第25話 古参の責任


「悪かったな、驚かせて。ちなみに俺は、お前がプレイヤーだってことは先日御厨の口から聞いている」


 じゃあ知らないのは俺だけか、と節也はふて腐れた。


「先生も、プレイヤーだったんですか……?」


「ああ。多分、ここにいる面子の中では俺が一番の古参だと思うぞ」


 どうやらプレイヤー歴もそれなりに長い、ベテランらしい。

 

地球リアルの話も色々と絡みそうだから、個室に移動するか。ついて来てくれ」


 そう言って傑は二階に上る階段へ向かった。

 対策本部の二階には、幾つもの会議室があった。傑は慣れた様子でその部屋の扉を開き、節也と祐穂を手招きする。


 扉が閉じると同時に、傑は「ふぅ」と吐息を零して椅子に座った。


「中々、特殊な状況になったな。まさか同じ学校から三人ものプレイヤーが出るとは」


 プレイヤーの数は300人。リタイアしたケースによっては数に多少の変動が生じ、厳密には節也の時点で307人目ではあるが、それでも同じ学校から三人もプレイヤーが出るのはかなり珍しい確率だろう。Wonderful Jokerのプレイヤーは日本人だけではないのだから。


「総元は最近プレイヤーになったばかりなんだろう? 何か苦労してないか? こっちの世界は地球と異なる点も多いし、困ることもあるだろう」


「はい。……ただ、俺は以前からこの世界みたいなオンラインゲームを遊んでいましたので、なんとなく勝手は分かります」


「そうか。それなら簡単に適応できるかもな」


 傑が無精髭を軽く撫でながら言う。

 学校にいる時と同じように、傑は生徒に対して親身になってくれていた。その振る舞いには少し安堵する。この三人でいると日常の感覚を思い出し、リラックスすることができた。


「見た感じ、総元はこの状況も飲み込めているようだし、問題ないかもしれんな。……御厨みたいに、この手のゲームをあまり知らない奴は、異世界に適応するまで時間がかかるんだ」


「ええ。本当に大変でした」


 お淑やかに首を縦に振る祐穂を見て、節也は引き攣った顔をした。

 この女……どうやらここでも猫を被っているらしい。


「私なりにこのゲームを生き残ろうと精一杯頑張ったら、何故か蒼の狂戦士なんて二つ名をつけられますし……とても困っていますよ。うふふ」


 見事に演技をする祐穂に、節也は思わず呟いた。


「きもっ」


「き――っ!? ……な、何か言いましたか、総元君?」


 せめて異世界でくらい猫被りを止めればいいのに。

 視線でそう告げる節也に、祐穂は引き攣った笑みで圧力を掛けてきた。


「さて。そんじゃあ、まずは総元が戦ったという初心者狩りについて聞いておくか」


 傑がメモ帳を取り出して言った。

 初心者狩りと戦った際に気づいた点などを、節也はできるだけ細かく伝える。どこで戦ったか、どんな相手だったか、一通り情報を伝えると傑は首を縦に振った。


「よし、協力感謝するぜ。後で警備担当に伝えてくる」


 真面目な顔でそう告げる傑に、節也はふと疑問を抱いた。


「……あの、どうして冴嶋先生は、この対策本部で働いているんですか?」


「そりゃあまあ、さっきも言ったが、俺は古参だからな」


 メモ帳を閉じながら傑は言った。 


「Wonderful Jokerも初期は平和だったんだ。プレイヤー同士のバトルもフェアな精神で行われていた。ところが最近はアイアン・デザイアのせいで、危険過ぎたり禍根を残したりするようなバトルが横行してな。……そういう変化に気づけるのは、初期の時代を知る俺たち古参組しかいないだろ? だからまあ、面倒ではあるが、責任を負ってこういう組織を立ち上げたんだ」


 古参としての責任感に、突き動かされたらしい。

 後続のプレイヤーたちが快適に活動できるように、このような組織を立ち上げるとは……素直に尊敬できることだった。本職が教師だからか、面倒見が良いのだろう。


「しかし、いきなり初心者狩りをぶっ倒すとは、総元はとんでもないプレイヤーだな」


「ああ、いや、それは俺が凄いというより……」


 苦笑しながら、節也は隣のルゥに視線を注ぐ。

 すると傑は僅かに目を細めた。


「そいつが、総元の天使か」


「はい。ルゥと言います」


 相変わらず眠たそうにしているルゥに代わって、節也はその名を告げる。

 一瞬、祐穂と目を合わせた。ルゥについてどこまで説明していいのか。視線で訊くと、無言で頷かれる。傑は信用してもいいということだろう。


「あまり広めないで欲しいんですが……ルゥは四大貴天の一人です」


「……っ! そうか……そりゃあ、初心者狩りに勝てたのも納得だ」


 傑は目を見開いて驚いたが、すぐに動揺を抑えた。


「あまりその情報を広めないという判断も正しいな。四大貴天のパートナーが、初心者であると知れ渡ったら、あらゆるプレイヤーに狙われるぞ」


「分かっています。俺が異世界に慣れていない今こそ、倒すチャンスですもんね」


「まあな。倒すだけじゃなく、天使を奪おうとする奴も現れるだろう」


「……奪う?」


 どういう意味だろうか。

 首を傾げる節也に、傑は説明した。


「天使はその気になったら、いつでも今の契約を解消して、新しいパートナーを選ぶことができるからな。つまり今のパートナーを潰すなり、説得するなりしたら、相手の天使を奪えるかもしれないってわけだ」


 そう言えば以前、祐穂も言っていた。

 現時点でプレイヤーに選ばれた人間は307名。つまり最低でも7名の人間が天使との契約を解消している――言い換えれば、天使はリタイアしていないのに、人間だけがリタイアするような状況に追い込まれている。


「そういう事態に陥らないためにも、総元は早めに強くなっておくべきだ」


 そう言いながら、傑は地図を取り出した。

 その地図に記されたある箇所を指さして、傑は続ける。


「ここに装甲虫のネストがある。まずはここで経験を積んで、スキルの解放を目指せ」


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