第13話

「死ぬのはお前だ!!ババア!!」


 エリが力の限り叫んだ。


「そのジジイに愚痴言うだけ言って一緒に死ねばいいだろ!!そのためのフグ毒なんだよ!!感謝しろよ!!」


 エリのその言葉に、ミツエの顔から一瞬で狂気が消え、全身に戦慄が浮かんだ。


「あ、あ、あ、あんた……まさか」

「当たりだ!!ババア!!」


「…………ふ……ふふ……ふふふ……。あ、そう。そウなの。同じこと、考えたって訳ね。私たち、気ガ合うわねぇ……」


 ミツエは音が聞こえそうなほど粘り気のある笑みを浮かべてエリを見た。

 目からは光が失われ、白目が無くなったように黒さが広がっている。


「……っ!やっぱりか!!この糞ババア……!!」


 憎々しげに振り絞った声を出すと、エリはドアに向かって早足で歩きだした。


「あァら……どちラへ……?」ミツエが尋ねる。


「車を出すのよ!急いで病院に行けば……!」


「オホホホホホ!!」ミツエが叫ぶように笑い床に崩れ落ちた。


「エリ、無駄だ」妙に冷静に言葉が出た。

「は?」

「ガソリンを……全部抜いて棄てた。走れても……数分で止まる……」

「はぁ?!ふざんけんなよジジイ!なんでそんなこと……っ!」


 エリが毒を盛られたことに気づいても、逃げられないようにするためだった。


 携帯が元から通じないのはもちろん、今日のために外部との連絡手段は一切絶っていた。

 近辺に住む人もなく、建物すらない。


 ここは陸の孤島なのだ。


 人里に行こうとしても人の足では早くて五時間ほど要するだろう。


 もうなんの意味もないことだが、明日の朝九時頃に会社の部下が迎えに来るよう段取りはしている。

 その頃には、私は当然……――。


 絶望だ。


 ここにいる私たちは全員、崖でレールが途切れているジェットコースターに乗っているようなものなのだ。


「オホホホホホ……」

 床に伏したまま、ミツエは咽び泣くように笑い続けている。


「最悪よ……最悪……。嘘よ、こんなの……」

 エリは両手で顔を覆いその場に座り込んだ。


 そんな二人の様子を眺めていたら、無性に悲しくなって泣けてきた。


「なんて馬鹿なことをしてくれたんだ……」


 これからまだまだ会社を盛り立て、新しい事業も始めたかった。

 日本一ではまだ足りぬ、大陸一、そして世界随一の企業へ躍進するのだ。

 私は、その総帥となる男だったのだ。


 そして後世に長く語り継がれるビジネスの神、経営の神になり、多くの後進が私に敬意を払い崇める本当の神のような存在にまでなるはずだった。


 それが、こんなつまらない事で……こんなくだらない女どものせいで……。


 そもそも、こいつらは理解しているのだろうか?


 イツビシの長たる私を、全人類の宝であるこの私を殺そうとするなど、現世に存在するどのような言語を用いても表せぬほどの愚かな行為であるということを。


 私一人の命はお前ら二人と同じ重さではないのだ。


 考えれば考えるほど怒る要素しか見当たらない。

 胸がむかむかと熱くなり、呼吸がしにくくなってきた。


 ……いいや、いいや、よそうじゃないか。

 こんな状況で、しかも女相手に。


 そうだ、胃洗浄という方法もあるじゃないか。


 あまりのことにパニックになっていたようだ。

 早ければ早い方がいい。

 すぐに洗面所へ行こう。


 その時、ファっと風を切るような音がした。

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