26. 届け、届いてくれ


『こんにちは! 今日のライブ、スバルちゃんに教えて貰いました! ドッキリ大成功です! 今日は女性のお客さんが多いので安心してください!』


 一件目はカエデちゃん。その後も長ったらしい文章が続いている。バイトを早めに切り上げたようで、既に会場へ到着しているようだ。



『スバルちゃんに聞いたら、こんなに大きな会場でライブをするのは初めてだって聞きました。きっと緊張していると思いますけど、でも、大丈夫です! いつも通りの篠崎さんなら、必ず良いライブになる筈ですから!』


『実は、Stand By You以外の曲もYourTubeで聴いてみたんです。ビックリしちゃいました。普段はああいう音楽をやっているんですね』


『わたし、音楽は詳しくないので、上手い言葉が見つからないんですけど……篠崎さん自身を体現したみたいな音楽だなって、そう思いました。すっごく楽しそうに歌っているなって、篠崎さんの笑顔がヘッドホン越しに見えて来るみたいで!』


『……すみません、よく分かんないこと言っちゃいました。でも、本当にそんなことを思っちゃったんです。篠崎さん、Stand By Youの再生数が伸びてバイト先の皆さんに褒められていたときも、あんまり嬉しそうじゃなかったですよね』


『今ならその理由が分かる気がするんです。篠崎さんが音楽をやっているのは、有名になりたいとか、売れたいとか、そういう理由じゃなくて……もっと大事なモノがあるからなんだなって、納得しました』


『ごめんなさい。前にライブを観に行ったとき、すっごく適当な感想返しちゃったなって、後悔してたんです。あの日の篠崎さん、すっごく辛そうな顔をして歌っていて……私のああいう言葉も篠崎さんを傷付けていたんだなって、反省してます』


『だから今日は、篠崎さんの好きな歌を、好きな音楽を、いっぱいいっぱい楽しんで欲しいです! そうすれば、きっと凄いライブになるって、そう思います!』


『わたし、篠崎さんのライブ、初めて観ます! 本当の篠崎さんの音楽と逢える、初めてのライブです! 楽しみにしてます!!』



「カエデちゃん……」


 歌詞は言葉。音は感情だ。どっちつかずな気持ちでステージに立って、中途半端な出来で終わったライブが本意でなかったことを彼女も気付いていたのだろう。


 ライブ後にくれたメッセージも、彼女なりの励ましで、優しさだったのだ。それを分かっていても尚、俺は受け入れることが出来なかった。



 そうだな。確かにあの日のライブはちっとも楽しくなかった。俺自身が楽しめなかったというのに、観客はどう反応すればよいのだろう。


 歌詞は言葉。音は感情。ならばライブは。このステージとフロアは、純粋たるコミュニケーションに他ならない。

 確かにこのフロアは、俺の敵みたいなものだ。そもそものコミュニケーションを放棄しているような連中ばっかり。


 でも、諦めちゃダメだ。


 ステージに立つ俺が。動くべき人間が。伝えることを諦めてどうするのだ。怖がっている場合じゃない。


 一人で闘うのではない。一人で完結するステージなどこの世には存在しない。俺と、観客で。登坂スターダムというライブを作り上げるのだ。

 受け入れられることを待っていても意味が無い。遠く離れているのなら、こちらから手を差し伸ばすだけ。



(勘違いしてたなぁ……)


 音楽のジャンルは関係ない。聴きやすい曲、万人受けしないメロディー、そんなもの大した問題ではなかった。

 この想いを、愛情を、音楽を。ただ目の前のお前たちに届けるだけ。そして、返して貰うんだ。それがコミュニケーション。本当のライブ。


 そのために必要なのは、俺自身がこのステージを楽しむこと。自分の音楽を信じ抜くこと。どんな逆境でも、お前たちを信頼すること。


 ありがとな。カエデちゃん。

 ギリギリで思い出せたよ。大事なモノ。



『結局来ちゃいましたわ』


『なんスかあの馬鹿みたいに高いチケット代は。これで今月はもやしオンリーで生きていくことが確定しました。責任取ってください。取れや』


 前組がラスト二曲というところで控室へ戻り、ギターを回収してステージ脇へと戻る。その間、玲奈から送られたメッセージを読み耽った。



『ナオヤくんから聴きました。いま、ボロボロみたいっスね。マジざまあ。どうぞクソみたいな新曲歌って盛大に失敗してください。ファッキンビッチ!!』


『いや、ホントに。マジで勘弁してください』


『なに抜け駆けしようとしてるんスか。そうやって、玲奈とナオヤくんを置いていくんですか。一人で良いとこまでイッちゃう感じですか?』


『玲奈は覚えてます。三人でゲロゲロになるまで酔っぱらって、今の音楽シーンをクソミソに言い合った毎日を。まぁ酔ってたのは玲奈一人だけど』


『忘れた? 今に見てろ、俺はこのやり方で音楽業界に喧嘩売ってやんだ、コンチクショウって、言ったじゃないですか。ユーマくん。言ったじゃないスか』



 忘れるわけねえだろ。玲奈。


 今はまだ底辺だけど。誰にも聴かれない、見向きもされない俺たちが。必ず世の中をひっくり返すような音楽を叩きつけてやるって。

 オリコン上位曲のクソポイントを片っ端から羅列して、それを肴に馬鹿みたいにアルコール流し込む毎日だったよな。忘れられねえよ。



『玲奈は登坂スターダムに出れないこと、一ミリも後悔していません。二階堂がヤバい奴だってこともだいたい分かってます。あんな奴に媚び売って有名にもなっても嬉しくねえし。玲奈のロックンロール魂はその時死ぬんスよ』


『玲奈は幸せですよ。やっと好きな音楽を好きなだけ楽しめる形を見付けられて。藤ヶ谷のライブ見たでしょ? あれが玲奈です。あれだけが、ReNAなんです』


『自分に嘘を吐いて稼いだ金がなんの潤いも満たさないことに、漸く気が付きました。こないだ自分で言ってたのに、変な話っスね』


『…………まぁ、一応玲奈にも非はあるんですよね。一曲くらい売れ線狙いで書いてみたらって、焚きつけたのは玲奈とナオヤくんなんで』


『気持ちは分かります。調子に乗りますよね。嬉しくなっちゃいますよね。プライドなんて、捨てたくなりますよね。玲奈もそうでした。大事なモノを見失いました』



 そうだ。俺は一度手放した。悪魔に魂を売って、目先の幸福を、快楽を優先して。自分が自分であり続けることを放棄した。


 先に売れていくことを悲しがっている? 違うな、アイツはそんな品の無い女じゃ、人間じゃない。彼女が欲しているのは、本物の俺。本物のロックンローラー。


 だったら、証明するしかない。

 裏切ってしまったのなら。

 もう一度、突き付けるしかねえんだ。



『でも、取り戻せたんです。やっと帰って来たんです。玲奈の音楽が。本物の相原玲奈が、帰って来たんです』


『だから、ユーマくん。もしかしたら、今日でお別れかもですね。でも、サヨナラなんて言いたくないです。終わったら顔出しますから。おかえりって、言わせて』


『もう一度、玲奈と一緒に笑ってください。一緒に好きな音楽を好きなだけ歌う、あの頃の私たちに。戻りたいんです。諦めたくないんです』


『お願い。ゆーくん』


『玲奈を置いて行かないで』



 明日のバイトは休みにして貰おう。


 どこにも行かねえよ。もう。

 行くのはいつもの安い居酒屋で決まりだ。

 また不味いビールでも飲もうぜ。玲奈。



「シノザキさーん、もうすぐサウンドチェックなんでスタンバイお願いしまーす!」

「いや、いらないっす」

「えっ!? なんですか!?」

「そのまま始めるんで! スタンドマイク一本置いといてください! あとギター! それだけ十分っすから!」


 燻しんだ表情のスタッフへギターを手渡す。前組のライブが終了し機材が片付けられると同時に、スタンドマイクとギターがステージへ用意された。


 すぐに出囃子のサウンドエフェクトが鳴り出し、一度明るくなった照明がすぐさま落とされていく。さて。最後にもう一件だけ。



『ブチ噛ませ。シノザキユーマ』



「ハッ。他に言うことねえのかよ」


 まっ、ナオヤらしいと言えばそれまでだな。良いだろう。お前が望むモノ。俺が望んでいるモノ。全部見せてやるよ。一度だって逸らすんじゃねえぞ。


 スマホをしまいステージ中央へゆっくりと歩き出す。総勢500人の観衆が、直前リハも無く唐突に現れた俺へ好奇の視線を飛ばしていた。



 後列右端。黒いフードを被った小柄な女。


 こんだけデカいハコでもいつも通りのポジショニングってか。まぁ構いやしない。俺にやることは変わらない。いつもと同じ。


 俺は俺でありたいだけ。

 俺は、俺になりたいだけ。

 


 それを手に取るや、一心不乱に掻き鳴らした不協和音。いつまでボーっとした顔してんだよ。始めるっつってんだろ!



『おはようございます八宮から来ましたシノザキユーマですッ、一緒にロックンロールしよーぜッ!!』


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