第4話 招待が届いています


 目の前にいる人物は、間違いなく妹を刺した通り魔だった。

 今までずっと探していた相手だ。それがどうして、こんな何の変哲もない日々の中で再会するのか。


「なんで、お前がここに……」


 冷や汗を垂らしながら、後退る。

 通り魔はゆらりと身体を揺らしながら節也に近づき、その懐から刃物を出した。


「――死ね」


 飛び出た刃物が、夕焼けの陽光を反射する。

 節也は間一髪で半身を翻し、その一撃を避けた。


「な、何を……ッ!?」


「ちっ」


 通り魔が舌打ちする。

 今、この男は間違いなく、自分を刺すつもりだった。


 ――殺される!


 瞬間、頭を恐怖が埋め尽くした。


「う、うわああぁあぁぁあぁぁぁ――ッ!?」


 頭を真っ白に染めた節也は、無我夢中で通り魔から逃げる。

 何故、俺が狙われている? あの通り魔は何者なんだ? 分からない、分からない、分からない――。


「くそ……っ!!」


 路地裏に入り、廃ビルの中に避難した辺りで少しずつ冷静な思考が戻ってきた。

 あの通り魔が持っていた武器を思い出す。


 忘れるわけがない。あれこそが、ずっと探し求めていた手掛かりだ。

 あの男は間違いなく一年前にメイを刺した人物だ。


「――ッ!?」


 いつの間にか回り込まれていたのか、廊下の角を曲がると同時に通り魔と遭遇する。

 刃物の先端が鼻先に掠った。節也は慌てて踵を返し、目の前にあった階段を上る。


「すばしっこいな」


 通り魔の冷静な呟きが、節也に一層恐怖を与えた。

 屋上の扉を開き、外に出る。一陣の風に吹かれながら、節也は追ってきた通り魔を睨んだ。


「お前は何者だ……なんで俺を狙う!?」


 通り魔は答えない。


「一年前にメイを刺したのもお前だな……? メイを何処にやった!?」


 その問いに、通り魔は顔を上げた。


「それは、こちらが訊きたいくらいだ」


 どういう意味だ――。

 もう、何もかもが分からない。頭を掻き毟りたい衝動に駆られた。だが目の前から迫り来る恐怖が、それを許さない。


「……終わりだな」


 いつの間にか、節也は屋上の端まで追い詰められていた。

 一年前の真相を知りたい。妹の行方を少しでも聞き出したい。そんな意志が沸々と胸中で燃え上がっていたが、身体が死の恐怖に負けていた。舌が回らない。


「妹と違って、お前はプレイヤー・・・・・ではない。今度こそ確実に仕留められそうだ」


 さっきから、この男は何を言っているんだ。

 その疑問が氷解されるよりも早く、通り魔は節也の胸を強く押した。


「――ぁ」


「じゃあな」


 錆びた柵が折れる音と共に、節也は宙へ放り出された。

 少し遅れてから、自分が突き落とされたことを理解する。足元にはもう地面なんて存在せず、全身を風が包んでいた。


 ――終わった。


 後少しで、自分は死ぬ。

 まだメイを見つけていないのに。何もかもが道半ばなのに。


 メイが消えた理由も、あの通り魔の正体も、突き止めようとしていた謎に何一つ辿り着けずに死んでしまう。


 無念のあまり、視界が涙に潤んだ直後――。



【"空"を司る天使ルゥから、Wonderful Jokerへの招待が届いています】



「なんだよ、これ……?」


 意味が分からない。

 死んでいない? それは助かるが……一体何が起きている?


「時間が、止まっている……?」


 辺りを見回せば、そう表現するしかない光景が広がっていた。

 ビルから落下していた自分の身体は静止しており、周囲の景色も止まっている。空の雲は動いておらず、地面を歩く人々の姿も停止していた。



【招待を受けますか?】


 【YES】  【NO】



 瞳に映る文言が切り替わる。

 同時に、視界の片隅で真っ白な少女が動いた。


「ふわぁ……ギリギリ、セーフ」 


 その少女は眠たそうに欠伸をしていた。

 真っ白な肌。真っ白な髪。真っ白な服。そして――真っ白な羽。

 宙に座っているように見えるその少女は、この世界で唯一、静止していない存在だった。


「お、お前が、これ・・をしているのか?」


「ん。……お空は、私のテリトリーだから」


 何を言っているのか全く分からない。


「招待……受けて」


 少女がのんびりとした口調で言う。


「招待って、言われても……」


「受けなきゃ……死ぬけど」


 少女が眼下に広がる光景を一瞥した。

 再び時が動き出せば、節也は頭から地面に落下するだろう。この現象を目の前の少女が引き起こしているのだとすれば、少女は節也の命を握っていることになる。


「……貴方には、まだ、やるべきことがある筈」


 困惑のあまり沈黙する節也に、少女は言った。


 ――そうだ。


 少女の言葉に、節也は使命を思い出す。

 確かに、節也にはやらなくてはならないことがあった。


 ――俺は、妹を探さなくちゃいけない。


 一年前。行方不明になった家族のことを想起する。

 たった一人の家族だった。彼女が消えた謎を、節也はどうしても追わねばならなかった。


 眼前に浮かぶ文言を改めて見る。

 招待を受けるか否か。節也は覚悟を決めて、答えた。


「――【YES】」


 瞬間、ぶわりと視界が広がる。

 正面にあったビルの側面や、直上にある空、直下にある地面、全てが新しい何かに生まれ変わる。まるで自分を中心に、世界が再構築されていくような不思議な光景だった。


【ようこそ! Wonderful Jokerへ!】


【あなたは307人目のプレイヤーです!】


 瞳に新しい文字が浮かぶ。


「ふわぁ……これから、よろしく」


 世界が再構築される中、少女だけは依然としてその姿を保っていた。

 少女が眠たそうに瞼を擦る。その間にも、節也の瞳には新しい文言が記されていた。 


【Wonderful Jokerは、人間と天使がタッグを組んで戦う、異世界バトルロイヤル・ゲームです!】


【これから貴方を異世界へ転移します!】


【優勝者は、どんな願いでも叶えられます!】





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


プロローグ終了

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