大渦に流され全てをもぎ取れ数多の指よ!

 賢くない方法に一目散にカウンター裏に逃げた三人、緊張しながらも楽しみな感じ、そろって上から顔を出してる横に、リーアも連なる。


 静かな室内にマルク、右手に杖を抱きかかえ、左手に滴る己の血液にそっと赤い舌を這わせて舐めとる姿は、幼いリーアにも艶めかしく見えた。


 同時に、鼻に届いた。


 血の臭い。嗅いだことのある、鉄の臭い、なのに脳の中を駆け巡るように広がって、きゅるるとお腹が鳴った。


 頭でなく体へ有無を言わさない反応、リーアは、マルクの血の危険性を体感した。


 そして、それがより一層効いているのは隣のダンだった。


 いつも以上にうつろな瞳、半開きの口、少し出た舌、滑る涎、前かがみに、今にも飛び出しそうな姿勢でいた。


 絶対に危険人物、危ない大人、通報すべき犯罪者予備軍、リーア少し離れる。


 それに気が付いてるのか気がついてないのか、残り二人はマルクに釘付けだった。


「あの」


「女はどうだ?」


「見りゃわかるだろ。ちっっとも動かないぜ」


 リーアを遮るケルズスの問いに、トーチャが応える。


「あれで少しでも吸血鬼化してたら飛び起きんだろ? ってことは、あれは血を吸われただけ、まだ人だぜ」


「トイレもだぁな。あんななりで人とか、人は見かけによらねぇのなぁ」


「ぐるるるぉおおおおおおおおおお!!!」


「「うるせぇよ」」


「私ではない」


 涎を袖で拭うダンが指さした方向、カウンター上から覗く三人に続いてリーアが顔を出すと、発生源は奥の長い廊下から、左右にあったドアが次々と開け放たれ、中からわさりと、人の姿をしていながら、人ではない何かが次々と出てくる。


「当たりだ。やはり私の鼻は正しかった」


「そりゃあそうだ。それで俺様たちは突入したんだからなぁ」


「お前らガキの手柄横取りするとは、落ちぶれたな」


「何よ多いじゃない!」


 リーア、目で数えただけでも十人を超えている。


 みな白い服装で首や腕に何やら付けて、中には手かせ足かせを引きずるものもいる。だけども裸足で、皺の深い顔は血色悪く、目は血走ってて、大きく開いた口には一対の牙だけが残っていた。


 確かに、リーアの目には知性とか不死とか、そう言った良い面は一切見つけられなかった。


 ただ、飢えた獣にしか見えなかった。


「ちょっと! 何であなたたち隠れてるのよ! 一人で相手とか無理でしょ! 各個撃破で全滅とか妾嫌よ!」


「うるせぇぞお嬢ちゃん、俺様があぁんな吸血鬼なんぞに逃げ隠れするわけねぇだろがよぉ」


「いや、あれはゾンビではないか? 高齢者ゾンビ、どこかでそのような話を聞いたと思うが」


「三年前のパンデミックだぜ、それ。あれは確か、調査の結果、発生源が昔に吸血鬼に襲われた男で、その時は命を取り留めたけど、年齢で抵抗力が落ちて、残ってた因子が発言、劣化吸血鬼に、つまりは高齢者ゾンビになったって話だ。ゾンビ退治行きそびれちまったんだよな」


「はぁん。行けなくて正解じゃねぇか。おめぇよぉ、今日ここだけで何度喰われかけたか、数えてねぇのかぁ?」


「あぁ? まだ吸血鬼って決まるまでだから手加減して手加減してやったんだよ。でなきゃ、口んなかでキャンプファイヤーで一発だぜ」


「過去の話はいいの! それよりほら! ほら!」


 リーアが指さす先、マルクの前に高齢者ゾンビの一人、猿のように飛び掛かった。


 これにマルク、呪文を呟く。


「Blodet är rött.」


 トンと杖で床を叩けばそこから伸びるは水の触手、うねり、捻じれるその中へ、ナイフから滴る血液一滴、垂らした瞬間、まるで歓喜のように悶え狂い、巻き添えの一打、迫っていた高齢者ゾンビに打ち当たって壁へと吹っ飛ばす。


「な? 俺様が出る幕なさそうだろぉ?」


 ケルズス、興味を失くしたようにカウンター裏に沈む。


「元から強力な魔法を使える上に今は出血状態、血を与えられた精霊は猛ていつも以上にお転婆なんだよ」


 トーチャ、落ちてた紙を見つけてその上に、引きちぎって体を拭う。


「むしろ危険なのはやつの触手の方だ。相手の高齢者ゾンビ同様、血に狂っている。暴走していて強力だが見境がない。後片付けとはそのことをさす」


 ダン、言いながらも未練たっぷりなのかマルクの、その左手の傷をじっと見つめている。


「でも、全然吸血鬼効いてないじゃない」


 リーア、カウンターから顔を出したまま指摘すると、残り三人、のそりと続いた。


 壁に打ち付けられた高齢者ゾンビ、顔が陥没し、腕と足が折れている様子、だけどもふらりと立ち上がり、フラフラと二歩三歩、歩いているうちにそれらはすべて修復された。


「はぁん。やっぱ吸血鬼だ。ゾンビなら壊れたらおしめぇだからな」


「完全にやっちまうなら呪文詰まってる頭か、血液回してる心臓潰せば一番だぜ。まぁできればの話だけどよ」


「そんなのどうだっていいの! 助けなきゃやられちゃうじゃない! 命令よ! 助けてきなさい」


「おーい、助けは必要か?」


 ダンの間の抜けた問いに、マルクは睨みで応える。


 そうしてる間にまた二体、襲い掛かって来る高齢者に杖を鳴らし、呪文を唱えて触手を増やす。


「Vara dum!」


 意味は分からなくともいら立ちは伝わる呪文に触手たち、体現するかのようにくねり払う。


 しかしそれだけ、いくら打ち付けようとも、叩きつけようとも、高齢者たちは飢えた眼差しを向けるだけで怯む様子もなかった。


 そうしている間にグルリ、高齢者にマルクは囲まれる。


 絶体絶命のピンチ、何かできないかカウンターマジックでもやってみようか、迷うリーアは、ぞっとするようなマルクの笑みを見た。


「あ、キレちまった」


 トーチャ、呟くやカウンター裏に、残り二人も引っ込んだ。


「何よ」


 訳のわからないリーア、引っ込むべきかどうか迷ってる間に、呪文の詠唱が始まった。


「Först och främst vill jag inte göra något annat än pengar från morgonen. Min handled gör ont och jag är hungrig och hemsk. Men blodsutgjutelse är inte tillåtet. Du hade turen att välkomna prinsessan.」


 よくわからないけど凄そうな詠唱にリーア、固唾を飲む前でマルク、強く強く、杖で床を突く。


「Det verkar som om allt du behöver göra är att få dina anklar våta!」


 再び強く突かれる杖、その動作に連動し、まるで雑草のように生え伸びるのは、細い水の触手、それがまるで天から落ちる雨粒が逆流するように立ち登って、壁のようにそびえ、悪夢のようにうねった。


「大渦に流され全てをもぎ取れ数多の指よ!」


 詠唱の完成、同時に触手、全てが同時にうねり、まるで風になびかれた草原のように、吸血鬼たちへと襲い掛かった。


 同時に引き戻されるリーア、カウンター裏に隠される。


「何よ!」


 怒鳴ってから、巻き添え食わないように隠されたと思い、見上げると、三人は逆に顔を出していた。


「うぉい、なんだよこいつぁあ」


「ほう、こんなことも、なるほど」


「つーかよ、やっぱ最後の呪文、あいつ間違えてたよな?」


 みんなが平然と見ていて一人、見せてもらえてないリーア、怒りを噴出させて立ち上がる。


「……何よこれ?」


 リーアが見たのは、水の絨毯、クルクル回る水流が床の上、足首ぐらいの深さで溜まって流れていた。


 その中で佇むマルク、ゆっくりと辺りを見回して、固まる高齢者たちを見回していた。


「何よ、凄い魔法じゃない。凍らせてるの? それとも麻痺? 時間停止?」


「こいつは、ちげぇよ。話聞いてたろ? 吸血鬼はアドリブに弱いって」


「……何よ」


「だから、複雑な流れの流体の中、バランスを保って立ち続けるって、結構なアドリブじゃね?」


「…………はぁ?」


「流れに逆らいバランスを保つ、そんな簡単なことすら吸血鬼にはできないんです」


 ピシャリピシャリ、水音立ててマルク、やってくる。


「このまま固めて、本当の通報しますか。これでなら賞金も出ることでしょう」


 そう言ってマルクは、また滴る傷口に舌を這わせた。


「何よ。つまり、吸血鬼って、川につけたら固まるわけ?」


 間抜けこの上ない弱点、四人は頷いて肯定した。

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