第15話 人喰い

 私の命を救うてくださいました住持が亡くなって、新しい住持がお見えになってから、私を憎悪しておりました納所が寺の金を着服しておりましたことがわかりまして、それが寺を追い出されましたのは、慌ただしい年の瀬でした。

 年が明けて代わりにやってまいりました納所は、人当たりもよく、私にも細かい気遣いをしてくれました。

 その納所が、三年ほど勤めて私の寝所に忍び入ってまいりましたのは、余寒の候、深夜のことでございます。納所は、息を詰めてしばらく私の寝息をうかがっていたようでしたが、熱い息を一つ、太く吐き出したとたんに出ていきました。

 翌晩、私がかの納所が訪れるのを寝所の闇の中で待っておりましたら、

「ああ、耳なし様を前にいたしましては、誰も己を語らずにはいられない、とは、誠にございます」

 そう言って頭を下げると、次のような話を語りました。


  愚僧が三宝に帰依いたしましたのは、我が身の因果より逃れたいがためにございました。

 と申しますのは、十歳を過ぎたころから、生き物の肉を食さずにはいられない己に気がつきまして、春先のある晩に、野良犬を食しましたら、もうそれが癖になってしまいました。

 これではいけないと思いまして、熊や鹿を撃つ猟師を訪ねて師と仰ぎ、一度は猟師を生業にはいたしました。なれど、犬猫はもちろん、熊や鹿では飽き足りなくなりまして、とうとう教えを請うておりました猟師を手にかけて、愚僧はその血を啜り、肉を貪り食うてしまいました。

 仏道に入りましてからも収まることはなく、たとえば深更にいたって密かに墓を暴き新仏を喰らって己を誤摩化しておりましたけれど、それでもどうしようもなくなったときには、なるべく身より頼りのない無宿の者などを見つけては喰ろうておりました。

 もう十年以上、こうしたことが誰にも知られなかったのは、ただただ運がよかっただけだと承知しております。こんなことを繰り返していては、いずれ捕らえられて死罪となるに決まっておりますけれど、それを潔く受け入れるだけの肚も定まってはおりません。

 かつて亡霊に取り憑かれながら、その手を逃れたばかりか、数多の妖異が訪れるという耳なし様の御寺に縁あってまいることができましたのは、まさに御仏のお導きなりと喜んでおりました。しかし、耳なし様のお傍におりましたら、この身が耳なし様を欲してどうしようもありません。

 どうか、我が身の因果を憐れんで、耳なし様のその白く細い首の肉と血を、お与えください。


 その言葉が終らぬうちに納所は、私ににじり寄ってこの襟をつかむと、刃物を私の首筋に当てました。

 この納所の因果を決して憐れんだわけではありませんが、私はただこの身を御仏に任せようと身じろぎもせずにおりましたら、首に触れておりました刃物が床に落ちる音が聞こえてすぐに、納所の、激しく床に打ちつけられる音と衝撃が伝わってまいりまして、傍らにあの武者が立っていることを私は感得しました。

 私の手を引いて琵琶を弾じさせ、この両耳を千切り取っていった亡霊です。

 私は、見えぬ目で武者を見上げましたけれど、亡霊の気配はすぐに消えていきました。

 暁光が差して気づいた納所は、住持に挨拶することもなくいずこかへ姿を消してしまいました。

 さて、今宵は何を弾じましょうか……

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