追われる少女と食事の終わり

 少女リーアの登場、いきなりの一言、それも上から目線、ただならぬこととはわかっても助ける気持ちを挫く一声は、見た目にこそ似合っていたが、ただでさえ男四人を抱えた店内には手に余っていた。


 だからというだけではないが、誰一人としてリーアに近づいて声をかけようとするものはいなかった。


 一方、四人といえば、こんなに目立つ少女の登場にも印象深い第一声にも目もくれず、ただ黙って、ウェイトレスを、その手が触れてるレモネードを、それを置かれて始まる食事を、合わせて八つ、飢えた瞳で見つめ、待ち続けていた。


 そうして続く、誰も動かない時間、ただリーアの未だに回復しきれてない荒い呼吸の音だけが響いていた。


 そこへ、更なる来客がやってくる。


「手間かけさせんなクソガキャ!」


 ドアを蹴破る勢いで入ってきた男たちがぞろぞろと、店を借り切る勢いでなだれ込んでくる。


 人数は沢山、その全員がスキンヘッド、全員が揃いの黒革のズボンとジャケット、揃いの斧、揃いの凶暴な雰囲気を醸し出していた。


 一人を一目見ただけで彼らがギャングだと知れた。


 ……この国の治安は良い方だ。


 それでも暗黒街は存在し、法の届かない深部にギャングがはびこっていた。


 とはいっても大半は観光客相手に如何わしい店に案内したり、その店への不手際を代わりに取り立てたりと、こちらから近づかなければ向こうからも近寄ってこない、そういった類のギャング、だったはずだった。


 その中の一つ、彼らが『ブラック・ブル・ブラッド』だと知るものは彼ら以外では数人しかいなかった。


 そんなブラック・ブル・ブラッドの面々、斧を構えたまま店内を見渡して、そしてリーアを見つけた一人がずかずかリーアに詰めより、有無もいわさず手を伸ばして逃げようとしていたリーアの綺麗な銀髪の端を掴んで引き上げた。


「痛い! 放しなさい放して! 触るな無礼者!」


「うるせぇぞこのガキ! この場でたたっ殺すぞ!」


 怒声、恐喝、突如の暴力、そこに集まる客たちの視線へ、別のギャングが進み出て棒読みする。


「あーお騒がせしてすみません。食い逃げですこいつ。これから警察に突き出しますんでご心配なく。どうぞお食事を続けてくださーい」


「そんなわけないでしょ!」


 バレバレの嘘、だけどもそれを指摘する客はおらず、ただ黙って少女が取り押さえられ、左右から二の腕掴まれて宙づりにされ、外へと運び出されようとしているのを、何もせずに見送っていた。


 それでも暴れるリーア、目いっぱい暴れる色白な足が履いていたのは、この国では伝統を通り越して古くさい木の靴だった。


 薪に使えるような大きさの木片をノミで掘り削り、足に合う形へと整形した靴、今時、実際に履いている人は稀で、観光客が小物入れに買って帰るぐらいしか需要のないのは硬く変形しないからだ。


 ただ歩くだけならば不便はないが、履いて走れば擦れて当たって痛い目を見る。


 実際、リーアの足は見えてる足首だけでも血で滲んでいた。


 絶対に痛いはずの足、それでも構わずリーアは暴れ、もがき、その足が空気を蹴り続ける。


 それが何度目か、血で濡れて滑りやすくなっていたのか、左足の靴がすぽりと脱げて、飛んで行った。


 目では追えるが捉えるには早すぎる速度、くるくる回ってまっすぐな軌道で、向かった先は店の中央の天井、吊り下げられるシャンデリア、カシャンと当たって、ゆっくり落ちて、そしてべチャリ、仔牛の丸焼きの上、首の後ろの辺りに、乗った。


 ……乗ってしまった。


 この光景、この喜劇、見ていた客たちは引きつり、ギャングたちはにやけた。


 まじかよ、勘弁してくれよ、よりにもよってなんでこの席に、と息を飲む客たち、同様に息を飲みながら彼らよりも動揺してたのは、当の四人の男たちの方だった。


 無言、だけれどもその表情が強張り、顔色引いて、泳ぐ目線が必死に現実を受け入れようと、あるいは打開策を探し求めているのだと見てとれた。


 だけども現実は容赦なく、非常な上に滑稽だった。


 四人の見ている前に、続いてシャンデリアが落ちた。


 現実離れした衝撃音と爆風、捲れるテーブルクロス、遅れて吊るしてた鎖、潰れるテーブル、振動、店内に広がるほのかな蝋燭の臭い。


 立ちすくむ四人の真ん中で、あれだけ美味しそうだった料理の数々が、シャンデリアに押しつぶされ、残飯となって床に散らばっていた。


 滴り落ちるはスープかソースか、かろうじてテーブルに残ってた部分も、シャンデリアに灯っていた蝋燭がとろけてかかって、食べられなくなって、つまりは台無しになっていた。


 ……言葉も瞬きも、呼吸さえも忘れてただ茫然と、料理だったものを見つめる四人、その目の前で、シャンデリアの蝋燭の一本がポキリと折れた。


 その先はパンの上、そしてポッと燃え上がる。


「あ!」


 その火に、同じく見ていた慌てたウェイトレス、消火しなければと咄嗟の判断、手持ちの液体、運んでたレモネードを全部ぶっかけた。


 その一杯で鎮火、ほのかに広がるレモンの甘酸っぱい香り、こうして全ての料理は無くなった。


「ぁ」


 小さな悲鳴、四人の誰かが放った一言、それが四人の相違でもあった。


 ……鎮火してから四人に気が付いたウェイトレス、何もできない客たち、嘲るギャングたち、暴れ続けるリーア、その中で、四人の内の一人、マルクスの手が、白い杖をゆっくり持ち上げると、短い一言と共に勢いよく振り下ろされる。


 「Släpp inte」


 ドン!


 これまで以上の音と振動、同時に不可視で、だけども絶対にそこにある力が床を這い、ギャングたちを通り抜けてその背後、出入り口のある壁際にて弾けた。


 それは水、清らかで透明な水がまるで蔦が生え上がるように、床より立ち登って天井まで届くとその畝り全てが静止し、一瞬にして凍てついた。


 出来上がった氷の壁、魔法の発動、驚くギャングの息が冷気によって白濁する。


「だめです」


 そんなギャングたちへ、マルクが冷たく言う。


「犯した罪、償ってもらう」


 ダンが続ける。


 「まさかぁ、ここまでやっといて、無事に帰れるわきゃないよなぁ」


 ケルズスも続く。


「ちょっと熱いぞ。たっぷり苦しめ」


 トーチャ、ふわりと身を浮かべる。


「誰も、ここから、逃がしません」


 最後にまたマルクの冷たい宣言、それで横一列、四人は揃い、ギャングたちにずいると迫った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る