17.遊戯

 第一王女の領内視察最終日。

 当の王女は領主と最後の挨拶を交わし、馬車に乗り込んだ後に一つの単語を口にした。


遊戯ゲーム?」


 その単語は、ジェイミアに関する調査報告書に記されていた。学園に着任してからの言動が事細かに記されているそれは、貴族や能力の高い平民の生徒が通う学園故に張り巡らされた監視の目と耳による記録の賜である。

 報告書はローザティアに渡される前に、その腹心であるセヴリールの手に渡る。彼がざっとチェックした中にその単語が多く記されており、それが気にかかったセヴリールは馬車で隣りに座った王女に対しひとまず報告に至ったわけだ。


「はい。ジェイミアは時折、その言葉を口癖のように呟いていたようです。クラテリア嬢の前では隠していたようですが」

「ふむ?」


 ゲームという単語は、さほど珍しいものではない。だが、セヴリールが気にかけたことにローザティアも首を傾げた。

 この国では、様々な民の嗜みとしてカードゲームやすごろくなど、多くのゲームが存在する。平民の中でも頭の回転が速い者は、貴族のゲームの相手をすることを生業としていることもある。もっとも、貴族に勝利を譲りその機嫌を取るのが主たる務めではあるが。

 だから、ゲームで遊ぶことは珍しくもない。珍しいことなので、基本的には隠す必要もない。時折、金やさまざまなものを賭けたギャンブルとなることもあるが、この国では禁じられているわけでもない。


「ゲームを嗜むくらい、特に問題はないだろう。なぜ隠す」

「それが分かれば、苦労はしませんね。ですが、この辺りに此度の問題を解決するヒントがあるのではないかと、私は考えますが」

「ゲームで遊ぶときに狙われるのはまあ良いが、現実問題となると面倒だな」

「全くです」


 小さくつかれたため息とともに吐き出されたローザティアの言葉に、セヴリールは頷いた。

 ゲームを嗜むことを隠す、というのもそうだが、もしそれが敵を倒すことが目的であるゲームと同じように『敵』を排除することを意味するのであれば。

 全く理由はないけれど、その『敵』が自分ではないかとローザティアは推測している。先日、実際に襲われていることが理由といえば理由だが……いかに王国とは言え、第一王女である彼女を敵視する勢力が存在しないわけではないのだ。


「……本人に聞くのが一番か。今のところ、ジェイミアは学園にいるのだろう?」

「それは確認されております。監視もつけておりますが……ティオロード殿下やクラテリア嬢の卒業までは、いるのではありませんかね」

「そうだとよいが」


 どうやら教師ジェイミアが問題を起こしている元凶……かどうかはともかく、重要人物であるらしい。その当人が、いつまで学園にいるかどうかは分からない。もしかしたら今頃学園から消えているかも知れないが、彼らにはどうすることもできない。

 唯一できることとして、彼らを載せた馬車は一路王都へと向かっている。ティオロードをはじめとした者たちの卒業式、そして卒業パーティが開かれる学園は、王都に所在しているのだから。


「明後日には愚弟どもの卒業式だな……そこまでいてくれていれば、私としては助かるのだが」

「ここからですと、王都まで一日半ですからね。ジェイミアはともかく、式にお出になるには結構ギリギリかと」

「間に合わない場合、式典の祝辞は園長に代読させるよう準備を整えておる。私はパーティに顔を出せれば、それで良い」


 改めてセヴリールから渡された報告書に目を通しながら、ローザティアは当日の次第を腹心に説明する。とは言え大した問題ではなし、セヴリールもあらかじめ知ってはいるので確認、ということになるが。

 ただ、式よりもパーティの方に重きをおいているらしい王女に対し、その理由だけは尋ねることにする。


「パーティの式場で、クラテリア嬢やティオロード殿下が愚かな行為に走らぬように、ですか」

「そこのあたりは、見ておっても無理な気がするぞ。どうやら、周囲の声は既に耳に入っていないようだしな」


 既にティオロードやその取り巻きたちは、クラテリアにご執心で本来の婚約者に対し冷たい態度を取り続けている。この上で何をやるかは定かではないが、どうするにしろろくなことにならないのは火を見るより明らかだ。


「だが、少なくともその場に私がいれば収拾をつけることはできるからな」

「確かに」


 ガタガタ、と馬車が揺れ始めた。石畳を敷かれていない道に入ったということで、先程まで視察していた貴族領を離れたことがわかる。今夜の宿泊先である小さな村まで、馬車を引く馬には頑張ってもらいたい、とセヴリールは心の中で呟いた。

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