第15話 吸血鬼の心境の変化

 オーガとの戦いから数か月が経った。

 あれからアンジュは何度も魔物や獣との戦闘をこなし、最近ではまだまだ膂力や魔術の威力的な問題はあるものの、身のこなしといった面や戦闘の運び方といった部分はかなり上達してきている。

 ナハトとしては、始めはほんの暇つぶし程度で始めたことだったが、思っていた以上の進み具合でアンジュは成長してきている。

 いずれは、本当に世界的に見ても最強の一角になってもおかしくは無いのじゃないかと、師匠としての欲目を除いても思えるようになってきた。

 もちろん、現段階ではそこまでの力は無いし、ナハトと同じ領域にまで達することが出来るのかは分からないが。


 だが、それでも同年代の人間程度ではどうしても触れることすら出来ない程度に、アンジュは成長しているだろう。

 それに最近では食事もしっかり食べていることもあって、年の割には小さかった身体も、ようやく年相応と思える程度には成長してきていた。

 おかげで最近は成長痛に悩まされ始めているらしいが。




 そして、アンジュの変化は見た目やその技術だけでなく、別の部分にも表れ始めていた。


「おい、ナハト! 晩御飯が出来たぞ!」


 自室で椅子に座りくつろいていたナハトの部屋へと、片手にお玉を持ったアンジュが入って来た。

 つい先ほどまで、本日の夕食を作っていたので、ついでに持って来てしまったようだ。


 なんだかんだアンジュも料理出来るようになったので、最近ではほとんどの食事をアンジュが作る様になっていた。


「……何度も言っているが、俺は食事なんぞなくとも死なんのだから、わざわざ俺の分までは作らなくていいのだぞ」


 そして、アンジュは何故か必ずと言っていいほどナハトの分の食事も用意するようになっていた。

 最初の内はナハトもわざわざ食べはしなかったのだが、それでも毎回毎回作って用意しているので、いつからかは忘れてしまったがナハトの方が折れて一緒に食べるようになっていた。


 ……ちなみに、ナハトの食事には何度か毒が盛られたこともあるが、もちろん毒が効くはずもなかったのだが。


「いいから、せっかく作ったんだから食えよ」


 これまで毎日作っておきながらも、それでも少し恥ずかしいのか耳を少しだけ朱色に染めながらそう言って先にアンジュは食堂へと走っていった。


 ……アンジュも少しはナハトに対して心を許してきているのだろう。

 始めの頃は食事に毒を盛るようなことがあったが、最近ではそんなことは無く、むしろ味の評価が欲しいのか食事中に恥ずかしそうにしながらも様子を伺ってくることもあるのだ。

 それに、普段の生活に関しても言えるだろう。

 以前は本当に最低限の事しか会話をしなかったのだが、最近では少しずつ、色々な話をするようになっていた。

 好きな物、嫌いな物、興味のあることなどを話したり、書庫で二人で並んで座って読書をするようになったのもその一端だと言えるだろう。


 そして、そんなアンジュを見ていてナハトも、アンジュに対して情が湧き始めていることを自覚していた。

 始めは本当に暇つぶしで、すぐに死んでもいいぐらいの気持ちであったが、最近では危ない目に合わせることを躊躇するようになっていた。

 とはいえ、訓練自体はアンジュも望むことだし、手を緩めることはアンジュも喜ばないだろうからスパルタのままなのだが。


 ……もし、娘がいたらこんな気持ちなのだろうか、と最近では柄にもなく思うようになり始めていた。


 そして、そのアンジュが自分を殺してくれるのならば自分の命の巻引きにはもったいないぐらいだと思うようになった。

 もちろん、そう簡単に殺せるのならば、死ねるのならば自分もここまで長く生きてきてはいないのだが。



 とはいえ、アンジュが、まだまだ長い時間はかかるだろうが、自分を負かせるほどに強くなるのを、ナハトは楽しみにしているのだった。

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