勢に転じてきましたぞ。」
「迎え撃つまでのこと。」
アナスタシアは応戦に向けて指示を出す。そしてすぐに気づいた。自慢の装甲騎馬隊一万四千は現在、突如現れた伏兵と戦っている事を。
「機動力を奪うのがレイメイの策のようですな。」
「歩兵のみの戦いか。その程度の策で我々を倒せると思っているのかレイメイ……」
かくして、広大な平原にアルカディア軍歩兵四万とヴェスティアノス軍三万が対峙した。
「あの砦からもう出てこないかと思っていたぞ。」
「総司令、敵右翼に第三皇子バルバロッサの姿を確認。」
「バルバロッサ……敵の主力は右翼か。」
ヴェスティアノス軍後方の高所には、軍師レイメイが五千の兵で自身の周りを固め、姿を表す。
同様にアルカディア軍後方の高所には、アナスタシアが五千の兵で自身の周りを固めて構える。
レイメイは白く華やかな扇子で口元を隠しながら呟く。
「……久しぶりですね、アナスタシア・ルミナス。どうやら私の計算通り、騎馬隊は出払っているようで助かります。」
扇子を空高く掲げる。
「全軍、攻撃開始。」
ヴェスティアノス軍は歓声を上げながら、アルカディア軍に向かっていく。
「こちらも迎え撃つ。攻撃開始!」
アルカディア軍はヴェスティアノス軍に対し、左右がVの字型に広がっていく。
「お得意の鶴翼の陣ですか。お互い、先ずは定石通りですね。」
ヴェスティアノス軍は、三角形の陣形をとった。魚鱗の陣である。
両軍がぶつかり合う。アナスタシアとレイメイは戦場を見つめる。何度も競い合った二人の読み合いが始まった。
第三皇子『バルバロッサ』。『ヴェスティアノスの三傑』の一角である。その巨体から繰り出される棍棒は人間をいとも簡単に砕く。まるで泥人形を壊すように。アルカディア軍の左翼はこのバルバロッサ一人によって、押され始めていた。
「中央のガノン将軍、フリューゲル中将に左翼のバルバロッサを抑えるよう伝達を。」
アナスタシアの指示を受けた兵士はすぐに駆けていく。
「総司令、よろしいのですか? それでは中央が手薄に。」
「構わん。それよりもバルバロッサ一人に左翼を崩される方が問題だ。右翼が開き過ぎている。サニス少佐。ここの兵、二千を率いて右翼の援護に……」
アナスタシアの指示により、アルカディア軍四万は彼女の手足となりて連動する。天賦の用兵術。若くして総司令を任された、彼女の用兵術はアルカディア、ヴェスティアノスの両国に轟いていた。アルカディアにおいてアナスタシアと張り合える者はいないだろう。たった一人を除いて。
「ふむ……こちらの右翼に戦力を集めることは予想できましたが、中央、左翼共に隙ができませんね。流石といったところです。」
アルカディア軍、後方に控える魔道部隊は常に、身体強化の魔法をかけ続ける。魔力が尽き、貧血に近い症状を出す者も散見され始めた。
「中央が押され始めているな……」
右翼の戦力を中央に集め始めるアナスタシア。
「その挑発乗りましょう。」
レイメイは配下に兵を引き連れさせ、左翼の戦力を増強した。
「レイメイ様、どうやらこの戦、我々の勝ちの様ですな。」
ヴェスティアノス軍の左翼はアルカディア軍の陣形を崩し始める。だが、レイメイの表情は硬い、
「……ん? なるほど、やられました。」
崩れかけていたアルカディア軍の右翼に装甲騎馬隊が加勢した。
「信じていたぞ、オルガ、ルイズ。」
先の伏兵を撤退させた、アナスタシアの双剣が戦線に加わる。拮抗していたこの戦だったが、アルカディア軍の勢いが勝り始めた。
「レイメイ様……」
「ここにいない者達まで戦力として、カウントしていたとは。アナスタシア・ルミナス、やはりここで討ち取る必要がありそうですね。」
レイメイの元に兵士が駆けつけ、報告する。
「レイメイ様、アノスロッド様が作戦を無事遂行されましたことをご報告申し上げます。」
「そうですか。それでは一度、終わりとしましょう。撤退の合図を。」
戦場に笛の音が鳴り響く。それを聞いたヴェスティアノス軍は後退していく。
「総司令、敵が引いていきます。追撃されますか?」
「……いや、追撃はなしだ。全軍に撤退の指示を。」
先の伏兵の影響により、アナスタシアは慎重な判断を下した。
距離をあける両軍。ヴェスティアノス軍はアルカディア軍の追撃がない事を確認しつつ、戦線を離脱した。将達を中心に立て直しを図るアルカディア軍。
アルカディアの兵士は空に昇る煙を見ている。
「おい、どうした。」
「なぁ、あの煙。」
「えっ。」
「あの方角は確か……」
陣を構え直したアルカディア軍。この戦いで四千の兵を失ったが、同じくらいの獣人の屍が野に連ねた。
一息ついたと思ったのも束の間。アナスタシアの元に後方のリメス砦を守護していた兵士が報告に訪れる。その兵士はボロボロで、死線をくぐりぬけた顔をしている。
「どうした?」
「た、大変です、総司令! リメス砦が……陥落しました!」
「なん……だと?」
リメス砦。オケアノス砦攻略の拠点である。アルカディア兵二千で守護していたその砦を攻め落とし、城壁の上で腕を組むのはヴェスティアノス三傑の一人にして、最強の獣人、『アノスロッド』であった。赤色の毛に覆われ、獣人の中でも一際大きいその漢は南西の空を見ている。
「アノスロッド様、捉えた捕虜はこのまま帝都に?」
「あぁ、だが今は武器を取り上げて監視しておけ。我々にはまだ使命が残っている。……あのルナマリアの娘が総司令とはな。残念だが、ここで死んでもらうぞ。」
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