第2話 前日譚:徹夜でゲーム


「……違う」


 慣れ親しんだオンラインゲームを起動した節也は、前日のうちに大量に回収していたアイテムを、ひとつひとつ丁寧にチェックしていた。


「違う、違う、違う……」


 アイテムウィンドウで武器の項目を選択した節也は、低級――簡単に手に入る上、安価で売買されているアイテムから順に、目を凝らしてその見た目や性能を確認する。暫くすると、次は滅多に手に入れられないレアアイテムのチェックに移るが、やはり目当てのものは何処にもない。


「……駄目だ。全部、違うアイテムだ」


 深い溜息を吐いて、節也は椅子に背中を預けた。

 その時。モニターの両脇に設置しているスピーカーからピコン! と効果音が響き、画面の右下にメッセージウィンドウが開く。



ユーホMk2:セツヤ、ちょっといい?



 メッセージを送ってきた相手は、節也がこのゲームで唯一フレンド登録している人物だった。



ユーホMk2:これから《眠れる森》のボスを倒しに行くから、手伝ってちょうだい。


セツヤ:パス。今、忙しい。



 キーボードをカタカタと叩き、簡単に返事をする。



ユーホMk2:また例の武器探し?


セツヤ:またって言うなよ。俺がゲームしている理由はそれだけだ。


ユーホMk2:偶には息抜きも必要よ。というわけで22時までに集合ね。ちゃんとポーションとか揃えといて。


セツヤ:勝手に決めるな。



 と返事をしつつも、節也は言われた通りの準備を始めることにした。

 実際に息抜きは必要だし、何より彼女には日頃から世話になっている。節也は溜息を零しながら、作業・・を中断して集合場所へ向かった。



ユーホMk2:遅いわよ。


セツヤ:はいはい悪かった。



 適当に返事をすると、相方のアバターが苛立ちを表わす顔に変化した。

 明日、学校で直接怒られるかもなぁ……と、嫌な未来を想像する。



ユーホMk2:じゃあ、百連戦するわよ。


セツヤ:は? 百?


ユーホMk2:このボス百回倒したら、永続でSTRが2%増加する称号を貰えるのよ。ランカーになるには必須の要素ね。


セツヤ:いや、別に俺はランカーなんて目指してないんだけど……。


ユーホMk2:私が目指してるんだから、アンタも目指すのは当然でしょ。



 何それどういう理屈?

 かれこれ一年以上、一緒にオンラインゲームで遊んでいるせいか、妙な連帯感が生まれているらしい。……節也にはそんな気持ち全くないが。


 こんな傍若無人な性格をしている人間が、学校では高嶺の花・・・・なんて呼ばれていることが、どうしても信じられない。


 六時間後――。



ユーホMk2:よっしゃあ! ラスト一回ね!


セツヤ:眠い。


ユーホMk2:頑張りなさい。もう少しだから。


セツヤ:眠い。



 時刻は午前四時。

 とっくにいつもの就寝時間を超えている節也は、さっきから同じ返事しかできずにいた。操作ミスも増えていたが、相方の洗練されたプレイがそのカバーをしているためボスは難なく倒せている。



ユーホMk2:ねえ、ちょっと訊きたいんだけどさ。



 最後のボス戦が始まるまでの待ち時間。

 ふと、相方が短いメッセージを送ってきた。

 声なんて聞こえない、無機質なテキストだけのやり取りだが、何故か深刻な雰囲気を感じ取る。



ユーホMk2:アンタ、異世界って信じる?



 受信したメッセージは、奇妙なものだった。

 どうやら向こうも深夜テンションらしい。そう結論づけた節也は、溜息混じりに返事を送る。



セツヤ:寝言は寝て言え。



 相方のアバターが、怒りの表情を浮かべた。




 ◆




 翌朝。

 案の定、睡眠不足になった節也は、重たい身体に鞭打って家を出た。


「……行ってきます」


 誰もいなくなった家に向かって、小さな声で告げる。

 現在、この家に住んでいるのは節也だけだった。本当はもう一人いたが、彼女は今、何処にいるのか分からない。


 最寄り駅から電車に乗り、三つ目の駅で下りる。

 一年近く歩き続けた通学路を進み、目的の高校へ辿り着いた。


「よお、総元ふさもと


 靴を履き替えて校舎に入ると、早速クラスメイトの男子に絡まれた。


「なんだお前、眠そうだな」


「ああ。……ちょっと、徹夜でゲームしてて」


「分かる。日曜の夜って、マズいと思っても徹夜しちゃうことがあるよな」


 本当は徹夜する気なんてサラサラなかったが、反論するのも疲れるので何も返さなかった。

 そのまま教室に向かい、自分の席につく。


「お、我等がマドンナの登場だ」


 教室のドアから入ってきた女子生徒を見て、クラスメイトが呟く。

 御厨祐穂みくりやゆうほ。艶やかな黒髪を太腿まで伸ばした、美しい少女だった。高校二年生ということもあり、まだあどけない顔立ちではあるが、将来は絶世の美女と呼ばれること間違いなしの整った目鼻立ちである。実際、雑誌モデルに何度も勧誘を受けているらしい。


 加えて家が金持ちらしく、その所作もどこか庶民離れした育ちのよさを醸し出している。節也が通う高校において、少女は「高嶺の花」や「お嬢様」といった立場に置かれていた。


「相変わらずお美しい。……けど、なんか眠たそうだな」


「……そうだな」


 祐穂は口元を掌で隠し、軽く欠伸をしていた。

 その時、一人の女子生徒が眠たそうにする祐穂に声を掛ける。


「御厨さん。今日は眠そうだね?」


「ええ。ちょっと昨晩は、勉強に熱を入れすぎてしまって」


 粛々と告げるその様子は、深窓の令嬢を彷彿とさせる気品があった。

 クラスメイトたちが彼女の一挙手一投足に見惚れる。


(何が勉強だ、猫被りめ……)


 ただ一人、節也だけはそれを白々しい目で見ていた。


「おーい、お前ら。そろそろ席につけ。授業が始まるぞ」


 一限目。国語の担当教師である冴嶋傑さえじますぐるが教壇で言う。

 生徒たちは怠そうに自分の席につき、机の上に教科書とノートを置いた。


(……眠い)


 授業が全く頭に入らないので、潔く仮眠を取ることにした。

 教師にバレないよう、こっそりと顔を伏せる。


 その時、ふと目の前から不思議な気配を感じた。

 重たい瞼を開いて見れば――真っ白な髪の少女が、じっとこちらを見つめている。


「うぉわっ!?」


 思わず声を上げて、節也は立ち上がった。

 教室中から視線を浴びる。


「どうした? 総元?」


 教師の傑が目を丸くして、節也の方を見た。

 節也は困惑しながら周囲を見回す。しかし、あの真っ白な髪の少女はどこにもいない。


「……すみません。なんでもないです」


「なんでもないのに、あんな叫び声を上げたのか」


 クラスメイトたちが一斉に笑う。

 節也は居たたまれない気持ちで席についた。


(寝ぼけて幻覚でも見たのか……?)


 今日は帰ったらすぐに寝ようと節也は誓った。

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