それから僕たちは、夜中よなか、たまに電話をするなかになった。電話しの彼女は、教室で話すよりも、少しだけ無邪気むじゃきだった。電話しだってのに、彼女との距離がずっと近い気がする。

 だけど、彼女から電話をかけてくることはなかったし、掛けた電話に出てくれるのも、本当にたまにだった。だから、たまにのなかというわけ。

 僕はけっこう頻繁ひんぱんにかけているんだけど。かといって彼女は、それで迷惑めいわくそうというわけでもなくて、電話に出ると嬉しそうにしてくれるから、分からない。


 ある夜、電話の向こうで、なにかのはじけるような異音いおんが聞えた。

 聞くと、梱包こんぽうに使われる気泡きほう緩衝材かんしょうざいつぶしているらしい。さらに聞くと、百均ひゃっきんショップで買いこむほど、このんでいるらしい。確かに、あの粒々つぶつぶつぶすときの小気味こきみよさは、くせになる。買ってまでやろうとはさすがに思わないけど。


 よほどきらしい、彼女は電話の先で笑っていた。彼女の笑うのなんて、僕は一度も見たことがない。いったい彼女はどんな顔で笑うのだろう。まったく想像そうぞうおよばない。

 ただ頭に浮かぶのは、ほかの誰かのみを口許くちもとりつかせた、彼女。目はわずかも笑っていない。向けられるまなざしに感じるのは、めたような好奇心こうきしん。まるでつぎはぎみたいな妄想もうそうの彼女は、気泡きほうのはじける音にはじけて消えた。




 ある日、僕たちは炎天えんてんのなか、街頭がいとうに立っていた。それぞれグループに分かれ、肩にたすきをかけながら。といって選挙活動せんきょかつどうをしているわけじゃない。


 前年に、遠方えんぽうの地域で大きな地震じしんがあり、その復興ふっこうのために、学校の人間総出そうで募金活動ぼきんかつどうをしているというわけだ。あきらかに呼びかけ人が過剰かじょうだ。こんなさびれた町なのだから。

 日中にっちゅうで、それも駅前だというのに、人通りはあまりない。遠方えんぽうの地域の方がよっぽど発展はってんしていると思う。ほかの地域に手をべる前に、自分たちの街をどうにかする方が先なんじゃないか、そう思った。

 けれど、こまっている人の助けになりたいって人が少なからずいて、僕はなんというか、自分の心のさもしさが恥ずかしくなった。


 僕は星川さんと2人でんでいた。ほかの生徒たちは4~5人のグループを作っていた。星川さんはれいによって、あぶれてひとりでいたから、僕が声をかけたというわけだ。

 星川さんと話すようになって、当初とうしょは男子連中れんちゅうにずいぶんやかされたが、最近じゃ誰もなにも言わなくなった。わりに向けられるのは、あきれたような苦笑にがわらい。物好ものずきなやつ、とでも思われているんだろう。


 募金ぼきんしてくれたのが小さい子だった場合、そのお返しに風船ふうせんをあげていた。子供なんていくらも通らないのだから、道行みちゆく子供全員にあげてしまえばいいのに。なんてことを考えていると、横から奇妙きみょうな音が聞えた。かわいた破裂音はれつおんに、かわいた笑い。そしてすぐさまあとうように、せきを切ったかのような子供の泣き声。

 見ると、風船ふうせんのひもを片手にぶらさげた子供が、星川さんの前で泣いていた。

 僕はあわてて子供のそばにより、腰をおとして声をかけた。


「ど、どうしたの? 大丈夫? ああ……風船ふうせんれちゃったんだね」


「ちがう! ちがう! ちがう!」


「……じゃあ、どうしたの? ころんじゃった?」


「おねえちゃんが、ふうせんったのお!」


「ええ? そんなわけないよ。ねぇ……」


 僕は星川さんに顔を向けた。すると彼女は、ただ、めた目で、子供をじっと見下ろしていた。

 その顔に見覚みおぼえがあった。なんだろうと思って考えて、すぐに思いあたる。


 テントウムシだ。テントウムシを見つめる目だ。星川さんに初めて声をかけたときの光景が、頭に浮かぶ。骨の浮いたまっしろな肌のうえ、血にぬれたようなに、黒のぶつぶつをいくつも浮かべたテントウムシ。今にも破裂はれつしそうな、まるまるとったおおきな体。星川さんの顔に浮かぶのは、今とまったく同じ顔。でも今ならなんとなく分かる、この顔は、笑いだしそうな顔だって。感じるのは、電話しに聞いた、あの気持ちよさそうな笑いの気配けはい

 けるアスファルトに落ちた子供の涙は、音もなくつぶれ、見た目の体積たいせきよりも、ずっと大きく広がったように思えた。

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