伯奈-きょうみ-

藤泉都理

第1部

1.フジバカマ : 類は友を呼ぶ

 俺の“はな”を捜せ。

 そう鬼に脅された私。

 咄嗟に変換した漢字は“鼻”だった。



+++



 自分の特徴を最大限活用して目の前の女を脅したはずの俺。

 しかし怯えた様子など皆無の女は無言で店の中に入って戻ってきたかと思えば、俺の身体に餅を押し付けてきやがった。

 全く以て意味不明だ。



+++



 燃えている竹炭。草鞋。

 視線を通り過ぎただけの角や牙よりもその身体に心が奪われた。



++



 多くの小花が咲く様が線香花火を連想させる藤袴。

 清澄な水から、ほのかに薫るは、塩漬けされた桜の葉か。



++



「いらっしゃいませ。自遊(じゆう)へ」



+



「……餅を押し付けたまま言う台詞か?」






~本編~






「“鼻”ではなく“花”でしたか」


 店の中に招き入れられ勧められるままに席に着いた俺の真正面に座った女は、俺が事情を話し終えるとすみませんと小さく頭を下げて気の抜ける笑顔を向けた。


 藁にも縋る思いで訪れたわけだが、正直、かなり幻滅した。


 当てになりそうにない、と。



 俺がこの店を訪れた目的。

 それは開口一番に告げたとおり、俺の花を捜す為。

 俺の、

 俺だけの花を捜すのは、

 捜さなければならぬは、

 女神になる為。


 だと言うに。



『見当たらなかったので、顔についている鼻を捜してくれと頼まれたのだと思いました』 

『あなたの身体はおもちが美味しそうに焼けそうでしたから』



 気概が殺がれる。

 


(本来の姿もさることながら、人間の姿に変化したとて何も示さんとは)



 

「創れません」

「何故だ?」


 地を這うような声を出しても、女は全く意に介さない。

 忌々しく思う状況。だと言うに。


「私はお客様のご要望を聴いて花のお菓子を作ります。あなたはその要望、作りたい、作ってほしい花のイメージが全くないですよね。なので、私は創れません」

「帰れ、と?」


 愉快な気持ちになるのは何故、か。


「私の店で働きませんか?」

「……閑古鳥が鳴くこの店で働けば花の姿かたちが湧いてくると?」


 嫌味を存分に含んだ笑みを向ければ、素直に苦笑が返ってくる。


「土日限定の趣味でやっている店。と、言い訳はさせてもらいます。それでも、有難い事に必ず一人は来てくれます。その時に同席してお客様の話を聞いたり、私と花の話をしたりしていれば、あなたの、あなただけの花のイメージが浮かんでくるのではと。どうでしょうか?」


 心の底では恐れているが故の提案か。

 本当に客として見ているのか。

 それとも、他に何か目的があるのか。

 それを見極めようかとも、思ったが。


(くだらん。こいつが何を考えていようが利用できるものは何でも、な)


 不快にだけさせるのではないのなら、なおさら。


「俺の名はひびなだ」

「叶野舞子(かのうまいこ)と言います。よろしくお願いします」


 小さくお辞儀をした女、舞子。早速、花か、もしくはこれからどう過ごしていくかの話をするかと思い、果たしてそれは当たったのだが。


「私は平日と土日で性格の落差が表れます。簡単に言えば、二重人格、ですかね。意識があるので違うのでしょうが、とにかくせかせかと思考も行動も動いている忙しい人物なので、基本、土日しか花の話ができません。平日は店も閉まってもいますし、知り合いの花屋で働かれてはいかがでしょうか?」


(……こいつ。本当に俺が鬼だと理解しているのだろうか。しかも、二重人格だと?)


 何者だろうが関係ないと思ったはずなのに。


(今日は日曜、だな。明日は月曜……実際に見ればわかるか)



「わかった」

「ならさっそく知り合いの花屋に行きましょうか。年中無休、しかも二十四時間店を開いているので好きなだけ花を見ていられますよ」

「…確定か?」

「来る者拒まず、ですから」


 類は友を呼ぶ、か、と不安が再発したひびなであった。


 

 










フジバカマ:花言葉 ためらい 

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