希望の星

 全員が男性、見えている服装から階級の高いものばかり、あっけに取られているリーアには、そう観察するのがやっとだった。


 対して現れた男たち、クマのはく製を着ているものを除けば全員が手に剣を持ち、険しい顔でリーアを睨む。


「何をしている! こいつが来たということは我らの企みが漏れたということ! ことが知れ渡れば下手をすれば縛り首ぞ! 堕ちるなら底まで堕ちよ死なば諸共その手を汚せ!」


 将軍の激昂、それでやっとリーア、ピンとくる。


 将軍が、黒幕?


 思い浮かべるのとほぼ同時に迫るのはクマ、ぎこちない動きながら振り上げられた腕は太くて大きい。


 その腕がリーアの銀髪に触れる前、その顔が真横に吹っ飛ばされた。


 残る残像は赤、肌を撫でる熱風に、鼻をくすぐる焦げた臭い、火の玉がリーアの目の前に浮かんでいた。


「一応、訊いといてやるぜ」


 トーチャ、怒りを噛み殺す声を絞り出す。


「門番は俺っちに気が付いた。途中でもそうだった。だがあの部屋から出た時はスルーされた。わざとかとも思ったぜ。だけど、これって、つまり、お前ら、俺っちのことが見えてなかったな?」


 ボウ。


 見逃すことのできない規模の熱と光、大きな炎、その中でトーチャの小さな手が拳を固めてるのがわかる。


「ぶっちめる。奥歯噛みしめ焼け焦げろ」


 宣言、同時に飛翔、天井近くをぐるりと回ると、直角に落ちて、下で見上げていた鎧甲冑の眉間を叩き倒す。


 小さなサイズに不釣り合いな攻撃力、まるで金槌の先端だけが動き回っているような理不尽さに、今度は男たちがあっけにとられる番だった。


「何をしている! 相手は小娘に妖精風情! さっさと殺さぬか!」


 将軍の絶叫を合図に、取り開けして動き出す男たち、各々が手の剣を振り回し、トーチャを追うも速度が段違いだった。


 比べればまるでで止まってるかのような剣の間を抜け、瞬き一つの間に三回曲がって剣を腕を肩と顔を、叩いて倒す。


 圧倒的、大丈夫そうねと思うリーアと、本棚を崩して男と目が合う。


 小さな的より大きな的の方が斬りやすい。


 あった目からそう読み取ってリーア、なんとか一歩引くも、逃げ場などなかった。


 固まるリーア、目前で相手が吹っ飛ばされる。


「あっくっそ! 守りながらじゃ火力だせねえぜ!」


 履き捨て飛翔、向かった先は入ってきたドア、一撃で粉砕、外への出口が開く。


「おい! こい!」


 言い残しトーチャ、行ってしまう。


「逃がすな! 決してやつらに会わせるでないぞ!」


 将軍に言われてやっとリーア、逃げるという発想に至る。


 性には合わない。けれどもここに踏みとどまってトーチャがやられたら、自分が敗因にされてしまう。それは気に入らなかった。


「しょうがないわね!」


 言い残しリーア、走る。


 出た先は廊下、案内されててルンルン気分でよく見てなかったから道はわからない。


 けれどもトーチャの通った後、焦げた臭いに焦げ跡に煙にやっつけられた兵隊、迷う心配はなさそうだった。


 その背後に迫る足音に唾を飲み込み、スカートをたくし上げ、走る走る。


 新しい靴に履き替えて大分と歩いて吐きなれてきたとはいえ、やはり走るのに適してない靴、足が痛むけど言ってられない。


 そうして曲がって進んで曲がって飛び越えて、登った覚えのない階段を降りてやっとトーチャに追いつけた。


 ただ、向かう先は明らかに奥、出口に遠い方、何より残してきた三人とは別の方向だった。


「何よ! どこ行こうってのよ!」


「知るかあいつらに訊け!」


 それを要約して吐き出すリーアにトーチャも怒鳴り返す。


「ただこいつら外より中への守りが硬いんだよ! つまり! この奥に何かあるんってことだぜ! ここまで来た駄賃だ! 全部ぶっ壊してやる!」


 完全に頭に血が上ってるトーチャ、暴走、慌てて出てきて身も心も準備できてない兵士たちを打ち倒していく。


 止めるべきか進めるべきか、判断付かぬまま奥へ、進むにつれて壁から装飾品が減り、ドアとドアとの間隔が広くなり、終には壁がくりぬいた岩に、柱や天井が白木の丸太となって、いつの間にか砦から鉱山に迷い込んでいた。


「ちょっと何よ! 本当にこっちでいいの!」


「知るか! だ! ぜ!」


 木霊する二人の声、その中でトーチャ、こちらに背を向けていた兵士たちを風で薙ぐように打ち倒す。


 その向こうには雑多に岩を重ねたバリケード、その向こうから入ってくるのは外の光だった。


「え、何でよ?」


 疑問の声に振り向きもせず突っ走るトーチャ、仕方なくリーアもその後に続き、なんとかバリケードをよじ登って反対側へ、そして出たのは、空だった。


「何よ、これ」


 疑問ではなく感想、上を見上げながら思わず出た声ですら木霊する、空洞、ここは大穴の底だった。


 広々とした空間は家どころかお城がすっぽり入れるほど、囲う岩壁は赤色に灰色の混ざった崖が段々に重なっている。その淵は緩やかな坂道となってぐるりと穴の内面に螺旋を描いているようだった。底は驚くほど平ら、ところどころに大きな岩や水のたまった窪み、それに若干の雑草が生えていた。


 そしてここには、濃厚な鉄の臭いが充満していた。


「これって、露天掘り?」


 リーア、思い出すと共に口に出す。


 原始的な鉱山採掘方法の一つ。埋まっている好物を横穴から掻き出すのではなく、上に乗っている土をどかして掘り出す方法で、落盤などの危険性はないが、膨大な労力と廃土が出る上に、山一つを切り崩す環境破壊が付いて回るため、行う場合は比較的浅い地表にある非金属を掘り出す時に用いられる。


 百科事典に載っていた記憶、そうとしかリーアには思えなかった。


「おい。あっち」


 立ち止まって見上げてるリーアに声をかけるトーチャ、指さしてるらしい方向は穴の反対側、そこにも空いている横穴に、作られたバリケード、そしてその奥から手を振っている人の影、大きな身なり、黄金の右手、そして光る頭からケルズスに見えた。


「なんだよ無事かよ」


 向かいながらこぼれたトーチャのつぶやき、心なしか嬉しそうに聞こえたリーアもその後に続いて向かう。


 ……道のりは見た目より厳しかった。


 飛んでるトーチャは気にもしないだろうけど見た目以上に凸凹の道、影に隠れた水溜まりを抜け、岩を避けたり登ったりした。


 と、不意に鼻を刺す悪臭、それも思わず顔をしかめて鼻を押さえてしまうほど強烈、発生源は草むらの向こう、影に隠れて見えないけれど、ならば見ない方が良いとリーアは考え、頭からかき消す。


 そうしてたどり着いた反対側、バリケードの手前、見知った三人に付き添う見知らぬ集団がいた。


 その大半がドワーフ、汚れて着崩してはいるけれど革の鎧姿、ただその痩せ吠え剃った体からはとても兵士には見えなかった。


「おせぇぞおめぇら、途中でやられちまったかと思ったぜ」


「あぁ遅くなった。俺っちは強いからな、逃げるって発想がなかなか出てこなかったぜ」


「はぁん。おめぇは俺様と違って逃げてきたってぇのかぁ。いやはや弱っちい奴は大変だなぁおい」


「あ?」


「やめてくださいみっともない。これでは僕の任命責任が問われるじゃないですか」


「ほーーーーーへああああいっっっっっっやっはあああああああーー!!!」


「姫様、でおられますね」


 相変わらずの四人、それを差し置いてリーアの前に進み出たのは、凄みのあるドワーフの男だった。


 ふさふさの赤毛の髭、他と同じく痩せた体、ただその眼差しからはただならぬ気配、リーアには何か感じるものがあった。


「お初にお目にかかります。自分はこの反乱部隊の代表を、そしてお届けした手紙の送り主のスラブです。わざわざお越しいただいて、それも姫様自らおいで下さいまして、恐悦です」


 丁寧な対応、だけど言っている内容がわからない。


 迷ってるリーアに背後で事情を知ってそうな三人、色々慌てている。


 その中で最も分かりやすく『話を合わせろ』と直に書いているようなダンの表情に従う。


「妾は直接その手紙を読んだわけではありません。ですのでどうかもう一度、あなた自身の言葉でお聞かせください」


 程よく高貴で、かつ無理なく情報を得られる旨い訊き方、リーアは自分で自分の言葉に感心していると、スラブと名乗ったドワーフの男は、驚いたような、だけどもそれ以上に感心したような表情を見せる。


「わかりました。最初に、これだけは言わせてください。我々はしかる後にこの反逆の罪を償うべく出頭し、裁きを受けるつもりでおります。ですがその前に不正をたださねばと、例えこの身を罪に汚してでもやらなければならないと思い、立ち上がったのです」


 そう言ってスラブ、力強く拳を握る。


「我々の要求はただ一つ、食事の改善、人として真っ当な食べ物さえ頂けると約束頂けるのなら、この瞬間にでも解散するつもりでおります」


 ……色々とわかる一言だった。

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