星渡し①

2 星渡し



卓上に並べられた食事をみて少女は、目をキラキラと輝かす。もちろん見え隠れする戸惑いもこちらにひしひしと伝わってくる。先程「肉と魚のどちらがいいかしら」と尋ねたところ、ぎりぎり聞き取れるような小さな声で「お肉」と答えたので、そのリクエストに合わせたものをナレイシュに頼んだのだ。


私も一緒に食べるため、サラダとスープとメインが丁寧に準備された。メインはマウルとツェソナのガレットだった。ツェソナは比較的甘みのある野菜で,小さな子も好んで食べる野菜である。マウル鳥のお肉が嫌いな人なんていないだろう、かくいう私も大好きなお肉である。結局、リクエストを聞いたところで私の好みに合わせてあるので、チーズもたっぷりのものだ。


チーズがとろけているうちにと思ってナイフとフォークで切り取って口へ運ぶ。美味しすぎる……本当はお魚の燻製のガレットの方が好きなんだけど、久し振りに食べるマウルのガレットも最高だった。




「冷えちゃう前に食べなさいよ」

「えっと…あの。」

「話しはあと。私はお腹がすいてるんだから」



彼女はどうせ、自分がなぜここにいてこんなことになっているかが知りたいのだろう。星降りしてきた人たちはいつも同じ事を聞く。毎回毎回答えなければならない私の立場にもなってほしい。というより、そこは月人である麗愛奈の仕事じゃないのか、それとも彼女が説明した上で且つ私にも聞くという馬鹿ばかりなのだろうか。




しゅんとした様子で、マリーとなのった少女はフォークとナイフを手に握る。チラチラとこちらを見ながらカチャカチャと、ガレットを切り分けていく。が途中で、その作業をやめて、サラダのほうへ手を伸ばした。



「マリー。使えないなら使えないと言いなさい。フォークだけでも十分に切れるわ」




「失礼します」とマリーの横からナレイシュが皿を下げに来る。「あっ」と、いう少女に彼は「大丈夫ですよ」とウインクをして下がった。かぁと顔を真っ赤にする彼女を見て、無駄にイケメンの彼に感心をする。さすがである。といってもこの赤面は羞恥の照れも含まれているだろうなと思った。




「あの、これって」



無言でサラダを食べていた少女が口を開く。

先ほどまで不器用そうにフォークに薄黄緑色の葉っぱを一生懸命にさしてまとめてと思ってたけどと彼女ほうに視線を向ける。

そのフォークの上には半透明の物体が乗せられていた。



「とうがん…」

「とうがん…?それはメロンだけど?」




初めて聞いた名前に私がは「よくわからないわ」と首をかしげる。タイミングよくナレイシュが「えぇ、とうがんですよ。ウィンターメロンともいいます。」と、調理しなおしたガレットをもって、フォローに入る。嫌な予感。



ガレットは。くるくると筒状の形になり、手で持って食べられるように、紙で巻かれていた。そのままかぶりついていただいて結構ですよ。公式の場でもありませんし、と優しくマリーに手渡ししている。




「アーサー様のところではまた別の言い方もされるようです。この国ではウィンターメロンといいますが。姫様、お勉強すべきことが増えましたね。」



満面の笑みで、そう告げられた。

余計なことを、このマリーとかいう少女め。






ゆっくりと食事をしおえ、デザートを所望したところナレイシュにスルーされた。先ほどのマリー専用ガレットを見ていたらクレープが食べたくなったのだ。駄々をこねて用意してもらおうと思ったが、今は二人だけではない。少しのフラストレーションを感じながらも、私は本題に入ることにした。二つのティーカップにナレイシュが温かい紅茶を入れたのを合図にして。





「マリー。改めて星降る国オーディスへようこそ。私は、マリーマイラ=メルスティド。この国の王女であり月巫女よ。」

「王女?」



そう!と胸をはる。この国で一番偉くて一番可愛くて、一番心優しいのが私!と、マリーに教えてあげると、彼女はよくわからない表情をする。なんなのそれは。



「え、っと。一番偉いのは王様と女王様では…?」

「お父様とお母様?月巫女は私よ?」

「巫女であるマリーマイラ様が一番?なのですか。」

「そう。統治は中央の仕事だから、確かに重要かも知れないわ。でも、それは、どのエリアも必要不可欠だわ。中央だけが重要というわけじゃないもの。優劣はつけられないわ。優劣がつけられないからこそ私が一番なのよ」



わけがわからないという表情をされて私もわけがわからない。今までは、この説明で何とかなっていたのだけど、とナレイシュに助けを求める。



「私が……一番よね」

「もちろんですとも、姫様。」



いつもの笑顔で、私が欲しい言葉をくれる。「さらにご理解いただけるように僕から補足の説明させていただいても?」というので、彼にこのあとは任せることにする。私は、彼の入れた紅茶を口に運ぶ。朝のものとは違い、ミルクがたっぷりと入っていた。ミルクはどこのも美味しいけとやはり牛が一番美味しい。この国の酪農はムルムルが主流なのよね。やっぱり、牛の輸入は考えたい案件だわ。



ぼーっと、考えているうちにナレイシュが説明する。どうせ、説明したって10歳前後の子に理解できるとは思わないけど。



「国の統治の方法は、二種類あると考えてください。政治によるものと宗教によるものです。政治で一番偉いのは国王様で、宗教で偉いのは神様ということにしておきましょう。この国は、中央といわれるエリアを真ん中に五つのエリアに分かれています。例えば、メティスやデメティウスなど。その中央にいらっしゃるのが国王様たちでこの国を動かす政治をしています。ここまで大丈夫でしょうか?」



ちなみにその中央も”ゼウトーシャという名称がある。中央と言ったほうが早いので、だれも正式名称は使っていない。公的なものですらちゃんと表記されているか怪しいほどだ。



「そのエリアの一つがここマリーマイラ様がおはす月殿です。姫様は月巫女という役職を担っています。この国は、月巫女様が信仰対象でありすべての采配が月巫女様とそして月人様の仕事です。」

「采配」

「えぇ、要は誰を住人とするか、どんな仕事につくか、どこで働くか。まあそんなことを手始めに色々と色々と。中央の人間も、姫様がお決めになっていますから。つまりは、」

「マリーマイラ様が一番偉いと」



わかっていただけたようで何よりです。と私の一番の側仕えは嬉しそうに微笑んだ。目の前の少女は、私が説明した時とあまり表情は変わってはいない気はするけど、ナレイシュが「ご理解いただけたようですので、続きを」と催促してきたので、きっと納得したのだろう。




わかったわ、と私は、もうとうの昔に空になったティーカップを静かにおく。

そして私は、立ち上がり、彼女の前に歩み寄る。



「あなたにはこれからデメティウスに行ってもらうわ。そこに、”キシュルト”というレストランがあるの。そこのナタリエとマイクのところで娘として、給仕かかりとして働きなさい。」

「はい。」



私に、この国での役割を命じられたマリーは、先ほどまでの訳がわからないという表情とは打って変わって、

なんの疑問も持たない真剣な声色で返事をしながらたちあがった。


そうしていつのまにか、いや、いつものとおり、物音一つさせずに私の後ろで待機をしていた星巫女たちがひとつのブローチを私へ差し出す。深い海のようなブルーの色のソレを手に取り、私はぎゅっと握った。それは、青白く幾度か明滅し私の手をから自然に離れる。ふわふわとマリーの前に移動したソレを、彼女はごく自然に手を伸ばし受け取った。




後ろでナレイシュが「つまりは月巫女様が神様なのです。」とつぶやいていた。

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