Ep Ⅰ‐14 復讐の始まり


 大きな金物を叩けばこんな音になるだろうか。家で寝ていたら、突然ゴォンゴォンと聞き慣れない音が繰り返し響いてきた。気になりククイは外に出る。届く音は更に大きくなった。


 周囲を見渡し音元を探る。するといつも商人が来ていた廃都の側面、そこに青い鎧を纏った騎士が何十と並び、一部の人間が巨大な銅鑼を叩いていた。


 その色を見た瞬間、ククイの心は燃え上がる。考える間もなく虐殺を思い出した。


 彼は見た瞬間に奴等が報復に来たのだと思った。ククイとしては望む所だ。この場所には彼の武器が幾千と転がっている。一度にどれほど動かせるかは解らないが、それでも相手が数十程度ならば返り討ちにする自信があった。


 先日倒した騎士たちの武器もあるし、自身の身体能力も、常人と比べれば図抜けて高い。鎧を見ているから脆い箇所も解る。地の利だってある。騎士達が仲間の仇とククイへ剣を振りかざすのならば、ククイは家族の仇と剣を突き立てるだろう。


 ククイは素早く大きめの廃墟へと向かい、高い位置から周辺を観察した。兵士は丘を下っていた。こちらへやってくる。やはり自分を探しているのだろうか。


 否。あの時は一人たりとも逃していない筈だ。ならば消息を絶った仲間を探しに来た、という方が腑に落るだろう。ククイは改めて兵士たちを観察した。


 彼らはゆっくりと歩を進めている。物陰の一つ一つに目を凝らし、常に複数人で死角を消しながら固まって移動した。見れば徐々に拡散し幾つかのグループに分かれていた。まるで何かを探している様な動きだ。警戒心も強い。見ればその進路の一つに、先までククイが居た集落が在った。


「……」


 ククイは考える。


 奴等は気付いている。ここには自分達の脅威になる存在が居ると。ならば今あれを襲ってはならない。身を焼く殺意を発散したいと思う反面、それで死んでは仲間に合わせる顔がない。必ず殺す。だが慎重にやる。


 きっと、エリクならそうするだろうから。


 集落が破壊されるのを歯噛みし拳を硬めながら機を伺い、観察を続けるククイ。どうやら仲間の死体も見つけた様だ。身体を調べて幾人かが移動した先には、騎士の姿でない人間が居た。


 あれは……貴族ではないだろうか。相当に位の高い奴だ。紫を身に纏っている。過去にエリクの見た国王演説、その周囲に居た人間があんな服を着ていた。余程の事がない限り、そんな人間が『冥府の街』に来るとは思えないのだが。


 余程の事……国が誇る青光騎士団が、消息を絶ったことだろうか。―――いや、それで自分が動こうとはしないだろう。精々が大人数を送り込む程度だ。


 では他に何があるだろう、とククイは考える。高位の貴族が動く様な事態。他人に任せられない事柄。自らの目で確めなければならない理由。つまり他人の口からは信じがたい異常の確認を? ククイが知り得る物ならば、それは――死者を操る人間が現れた――こと?


 ククイがその答えを出したのとほぼ同時に。

 招かれる様に、ごく自然に。


「――――ッ!」


 その貴族と目が合った。


 反射的に身体が動き物陰に隠れる。十分に距離は取っていた。体を大きく出していた訳でもない。日中でも影の差す場所に身を潜めていた。気づかれる要因は可能な限り排除していた。気付かれる、訳が。


 ククイはやはり自分の勘違いだったのではないだろうかと思い直したが、それでも念の為に音を消して移動し、別の場所から改めて一団を観察した。周囲へと散っていた兵士たちは何故か動きを止めると、貴族を中心として集まり、そしてややあって先の廃墟へ扇形に移動した。


 ククイの体に怖気が走る。


 疑う余地はない。見つかったのだ。あの時に。そんな馬鹿な。一体どうやって。人並み外れた視力が無ければ見つかり様がない。次々に湧き上がる疑問を振り払いながら、ククイは急ぎその場を離れる。


 街の方へは行けない。あちらには兵士が集まっているし、死体が少ない。街区は不正投棄の場だ。


 ククイに逃げる気は無い。迎え撃つ。あの練度で迫る騎士達を皆殺すなら、最高の地の利を得なければならないだろう。ならば向かう場所はただ一つ。この旧帝都の中心部にある崩れた祭儀場――。


 つまり現、死体投棄場だ。

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