第8話 吸血鬼、錬金術を教える、はずだった…

「今日は主に魔術と錬金術について教えよう」


「うぇ……」


 アンジュが泣いてしまった翌日の訓練は、一日の最初から、座学からの始まりだった。

 アンジュは以前の魔術の授業で吐いてしまったことを思い出したのか、少し嫌そうな顔をしていたが、それでも魔術の有用性については身をもって知っているからか、話を聞くことについては前向きではあった。


「とはいっても、魔術については以前、基礎については教えているからな、後で実践からやるとして、先に錬金術の基礎についてだ」


 ナハトはそういうと、机の上に用意していた、握りこぶし大の石をひとつ掴んだ。


「錬金術とは、ある物質を別の物質に変化させることだ。例えばただの石から金塊に変えることも出来るし、その派生で物質の形を変えることも可能だ。この時、触媒となる物質を使えば簡単だが、触媒も錬金壺もなくとも、自分の魔力さえあれば錬金することは可能だ。似たようなことは、魔術でも出来ることには出来るが、何故か魔術でつくったものよりも錬金術で作ったものの方が質がいいことが多い。……とはいっても例えば鉄を錬金術で剣を作っても、鍛冶師が鍛えた剣の方が基本的には強いがな」


 話しながら金塊に変えた、元は石ころだったものを手で放り投げて遊びながら、ナハトは説明を続けていた。

 アンジュは、金塊を目を輝かせて見つめていたので、どこまでしっかりと話を聞けていたかは定かではないが。


 ……ナハト自身も、何故そんなことをしたのかは分からないが、右手に持っていた金塊を、軽く上に投げてみた。

 当然、金塊は宙を飛んで、そして手に戻って来た。

 アンジュは、その金塊の軌跡を、まるで猫が獲物を追うかのように目で追っていた。


 少し、笑いそうになるのをなんとか堪えながら、再び上に、今度は少し左側に向かって投げて左手でキャッチする。

 アンジュの顔もつられて動いてくる。


 次は、魔術も使って不可思議な軌道を辿らせてみる。

 アンジュも一瞬驚きながらも目で追う。


 今度は少し早く動かしてみる。

 目で追いながらも少し身体が反応していた。


 次はアンジュの目の前までフワフワとゆっくり飛ばして、丁度手の届きそうな距離になったところで、勢いよく自分の方に戻すと、ついに耐えきれなかったのか、手で掴もうと身体を乗り出して、結果前のめりに倒れこんできた。


「くふっ」


 ナハトもついに耐えきれずに吹き出してしまうと、アンジュもようやく事態を把握出来たのか顔を真っ赤にしてこちらを睨んできた。

 なんとか笑うのを堪えようと口元を手で押さえながらも我慢しきれずに身体が震え始めて来たところで、アンジュも羞恥の限界になったのかぷるぷると震え始めて顔を手で覆った。

 それを見てついにナハトの我慢も限界になった。


「あーはっはははははは! あっはっはっはっは! 貴様は猫か! あーはっはっははっはっは!」


 それからしばらくナハトは笑いが収まらず、アンジュも恥ずかしさで顔を覆って小さくなることしか出来ずに、場が落ち着くのにかなりの時間を必要とするのだった。






「はー、はー、ここまで笑ったのは一体何時ぶりだ……。貴様は笑いで俺を殺すつもりか? 空気が足りなくて途中本当に死ぬかと思ったぞ」


「そのまま死ねば良かったのに」


 ナハトはなんとか笑いが収まってきた。

 そんなナハトにアンジュは毅然とした態度で辛辣な言葉を投げていたが、その顔はまだ羞恥が冷めないらしく、首元まで真っ赤なままだった。

 その姿を見てまた笑いがぶり返してきそうだったがなんとか我慢すると、口を開いた。


「さて、話を戻すとしようか。……とはいっても錬金術は知識と魔力操作以外に必要な物は無いし、知識はこれから先で徐々につけていくしかない。なので、やることと言ったら魔力操作を練習するだけだから、そのまま魔術の特訓にしようか。この間ので魔力を感じ取ることは出来ただろう? 今日はそれを自ら自在に動かせるようになることが目的だ。まずは体内で自在に動かせるようにしてから、身体の外でも自由に動かせるようにしろ。正直、それさえできれば魔術も錬金術もそこから先は知識の問題だ。魔力操作がどれだけ素早く細かく正確に出来るかが腕の見せ所だぞ」


 早速アンジュは操作し始めたようだが、まだまだ慣れないようで難航しているようだった。


「ふむ……魔力操作に慣れるために、寝ている時以外は常に続けるようにしろ。乱れたり途切れていたら電流が流れるようにしておく」


「ぎゃっ!?」


「……言った傍から乱しおって……。ほら、早く操作しないと何時まで経っても終わらんぞ」


 思いつくが早いか即座にアンジュの身体に電流が流れた。

 そこまで強い電流では無かったので身体が痺れて動けなくなるというほどでもなかったが、静電気よりは強い程度の電流に驚いて操作が止まってしまった。


「魔力操作は常に、そして即座に出来るようにしておくことだ。いずれは寝ている最中でも操作できるようになれば、夜襲があってもすぐに気付けるし即応できるようになる。それ以外にも常から操作に慣れておくことで普段の魔術の展開が早く、正確に出来るようになる。やっておいて損はない」




 実際、ナハトが言うような操作技術は現代では高等技術と言われるようなものではあったが、それを指摘できる存在も無く、アンジュは初心者でありながらも初めから高等技術を教え込まれるというスパルタな特訓を行うのだった。





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 本当は、今回は錬金術の説明とかをするつもりだったんですけどね……。

 何で猫が生まれてるんでしょうか……。


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