第16話 たねもの屋は突然に核心をつく

 果たして間違いなく客はミヤコであった。救われた、トオルはそう思いながらミヤコを部屋に通したが、ミヤコもまた、シイコの姿を見た瞬間、固まった。間があって、ミヤコは「んー」と言いながらトオルに拍手をしてみせた。

「イリュージョンがご趣味でしたかあ」

「違う! 朝起きたらこんなんなってたんだよ!」

「ねえ何これ? 育った、ってこと? いままでにこういうことってあったの?」

 ミヤコに迫るふたりに、ミヤコ自身も困惑している様子だった。

「……何度も言いますけど、ハッピーシードから、ひとのかたちをしたものが咲いたことはないんですよ。ラーメンのお鉢はそれ以上カスタマイズのしようがないでしょ」

 トオルは「なんでいつもたとえがお鉢なんだよ」とぼやいた。

 ノゾミは「それで、どうなんのこれ」と、形のいい眉毛を吊り上げて迫った。

「だーかーらー、成長とか、聞いたことないですし。もしかしてこのまま、大人になっちゃうんじゃないですかこの子」

「大人に!?」

「え……じゃあそこまで育てろってことなの?」

 ふたりの真剣な顔に、ミヤコはいつものへらへら顔で答えた。

「わかんないです」

「わかんないってなんだよ!」

「言ったでしょ、あなたが幸せだって思ったとき、この子は種に戻りますよ。最終地点がどこかは私にだってわかるもんですか」

 相変わらずミヤコもシイコになつかれている。ミヤコはシイコの頭をわしわしとなでると、にこにこと笑いかけながらトオルに言った。

「いっそこの子、嫁にやるまで育ててみたらどうです? ちょっとしたお父さん気分でしょすでに。いやあもう学会にでも報告したいとこですねコレ」

「あんのそんな学会」

 ノゾミはなぜか、聞いてみた。その言葉には幾分かの期待があるようでもあった。

「ないですけど」

「たねもの屋!」

 怒りというよりはすでにツッコミの域に達しているノゾミの感情を、落ち着かせるつもりがあるのかどうなのか、ミヤコは言った。

「人生にはちょっとの余裕が大切ですよ。幸野さんの上司さん、ですっけ。……ずいぶんと優しいお顔になったじゃないですかあなた。ねぇ」

 ほんのすこしだけ挑発的な感情を、ノゾミはそこに感じた。

「……なにが言いたいの?」

「幸せは、なにもひとりのもんじゃない……ってこと、ですかねえ」

「え…………?」

 ノゾミは聞き返したが、ミヤコはそれ以上を語らなかった。

 だがなぜか、ノゾミもそれ以上をミヤコには聞かなかった。

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