改革の宴

 ゴーレムが落ちれば、残りも全部落ちた。


 爆発の後に残されたのは壊れた最終決戦兵器、仰向けに倒れたから背中のボーガンは全部潰れ、四本の足は投げ出されれ、長い腕はだらしなく垂らし、お腹は内部からの圧力で膨張、開いたままの嘴からはもうもうと煙を吐き出し、その中からトーチャは這い出てきた。


 中に入ってありったけの魔力で燃焼し、吹っ飛ばしたと焦げ臭いトーチャは自慢げに話す。そこにどれだけの誇張があるのかリーアには判断付かなかったけれども、実際にゴーレムは壊れて崩れ落ちていた。


 高価らしい兵器を持ち出した将軍とその配下は爆発前に暴走に巻き込まれ、死人こそ出てないけれどほぼ壊滅で、残された者たちは掌帰して食料の改善に歓喜を上げた。


 それから後片付け、怪我人の治療、消火活動、ゴーレムの無力化の確認、爆発などで岩盤が緩んでないかの確認にと、慌ただしかった。


 その中でのリーアの仕事は各所を回ることだった。


 争いの終結、調停に、慰問、久しぶりの王族らしい仕事をやり遂げいい気分だった。


 そしてあっという間に夜、片付けの終わった縦穴はお祭り会場となった。


 ゴーレムを櫓に、岩の上に机を持ち出し、その上に将軍たちが隠し持っていたお酒や真っ当な食事が並べられての立食パーティ、決して贅沢とは言えないメニューながら兵士たちは笑い、涙して掻きこんでいた。


 その中に馴染んでいる四人、特に今回活躍したことになっているトーチャは輪の中心にいた。


 それらを見ながら、だけどもリーアの食は進まなかった。


 中心から少し離れた岩に腰かけた膝の上、軽金属の皿に盛られた肉の塊、ウサギの丸焼きが香ばしい臭いを醸し出している。


 ……死んでしまった料理を嘆いても蘇るわけではない。


 こうなってしまったら食べて上げるのが供養だと、頭ではわかっている。


 けれど、そのジューシーな肉の、かぶりつきやすそうな曲線美が、どうしてもウサギの可愛らしいお尻にしか見えなくて、食欲を減退させていた。


 そう感じているのはリーアだけらしく、蛮族四人に開放されは兵士たちは大いに貪っていた。


「ここにおられましたか」


 声、見上げればスラブだった。


「お疲れですか?」


 食の進んでないリーアへの気遣いに、笑顔で返す。


「えぇ少し。それと将軍のことで、少なからずショックでした」


「申し訳ありません。姫様のお手を煩わせてしまって」


「いえそんな」


 その通りよ、といつものリーアならば言ってるところだけど、そうはならなかったのは疲れてるからだろう。


 そんな心中も知らず、スラブは続ける。


「しかし本当に、姫様たちにお越しいただいて、我々は救われました。改めて、お礼を言わさせてください。ありがとうございました」


「いえそんな」


 深々と頭を下げるスラブにリーア、それらしい反応をして見せる。


「しかし本当に、姫様もさることながらあの四人、特にあのトーチャさんは、凄まじい活躍ぶり、彼はどちらの出身ですか?」


 言葉の意味、リーアは色々と考え、当たり障りのない答えを導き出す。


「彼らの過去についてはあまり知りません。今回の人選は過去よりも今後、活躍できるだけの能力の有無のみで選びましたので」


 後半は嘘っぽいけれど、それでもスラブは納得したようで、だけど同時に驚いたような、なんとも言えない表情で目を一瞬見開いた。


「ならば、彼の過去は知らないと?」


「詳しくは」


 この返答、不味かったのか、スラブの表情が曇る。


「でしたら、これは、その」


 言葉に詰まり、呼吸を整え、スラブは改めて話し始める。


「これは、一般的な話です。彼個人にからならず当てはまるとは限りません。ですが、一応お耳に入れておいたほうがよろしいかと」


「それは、過去の話ですか?」


 スラブ、頷く。


「自分も座学で習っただけなので詳しいことは知りませんが、先の魔王戦争時、同盟軍はありとあらゆる人種に参戦を呼びかけました。その中には妖精も含まれていいました」


 歴史の授業、リーアでも知ってる事実だった。


「ご存知かも知れませんが、妖精は後付けで魔法を覚えられない代わりに生来魔法を使えます。魔力の絶対量は普通の人間と同程度らしいのですが、それがあの小さな体に詰まっている分、濃度が濃くなるそうです。それらは軍事に大いに役に立った。その中に『ランタン隊』というのがあったそうです」


「それに、トーチャが属していたと?」


 スラブ、頷く。


「結成目的は灯りと火種の確保、準戦闘員として各部隊に出向となっていたようですが、実際は道具扱いだったそうです」


 予想してなかった単語に、リーアは目を見開く。


「まだそういう時代だったのです。妖精は虫みたいなもの、だからビンに閉じ込めて灯りに、隙間から棒を突っ込んで種火に、餌を燃料に燃え続けるランタン、非人道的かつ命を軽視した運用だったと習ってます。加えて持ち主が死んだり、あるいは囮として置き去りにされれば、そのまま餓死する運命にある。悲惨な現状だったらしいです」


 あまりの内容に言葉の出ないリーア、それに慌ててスラブが続ける。


「さすがにそれらは最初期だけで、後期からは自由を与えられ、仲間の一人と正式に認められたそうです。その際の移動方法、普通の人間の目線の位置ではなく膝当たりで足元を照らす飛行は、徹底されるらしく、ならば彼も、と想像しただけです」


 慌てて否定しながらも、リーアの目にはスラブが確信を持って話しているように見えた。


「ただ、もしそうだとして、計算しても彼はかなり幼かったはず、少なくとも自分の意思で戦いにでるような年齢ではないはずです。ならば軍に、兵隊に良い思いをしてなかったとは想像できます。それを踏まえて、彼の参加は考慮すべきだったかと」


「それは、忠告、ありがたく心に止めておきます」


 応えながら思わずリーア、トーチャの姿を探す。


 輪の中心、上空に浮かぶウサギの丸焼き、それが穴の中に水が流れるかのように小さくなっていって、そして消えた後にトーチャがいた。


 明るく野蛮に笑う姿に、そんな暗い過去があるとは想像できなかった。


「それから姫様、これはどちらかといえば業務連絡なのですが」


 スラブの声にリーア、目線を戻す。


「今回の顛末、全て王宮に伝達いたしました。将軍らの横暴やゴーレムを持ち出したことはもちろん、自分たちが行ったこと全ても包み隠さず、全ての罪を認めて刑に服する所存です」


「それは」


「大丈夫です。自分たちは覚悟をもって行いました。それに姫様がお応えになられた、それだけで十分なのです」


 眩しい笑顔にリーア、別目的でこんなことになっていたことも知らなくって、

 偶然上手く行っただけの事実から、うしろめたさを感じる。


「それかもう一つ、姫様が用いましたハイネス・オーダー・コード、規定に従い王宮へ問い合わせたところ、姫様は王宮から一歩も出ていないとの返答を頂きました」


 最後の言葉、思わず顔を引きつらせ、スラブを見つめ返す。


「大丈夫、心得ております。軍内部のイザコザに王家の使いたる姫様が介入なさったとなれば他の部署や貴族たちからの非難の的になりかねません。ですので今回の件は内密に、自浄作用によるものと。姫様たちの活躍を語れないのは歯がゆいですが、このご恩は生涯、忘れません」


 都合が良いような、だけども次に続けるには不都合な解釈に、リーアは考えが及ばず、ただ無意識のうちに敬礼をしていた。


 これにスラブ、敬礼で返す。


 そして笑顔になる。


「ささ、つまらない話はここまでにしましょう。そのウサギは一番太った美味しいやつです。今日ばかりはマナーを忘れてがぶりとやって下さい」


 そう言われ、リーア、笑顔を浮かべながらもほぼ破れかぶれでウサギ肉を両手で持つと、がぶりとお尻に噛みついた。


 硬い肉、独特の臭みに鉄の風味、粗塩だけの味付けに、だけど噛めば噛むほど味が広がるジューシーな肉質、美味しさがなおリーアを困惑させた。


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