03.愚弟だけではない、と

 国王夫妻への報告を済ませて五日後、ローザティアはアルセイラを王城の自分の庭園に招いた。学園は休日であり、また王家からの招待であるため学業への影響はない。

 こじんまりとした庭の中央に設えられた四阿に、王女と少女は二人きりで向かい合った。紅茶と茶菓子を給仕するメイドも、必要最小限の接触しかせぬようこの場の主に命じられている。


「すまんな、アルセイラ。愚弟が迷惑をかけておるらしいと聞いた」

「いえ。わたくしが至らないばかりに、ローザティア様のお気を煩わせることになって申し訳ありません」

「アルセイラのために気を使えるなら、私は構わないぞ? 大切な友人なのだからな」


 紅茶の香りが漂う中、お互いに頭を下げ合う二人。ややあって、ローザティアはカップを持ち上げた。


「今日は二人だけの、女のお茶会だ。私に気を使う必要もないし、愚弟にはもっとだな」

「ローザティア様らしいお言葉ですね」


 アルセイラも苦笑を浮かべながら、同じようにカップを手にした。ローザティアお気に入りのそれは王都から少し離れた村で作られた国産のティーセットで、少々手を滑らせても壊れる心配が少ない丈夫さ故に需要が多い。

 しばし無言のまま紅茶で喉を湿らせ、ほぼ同時にカップがソーサーに戻される。ふうと小さくため息をついて口を開いたのは、やはりというか王女の方であった。


「クラテリア・ツィバネットだったか。どういう人物なのか、聞いても良いかな? 私は面識がまるでなくてな」

「クラテリア様、ですか」


 その名を口にして、アルセイラは少し考え込む表情になる。しばらくしてから、「わたくしの持つイメージでよろしければ」という前置きの後に言葉が続いた。


「平民としてお育ちになっただけのことはあって、自由奔放という言葉がお似合いの方ですわね」

「平民であっても、親の職業や環境に拘束されることはあるようだがな」

「ええ」


 貴族は自分と相手、双方の身分やその職により言動や思考が束縛されることが多い。それ故か一部の貴族子女には平民となることを望む者もいるのだが、彼らとてそうそう自由に生きられるわけではない。

 そのことを指摘したローザティアに対し、アルセイラもそのとおりだと頷く。


「ですが、クラテリア様は相手の身分を気にすることなくティオロード様や、その他の殿方に積極的にお話しておられましたし」

「ちょっと待て」


 だが、その後に更に続けられたアルセイラの言葉にローザティアが思わず手を上げて止めた。

 弟ティオロードだけならばともかく、件の男爵令嬢は他の男性にも声をかけていた、というのだから。


「愚弟だけではない、と」

「はい」


 眉間を軽く、指先で揉む。その彼女から視線で先を促され、アルセイラはおずおずと口を開いた。つまりは、『クラテリア・ツィバネットと積極的にお話をしていた殿方』の名前を並べたわけだ。


「オーミディ辺境伯家のジョエル様、ワンクライフ侯爵家のニルディック様、それに……ガルガンダ公爵家のステファン様、です」

「あー」


 三人目の名前をアルセイラが言いよどんだのも無理はない。ステファン・ガルガンダはつまり、ローザティアの腹心たるセヴリールの実の弟、なのだから。

 なお現在、オーミディ家当主は国境警備隊司令官を、ワンクライフ家当主は宰相を務めている。ガルガンダ家の当主、つまりセヴリールとステファンの父親は外務大臣の任にあり、国王夫妻とともに周辺国との友好関係を深めるために走り回っているという。

 思わず頭を抱えこんで突っ伏してしまったローザティアだったが、すぐにがばりと起き上がる。


「……最後に関しては、セヴリールに伝えておかねばな。あー、互いに愚弟を持ったものだ」

「心中、お察しいたします……」

「当事者でないだけ、そなたよりましであろうな。まっこと済まぬ」


 自分が気苦労を抱えているはずのアルセイラに気を使われて、ローザティアは凹んでいるわけにはいかなかった。

 自身の弟と腹心の弟が、どうやらクラテリアに惑わされているということがはっきりしたのだ。今後どういった展開、そして処分がなされるかどうかは彼らの言動にかかっているが、少なくとも第一王女が力を入れて握りしめた拳の落とし所は決定したであろう。


「今目の前に愚弟がおれば、迷わず地面にめり込ませたものを」

「おやめくださいませ。ローザティア様のお手が汚れます」


 ローザティアの愚痴も、アルセイラの気遣いも、どこか微妙にずれているのではないかと理解できたのは今、紅茶のおかわりを注いでいるメイドだけだろう。

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