12.あれが芝居であれば

「くくくクラテリアが!? ほ、ほんとうでございますかっ」


 第一王女の執務室、ということで室内にいる人物はさほど多くない。部屋の主たるローザティアとその腹心セヴリール、使用人が数名。そして客として迎え入れられたツィバネット男爵くらいのものである。

 人目が少ないが故に、男爵のその醜態は外に漏れるものではないだろう。だが露骨に腰を抜かし、あわあわと両腕を振り回すさまは、貴族の当主として少々恥ずかしい姿であることを否定できない。


「本当だ。ティオロードやその友人たちの婚約者から、私のもとに何とかして欲しいという陳情が来ていてな……調査の結果、事実と判明した」


 その姿から軽く視線を外しながら、ローザティアはため息交じりにそう言ってみせる。僅かに目を伏せることで、自分も困っているのだということを相手に見せつけるために。


「弟たちには婚約者や家族を経由して幾度となくたしなめておるのだが、男爵からもクラテリア嬢にはきつく言いおいてくれぬか?」

「伺った話ですと、同い年の令嬢たちはクラテリア嬢とはあまり交流を持ちたくないようですね。他の令息たちにも、彼女の評判は良くないようです。このままでは、クラテリア嬢にお迎えしたい婿の目星も立たなくなります。先方から、お断りの返事が来るでしょうから」


 ローザティアの少し厳しい言葉と、その後に続けられたセヴリールの言葉に含まれた現実に男爵は、あからさまに顔をひきつらせた。

 ツィバネット男爵家に後継者と言える人物は現在、クラテリア一人しかいない。彼女に婿を迎えるか、また別に養子を取るか……そうでなければ、ツィバネットの家名はそこで潰えることになる。現当主として、それだけは避けたいことだろう。


「た、た、大変に失礼をば! クラテリアには至急、強く言い聞かせますので!」

「頼んだぞ? そなたの家を存続させるためにもな」

「は、はいいっ!」


 そこの部分を強調するようにローザティアが念を押すと、男爵は泡を食って退出していった。扉の向こうから聞こえたばたばたばた、どすんという音からして厚手の絨毯に足を取られ、転んでしまったらしい。

 使用人によって閉じられる扉の向こうから視線を戻し、王女は「やれやれ」と肩をすくめる。そうして、すぐ側にいる腹心に目を向けた。


「……言い聞かせられると思うか?」

「私はクラテリア嬢を直接知りませんので何とも言えませんが、恐らくうまく言いくるめられて終わりかと」

「そうだろうなあ。私もそう思う」


 短い会見で二人がツィバネット男爵に感じた印象は、ただの小物というものであった。ファーブレストの王室に歯向かうことは愚か、養女にした姪にも敵うまい、という。


「あれが芝居であれば、ツィバネット男爵は相当の役者ですね」

「まったくだ。まあ、役者であったのならば相応の礼を払ってもらわねばならんがな。で」

「は、ツィバネット男爵領の情報収集は順調です。一両日中に資料が送られてくるかと」

「よし」


 それでも念のため、ツィバネット男爵家の調査は続行される。もし男爵自身が何も企んでいなかったとしても、クラテリアがどうかはわからないのだ。王子を始めとする貴族子息をたぶらかしたことすら、義父には伝わっていないのだから。

 慎重、というよりは神経質すぎる、と思われるかも知れない。だがローザティアはファーブレストの第一王女であり、王国と王家を守るための努力は怠らない。それをセヴリールもよく知っており、故に彼は彼女の力となる。


「まあ、精一杯ツィバネット男爵に好意的に解釈いたしますれば、クラテリア嬢が貴族のあり方を知らぬことでこちらから見れば暴走に見える、という辺りでしょうね」

「確かに。それはそれで、しつけのできなかった男爵にも一定の責任をとってもらわねばならんが」


 いずれにしろ、ツィバネット男爵は養女とはいえ自分の娘に対する貴族としての教育を怠り学園内で混乱を起こさせた、保護者としての責任を取る必要がある。

 処罰のレベルをどの辺りに取るか、ということをローザティアは頭の中で考え始めた。男爵位では降爵しても準男爵がせいぜいであり、これはあまり意味がないだろう。


「態度が悪ければ爵位を剥奪するだけだが、あれではそうも行くまいな」


 やれやれ、めんどうだと口の中だけで王女は呟いた。もっとも、腹心たる婚約者には全てお見通しであろうが。

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