第6話  

「痛っ」


 右側に口内炎があることをすっかり忘れていた僕は、誤ってメロンソーダをゴクリと飲んでしまった。

 メロンソーダの人工的な甘味が口の中に広がると同時に、口内炎で腫れていた部分がジンジンと痛み始めた。


 口内炎の痛みよりも、この空気のほうがよっぽどピリピリしているが…


 高校から徒歩5~6分の所にあるファミレスに僕と真実まみさん、そして向かい側にいる鬼灯花芽ほおずき はなめは寄り道をしていた。


 といってもドリンクバーでいろんなジュースを混ぜ合わせるわけでも、税込593円のピザをどうやって割り勘しようなどは考えていない。



 これは真実さんによってもよおされた、真実さんの、真実さんによる、真実さんのための”尋問”なのだ。


「鬼灯さん、私たちに何か隠していることはあるかしら?」


 

 目視  


 核心めいた質問に彼女の目つきは、まさに”鬼に金棒”だ。




「申し訳ないのだけれど、私から言えることは何もないの」


 対して鬼灯は顔色を一切変えず、優しそうに言い返した。

 校門前で見せたあの表情は、一切見当たらなかった。


 これだと鬼灯が女神で、真実さんが悪徳記者にしか見えない。


 互いに目を合わせ、数秒けん制をした後、真実さんは質問の切り口を変えた。


「じゃあ今から一年前の稲垣先生のことについて、教えてくれないかしら?」


 稲垣先生は確か女バスの元顧問だ。去年の6月ごろ、体罰をしたとかで、免職になったらしい。マスメディアにも報道され、校内でもいろんな噂が飛び交った。


『稲垣先生、女子バスの女子と私的に会ってたらしいぜ』


『俺聞いた話だと、体育館裏によく呼び出してたとか』


『合宿とかで、お気に入りの生徒を自分の部屋に呼び出してヤッてたらしいぜ』


 こんなうわさが飛び交うのも仕方がない。

 体罰をしたという事実は消えない、”死人に口なし”だ。

 

 正直あの頃は、僕も入学したてで、校内の周辺事情にも乏しかったので、「あぁ、そんなこともあったな」程度にしか覚えてはいなかった。



「さっきも言った通り、ある女生徒に体罰を行い、懲戒免職になりました。それ以上もそれ以下もないわ」


「して、被害にあった本人は?」


「プライバシーの関係上、それはあなたたちにも公表はできないの。それよりも、2人は何かわかったの?」


 うまい具合に話の論点を切り替えてきた。鬼灯のやつ、可愛い顔してかなりのやり手だ。


「何もつかめないから、こうやってお話を聴く機会を設けたのよ」


 真実さんも、乙木莉おとぎり先生の件は伏せた。

 確証のない証拠は無闇矢鱈むやみやたらに公表するものではないからだろう…


「ふーんそうなんだ」


 そう言った鬼灯は、どこかつまらなそうな表情をした。


「そういえば、女バスの部長って黄乃瀬きのせさんだったはずよね?上級生の3年生はいないの?」


「そうなんだよ。3年生はみんな辞めちゃった」


「なんでかしら?」


「私たちも詳しくは知らないわ。でも、先輩たち怖かったし、結果オーライかもね」

 


「例えばの話、『稲垣先生が懲戒免職になり、代役の乙木莉先生に不満があったから辞めた』とかはありうるのかしら?」


「詳細は私にも分からないよ。本当に悪いんだけど、明日試合で早いから、もうそろそろおいとましていいかな?」


 鬼灯は嫌そうな表情を一切見せず、微笑みながら言った。

 普通ここまでしつこく聞かれたら、誰でも嫌な気になると思うが。


「分かったわ。しつこく質問をして、ごめんなさい。ジュースのお代は私が払うわ」


「そんなの申し訳ないよ。私払うから、失礼するね」


 そう言うと、鬼灯はドリンク代180円を置いて、ファミレスを後にした。


 空腹に耐えれなかった僕は、マルゲリータピザを頼んだのだが、まだ届いていない。


 マルゲリータを食べずに帰ってしまうのは店員さんに対し、良い迷惑だ。

 むしろ食べなければ、空腹に耐えられず、帰宅するのは困難だろう。


 仕方なく僕と真実さんはその場に留まり、彼女を見送った。



「女バスの3年生が辞めた件について、気になるわね」


 ホットカフェラテを一口すすり、真実さんは僕に問いかけた。


「それ、僕も気になってたよ。真実さんの予想通りかもね」


「…どうしたものかしら」


 唇を甘噛みし、彼女は親指を顎に当てた。

 どうやら、彼女が考える時の姿勢はこれのようだ。



「明日の試合、観に行くのは?」


「なぜかしら?」


 そんなものに理由はない。とにかく女子バスケ部についてもっと知る必要があると感じた。

 解決への糸口が欲しかった。



「いや、何となくだけど…。でも何かのきっかけにはなりそうじゃないかな?」


「論述になってないわよ。でも確かに何か掴めるかもしれないわね」


 真実さんの表情が少し晴れたように見えた。


 が、やはり今日一日フル稼働だったからか、疲れの色が顔に出ている。小さくあくびもした。


「お待たせしました。マルゲリータでございます」


 トマトソースの上にたっぷりと乗ったチーズ。そしてほんのりバジルの香りが漂った。

 

 僕は、大人びた風貌の女性店員さんに笑顔で会釈をして、マルゲリータをカットし始めた。


「真実さんも食べる?」


「いいわ、593円は2人では割り勘できないから」


 同時に彼女の腹の虫が鳴った。

 彼女の白い頬が急速に赤くなる。


 強がる小学生男子のようだった。クールな表情が再び崩れる。

 こういうところが彼女の魅力だと、僕は心中思っている。(もちろん口にはしないが)



「大丈夫、奢るよ」



「…頂くわ。ありがとう」





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