第3話 吸血鬼のスパルタ特訓

「貴様を育てるとは言ったが、今の貴様は虫けらも同然だ。」


 これからアンジュに色々と教えようという段階で、まず最初にナハトが口にしたのはアンジュを貶すような言葉だった。


「まだ貴様は幼く、身体が出来ていないこともあるが、力は弱く、動きも遅い、体力もない、魔力も弱い、そして知識も無ければ技術も無い。今の貴様では吸血鬼に挑んだところで何も出来ずに骸になるのが目に見えている」


 アンジュは悔しそうな顔をしながらも、現在の状況ぐらいは分かっているのか座ったまま黙ってナハトの話を聞いていた。

 とはいえ、人形ではないのでその目にはどこまでも燃える憎悪の炎が灯っていたが。


「身体が小さいのは仕方がない、これは育つのを待つしかないが、それでも今何もしなくていいという免罪符にはならん。故に、走れ。走って体力を作り、身体の動かし方を学び、疲れても動くことのできる精神力を身に付けろ。身体が意志に反して動かなくなるまで動いたら、次は城に帰って学ぶ時間だ、力だけつけたところで真正面から突撃するしかない相手など、脅威にはなりえないのだからな」


 ナハトは言うが早いか、すぐにアンジュを立たせると走らせ始めた。

 最初は何もせず、何も言わずにただアンジュに平原をぐるぐると走らせていただけだったが、アンジュに疲労が見え始めて来た辺りから、アンジュに向けて至る方向から魔術で攻撃を仕掛け始めた。


「走りながらでも魔術をしっかり避けろ、ただ走るだけではなく、どこに走れば攻撃が当たらないか、どうしたら負傷を最小限に抑えられるかを考えろ。……馬鹿者、大きく避ければそれだけ疲れるだけだ、最小限の動きで躱せ。眼だけで全てを感じようとするな、身体全てを使って周囲を感じ取れ」


「おい、動きが遅くなっているぞ、足の遅い的なぞいい的だぞ、疲れても動きを緩めるな、体力の配分を考えろ」


「……ああ、ほら言っただろう、しっかりと攻撃を感じ取らないから避けられなくなるのだ、もっと感覚を研ぎ澄ませろ」


 それからしばらく走らせ続け、その間も休むことなくナハトは魔術を展開し続け、流石に身体が動かなくなったのか魔術を避けきれずに直撃してアンジュは動かなくなった。

 吹き飛んでいったアンジュの様子を見て、ナハトはようやく魔術を止めると、倒れて伏せているアンジュのもとへ近づいて行った。


 たまにピクピクと動いているのを見て、死んでいるわけではないことを確認すると、脇に抱えて城へと歩き始めた。


「初めての訓練とはいえ、限界まで頑張っていたのは褒めてやろう。しかし、まだまだ動きに無駄が多い、感覚も鈍い。精進しろ。この後は城で魔術と錬金術、その他の知識を学ぶ時間だ、それまでに最低限動けるようには回復しておけ」


「……ぅ、ぁ、……」


 声も枯れているのか返事も弱いものではあったが、それ以上ナハトは気にせず歩いて行った。




 そして城に戻ってきた二人は、まずは食事とすることにした。

 とはいえ、ひと月も寝ていたのでまともな食料などある訳も無く、そもそもナハトは血さえ摂取していればいいので人間の食料など城にはなかったので、道中で狩った大人の人間ほどもありそうなサイズのイノシシを解体し、肉を焼いていた。

 一時期料理人も極めたナハトの調理は完璧で、これ以上なく肉の旨味が引き出されており、見ているだけでも腹が空いてきそうなものだった。


「……いずれは調理も教え込むべきだな」


「……、ごくっ。料理なんて強くなるのに必要ないだろ。そんな時間があるならもっと強くしてくれよ」


 食べるのに夢中になっているように見えたアンジュだったが、一応ナハトの声は聞こえていたようでこちらに顔を向けてそう言ってきた。

 もちろん、強くなることに料理の腕は直接的に関わってくるものでは無い。

 故に最初は教えることも忘れていたが、アンジュの食べる姿を見て考えが変わっていた。


「そうは言っても、貴様は人間だろう。生物である以上、生きるには物を食べねばならない。その食事をいつまでも俺に作らせるつもりか? それに、訓練だけしていれば強くなれるというわけではない。その訓練をするのに、腹が減ってはまともな訓練が出来るわけがない。そしてしっかりとした食事を摂ることで、訓練で疲れた身体の回復、成長をより促すことが出来るのだ。真に強くなりたいのならば、日々の生活の全てを糧にすることだ。食事、睡眠、勉学、全てを糧にして生活しなければ、本当に強くなどなれないと心に刻め」


 ナハトがそう言うと、考え始めてしまったようだが、それでも思うことはあったようで、先程までとはまた違う顔つきになって手に持った肉を頬張り始めるのだった。

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