二の宝~神の巻

学院側には道場に不審者が侵入し、そのまま逃走したと伝えた。

警察への連絡もされたが、当面道場の使用は禁止となった。

折られた竹刀しないの件も話したが、今の所その不審者の仕業という事になっている。

人間離れした異形の出現や、八握剣やつかのつるぎついては話していない。

言っても信じないだろうし、今はこれ以上伊邪那美いざなみほのかを刺激したくはなかった。

何をしてくるか、分からないからだ。


伊織にも事情を説明し、協力を依頼した。

目を丸くしていたが、意外にも素直に応じてくれた。

命の恩人である時空を、信頼しているのだろう。

伊織を家まで送る役目は、時空が引き受けた。

尊にも送ると言ったが、私は大丈夫だからと断られた。


「少し調べたい事があるから、図書館に寄ってくわ。人の多い場所を選ぶから、心配しないで」

襲われたばかりだというのに、気丈な奴だ……

尊の頑固さは、折り紙付きだ。

何を言っても無駄なので、時空は渋々承諾する。

こうして三人は、それぞれの帰途についたのだった。



途中、尊は電気店に立ち寄った。

手持ちのUSBの容量が心許こころもとないので、購入しようと思ったからだ。

通学路から少し外れた脇道に、行きつけの店がある。

こじんまりしたところだが、品数は豊富だ。

すでに廃番となったものでも、ここなら手に入る。


中に入り、パソコン関連機器の陳列棚に向かう。

所狭しと並ぶメモリーグッズの中に、見慣れぬUSBを見つけた。

黄金色がやたら眩しい、ノックダウン式のものだ。

特徴的な形状が目を引く。

通常は細長い長方形だが、それはをしていた。

側面にはローマ字で、『X』とプリントされている。

おまけに、値札も貼付されていない。


宣伝用の見本かしら?


手に取って暫く眺めていたが、ふとある考えがひらめく。


そう言えば、この形……どこかで……?


確かに、それには見覚えがあった。


必死に思い出そうとする尊。

やがてハッとしたように顔を上げた。

急いで手帳を取り出し、挟まっていた写真をつまみ出す。

そのまま、それとUSBを何度も見比べた。


「あっ!」


小さな叫び声が、喉から洩れる。

手が震え、額に汗が浮き出てきた。

写真には、【十種神宝とくさのかんだから】の神宝図が写っている。

その中の一つに、尊の目は釘付けになった。


台形状の黄色い布に、中央で交差した黒い斜線──

その斜線は

形、色、模様……

その全てが、今手にしているUSBと酷似していた。

尊は、その神器の名を確認した。


品々物之比礼くさぐさのもののひれ


「ものの……ひれ?」


無意識に口の中で反復する。 


これは……この図にそっくり……

まさか……まさか……神器!?

でも、なぜこんな所に?

尊の中で、驚きと疑念が渦巻いた。


「ちょっと……どうかしてるわね」


尊は頭を振り、その場で大きく深呼吸した。

どうも八握剣の一件で、神経過敏になっているようだ。

そもそも、

尊は苦笑いを浮かべ、それを陳列棚に戻そうとした。


が……


出来なかった……


何故かは分からないが、それを手放す事にひどく抵抗があった。


きっと後悔する……


何度振り払っても、その思いが脳裏をぎる。

まるで吸い着いたように、手から離れない。

陳列棚に伸ばした腕が、硬直して動かなかった。


「……仕方ない。これにするか」


諦めたように呟く尊。


いずれにしても、USBは必要だ。

機能さえ問題無ければ、形状など何でもよい。

尊は店主の元まで行くと、その商品を差し出した。


「おや、タケルちゃん。いらっしゃい」

顔見知りの老女が、微笑みながら声をかける。

中学時代より通い慣れた尊は、ここの常連だった。

「おばさん、このUSBってどこのメーカーなの?」

笑みを返しながら、尋ねる尊。

「ええ、どれ?」

店主は、それを手に取り暫し眺めた。

「……ああ、これね。これは売り物じゃないよ」

ほどなく、老女は相槌を打った。

「前に倉庫を整理してたら、ひょっこり出て来たの。仕入れた記憶は無いんだけど……でも、形が珍しいから宣伝用に飾っといたのよ。とても綺麗でしょ」

店主の無邪気な笑いが店内に響く。

それを聴きながら、尊は困惑した。


!?


その一言が、頭の中で木霊する。

何か理由がある訳でも、何かを思い出した訳でもない。

取りとめのない、よくある話だ。

恐らく、老女が忘れているのだろう。


だが……


どうにも引っかかった。


神宝図とデザインが酷似しているせいもある。

一連の出来事のせいで、何でも無い事まで神器と結び付けてしまっているのだ。


意識し過ぎるなっ、タケル!


冷静さを保たんと、尊は懸命に己を叱咤しったした。


単なる偶然よ。


「気に入ったのならあげるよ」

「えっ?」

予想だにしない店主の言葉に、尊は思わず声を上げた。

「どうせ売り物じゃないし。良かったらアクセサリーにでもしておくれ」

老女は微笑みながら、それを尊の手に戻した。



その後の事は、あまり覚えていない。

何か礼の言葉を述べて、店を後にした記憶はある。


気付くと、その物之比礼もののひれUSBを手に立ち尽くしていた。

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