第9話 祟り

 行き場のないきぬでも、寺に留め置くことはできませんから、私が心当たりを回って、住む者がなくなった小作人の小さな家にきぬを住まわせることにしました。

 その帰りに、境内で遊んでおりました子どもらが私の手を引いてくれましたから、それほど遅い時刻ではなかったはずですが、

「いちさん、いちさん」

 と呼ぶ子どもらの中に、聞き覚えのない声があって、私はすぐにこの子が今宵の客になるのだろうと察しました。

 その子どもが、次のような話を語りました。


 私の父は、世に聞こえた剛勇無双の武芸者で、まだ独り身であったときには、諸国を修行して廻っていたそうです。

 そのおり、長く領民を苦しめていた妖怪を退治した縁で、父はその地の領主に請われて仕えることになり、しかるべき家から妻を迎えて私が生まれました。

 ただ、父に退治された妖怪が、今際の際に、

「孫子の代まで祟るべし」

 と言ったそうで、それを気にする方もおられたようですが、父は、

「息絶えた妖怪風情が、どうして後の世に祟れよう」

 と一笑に付しておりました。

 ところが、私が生まれてから、母の枕が上がらなくなりました。産後の肥立ちが悪いのであろうと、最初は誰もそう思っておりましたところ、昼間はうつらうつらと寝ておりました母が、深更にいたって家の中を歩き回るようになりました。

 最初にそれに気づいた下女が、厠にでも立つのだろう察して、手をかしましょう、と声をかけたところ、母は白濁した双眼をかっと開いて下女の首を絞めにかかりました。その物音に気づいた父が駆けつけて一喝しましたら、母は何やら青い煙のようなものを吐き出して庭に飛び降りると、ひとっ飛びに塀を越えて姿をくらましました。

 父は、母が吐いたのが瘴気と看破してそれを吸うことはありませんでしたが、気づかずに吸ってしまった下女は、かわいそうに夜が明ける前に血を吐いて死んでしまいました。

 もちろん、母の姿も消えておりしたけれど、夜になると母はどこからか現れて家の中を歩き回っております。

 家人は懼れて皆暇乞いをして、数日のうちにいなくなりました。家には父が残り、生まれたばかりの私も、しばらくは隣家に預けられることになりました。けれども、私を抱いて誰かが家の門を出ようといたしますと、必ず雷が落ちて行く手を阻みます。

 仕方なく私は父とともに家に残されました。

 こうなっては、父は母に取り憑いた妖異を退ける他はなく、その夜、現れた母を、妖怪を討ち果たした太刀で父は斬り捨てました。

 ところが、夥しい血とともに母の口から吐き出された瘴気が私を包みましたから、私の息も絶えてしまうところでした。その私を蘇生してくれたのが父でしたが、それも妖異の謀だったのでしょう。私は五歳までなんとか命を繋ぐことができましたけれど、母と同じように取り憑かれて夜中に家中を徘徊しては瘴気を吐くようになり、やはり父の手にかかって果てることとなりました。

 取り憑いた妖異は、父を苦しめることができればそれでよかったのでしょうが、どうして母や私がその祟りを受けねばならなかったのでしょうか。


 私には答える術がありませんでしたから、聞き終わってもしばらく黙っておりましたら、

「やっぱり、親の因果はどうにもならないんだ」

 吐き捨てるように言って子どもがついたため息が瘴気だったようで、私はそのまま気を失ってしまいました。

 周囲が死んだと決めたところを一昼夜、きぬが傍らにいてくれたおかげで、私は息を吹き返すことができました。

 それからも、数日は、他の子らとその子どもは境内で遊んでいたようでした……

 

 さて、今宵は何を弾じましょうか。

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