第13話 出会っちゃいけない二人は突然に転がる

 そのときだった。インターホンがたいそうにぎやかに――無論これはトオルの体感である――鳴った。

「ん? お客さんかしら?」

 ノゾミが自主的に玄関へ向かう。

 しかしトオルにはわかっていた。このインターホンの主は、間違いなく――

「いや……、たぶん……、」

「わああああああ」

 聞いたことのないようなノゾミの声がした。完全に冷静さを欠いた声だった。

「主任!」

「はいどーもー! 種田たねもの屋ですぅ!」

 ミヤコががしがしがしがしと強引に突入してくる。ノゾミは完全に気圧される形で、トオルの元に戻ってきた。

「誰あんた!」

「見てのとおりのたねもの屋ですが」

「見てわかんないから聞いたのよ! なんなの!」

 あ、やっぱり見てもわかんないよな、トオルはぼやけた考えを浮かべた。この数日ミヤコの襲来にすっかり慣れきってしまって、むしろ今日はおとなしいほうだとすら思う自分が、なんというか面白かった。

「幸野さんからお聞きになってないんですか。ハッピーシードのアフターフォローですよ?」

「……です。シイコの様子、一日一回見に来てるんですこのひと」

 ノゾミは上から下までミヤコを見ると、完全に敵意むき出しの状態で言い放った。それこそトオルがびくっと、すこし震えるくらいには。

「ハァ――。あんたなの。うちの会社に種納品して幸野にタネコ育てさせてんのは!」

「えー。ご注文されたのは幸野さんですよ?」

「あの、タネコじゃなくてシイコです、主任」

「うっさい黙って! たねもの屋、あんたね、うちの部下になにしてくれてんのよ!」

「言われても。【望んだ】のは、このかたですが」

 とにかく噛みつくノゾミに、ミヤコは驚くほど冷静だった。いっそ総務部に来て仕事してほしいと、のちにトオルが述懐するほどだった。

 ただ、「望んだのはトオルだ」との言葉に、ノゾミも、そしてトオル自身も、それまでの思考が止まった。

「――え?」

「――は?」

 ミヤコはシイコをよしよしとあやしながら、ふたりに説明した。

「ハッピーシードは、本当に幸せになりたくてたまらない、自分の気持ちをかなえたいひとのもとに届くといいます。幸野さん、あなた自分でも知らないうちに、引き寄せたんですよ。この種を。じゃなきゃあたしが納品した種の中からあなたのもとにきたりはしないでしょ?」

「そりゃあ、まあ……」

 シイコが誕生するまでのことを思い出しながら、トオルはぼんやりとつぶやいた。引き寄せた、という言葉に、すこしの運命を感じながら。

「……順調に育ってますねえ。なんか幸せなことありました?」

 ミヤコはまるで子どもの定期健康診断における保健師のようなことを言った。

「いや、特にないな……。一緒に遊んで疲れて眠るだけだよここんとこ」

「…………花は、幸せそうですか?」

「そうなんじゃない? この子よく笑うわよ、いつも楽しそう」

 なんだかんだでノゾミも毎日トオルのもとに来ているから、シイコの様子は目にすることになる。思い返しながら、口をはさんだ。

「そろそろ俺が幸せになってもいいと思うんだけどな。宝クジ当たるとかいい部屋住めるとか、そんくらいないもんかな」

 期待をこめてそう言ってみたトオルの言葉を、ミヤコは即座に否定した。

「……ない、でしょうね」

「はい!?」

「この子――花が喜んでいるのに、あなたが幸せと思わない。ということは、それがあなたの本当の幸せではない、そうではないでしょうか」

 トオルは戸惑った。大金を手にするでもなく、豪邸に住むでもない、幸せ……?

「本当の……」

「ハッピーシードは、育て主の気持ちに忠実なんですってよ。あなた、自分の幸せが、お金とかそういうことだとは思ってないんですよ。――たぶんね」

「いや、でも、それってどういう……」

「――それとね。あなたが本当に、幸せだ、満たされた、と感じたら――ハッピーシードはね、種に戻るんですよ」

 ふたりは唖然とした。ノゾミが先に、言葉をつなぐ。

「戻る……? 種に……?」

「枯れる、ってことか?」

「いや、枯れるってのとも違いますけどね。いま、そうなってない、っていうのも、あなたが幸せになっていない、いい証拠ですよ。そいじゃまた来ます、じゃっ!」

「ちょっ!」

 ミヤコは言うだけ言うと、そそくさと出て行った。

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