第20話 コルヌ

 一行は数日をかけてセシュの大地を進んでいた。すっかり春めいた季節はヴァンたちに味方した。南に来た分だけ春を先取りするように温暖で、降り注ぐ日差しもまだ暑過ぎるということは無かった。


 さほどの汗もかかなければ水は随分と節約できる。いざとなれば魔法で水を出すことはできるのだろうが、魔法の水を飲料とするのはやや気が引ける。真偽のほどは定かでないが、平時であれば魔法の水など馬も飲まないと聞く。


 遠方の地平線に緑色の纏まりが見る。セシュに踏み込む前、山の頂きから見えた森だ。平地に下りてからは、一時、視界の中から消えていたが、ようやく近づいたということだろう。周囲に高い山は無く、視界の端から端まで緩やかに起伏する低山の森が続いている。


 この何もない大地を越え、森を抜ければエデンがあると言われた。しかし、これだけ東西に長大であれば、どこから森を越えれば良いか定かでない。唯一の救いは、ヴァンが進む街道が、参道のように真っ直ぐ森まで続いていることだった。何ら遮るもののない平坦な道をひたすらに進んでいけば、後二日ほどで森には到達しそうである。


 日が傾き風も冷たくなってきた。少し先に大岩が集まる場所が見える。セシュでの野営は、風よけに都合の良い岩陰を必ず拠点としてきた。馬を駆けながら適当な大きさの岩を見つけると、都度、進むか留まるかの判断をヴァンが行う。今日は時間的にはもう少し進んでも良さそうだったが、この先に点在する岩の大きさも判断しきれなかったので、早めに野営をすることにした。


 相変わらず一帯には風が吹き、常に砂塵が舞っている。みな口元を布で覆っているため、移動中はほぼ会話が無い。その分、野営で焚火を囲めば、自然と会話が弾み、話題に詰まれば思い出話をするようになっていた。とはいえ、半数以上がギルドの仲間である。話の殆どは昔あった里での出来事や、ヴァンやポシェが子供の頃にしでかした失敗や悪戯の類である。ただ、そういった話を通して、アリサやアッシュもギルドという存在を多少なりとも理解していったようだ。


 食事の後、思い出したようにコルヌがポシェに訊ねる。


「そういえば、先日の戦いで使ったあの魔道具とやらは何なんだ」


「ああ。”音筒”ね。あれ見た目は派手に爆発しているけど、実際に威力は殆ど無くて、音だけ。でも、馬は驚いて暴れだすでしょ。実地試験としては大成功ね」


「ああ、実際に音は凄かった。ところで、いつの間にあんなもの作ったんだ」


「草の民といるときにね、オドルと一緒に色々と実験して作ったの。あの時は魔道具と言ったけど、あれは嘘。魔法なんか全く使ってないわ、完全に私のお手製」


「それなら尚更に凄い。ポシェ、見直したぞ。お前は本物の錬金術師だ」


 真正面から褒められて、ポシェの顔がほのかに赤くなる。照れ臭かったが、素直に嬉しかった。そう、私は錬金術師なの。


「道具だけじゃなく、弓矢の腕前も大したもんだったわね。あれはオルドに教わったの」


 和やかな空気を破って皮肉屋グランが登場する。

 なるほど、話をそちらに向けるわけだ。

 一同は興味津々である。


「そうよ。オルドがいつも付きまとうから実験の手伝いをさせたの。私には音筒は必ず何かの役に立つって確信があった。だから、ヴァンの傷が癒えるまでの間に完成させたくて、時間もないからオルドに手伝わせたってわけ。そうしたら音筒を遠くに飛ばすには弓が良いってオルドが言って、弓の使い方を教えてくれた。実際に音筒をつけての飛ばし方とかも。おかげで皆の役にたったでしょ」


 ポシェも気付いている。だからこそ無理にでもはぐらかそうと余計に話が回りくどくなる。そんな付け焼刃のごまかしでグランが引き下がるわけもない。


「なるほどね。随分と遠くまで二人だけで出かけていたものね。あまりに帰りが遅いから、なのかなと思った日もあったし」


「そ、それは。音筒は音がうるさいから近くでやると皆の迷惑だし。弓矢の練習を見られるのも恥ずかしいし・・・」


「そうよね。音、うるさいものね。でも二人はほんとに仲良しね」


「仲良しって、別に友達じゃないし。オルドはね私の助手なのよ」


「そう、助手なのね。でも、助手さんはポシェを嫁にするって騒いでいたわよ」


「あんな子供の戯言をいちいち真に受けないでよね。私を嫁にできるのはヴァンだけだから」

 

 グランが何やら企んでいる顔で、矛先をヴァンに変える。


「ヴァンはどうなの。もう心に決めた人はいるの」


 ポシェのやつ、また余計なことを言って。

 ヴァンはこれ以上余計な事は言うなと威圧的な目で周りを見る。


「そんなこと、知るか」


「あら。アリサかポシェか早く決めなさいよ。待たされる女は辛いものよ」


 アリサは自分の名前が出てドキリとした。

 ヴァンとはそんな関係じゃない。

 じゃないけど、嫌でもない・・・のかな。

 どうなんだろう、自分でも分からない。

 気付かない振りをしているがポシェの視線が痛い。



 横では、アッシュが皆の話もそっちのけで、一人でブツブツ言っている。

 そうかお前ら草の民の所にいたのか。どうりで見つから無かったわけだ。それにしても音筒とは何だ。あんな得体の知れない魔道具など、魔道教会としては見過ごせない。ギルドの連中はどうしていつもいつも。


「そもそも、ギルドっていうのは何なんだ」


 アッシュの頭に浮かんだ疑問が、思ったより大きな声となって口を衝いて出る。

 アッシュお前はなんていい奴なんだ。


 色恋話には興味なさそうに、焚火の脇で横になっていたコルヌが反応する。


「おっと。ギルドに何か文句でもあるのか」


「いや、文句ではない。ギルドとは呼ばれているが職人組合のようなものではないだろう。街に固まって住んでいるわけでもなく、ばらばらに暮らしているのに連携はしっかりしているようだし」


「まあ、世間の人には分からんだろうな。ヴァンもポシェも本当のところは知らないだろう。いい機会だコルヌ様が教授してやる」


 やや勿体ぶったふうであるが、真剣みを帯びた口調で話を始めた。




 俺は代々がギルドだという家系の生まれだ。

 俺の実家はルブニールの南東の小さな港町にある。家業はギルドだと言ってはいるが、実態は完全に裏稼業の家柄さ。


 親父や仲間から聞いた話だが、今ではギルドといえば俺たちのように請負仕事をする職能集団のことを指すが、元来は個別に仕事を請け負う連中がいて、それを職業名として職業組合ギルドを模して言ったに過ぎないそうだ。


 それで、その職業ってのが何かという話なんだが、元を辿れば傭兵なんだと。

 普段は違った仕事をしながら生活をし、戦が始まると雇われる連中さ。あくまで金で雇われて働く傭兵だから、昨日の味方が今日の敵っていうぐらいで傭兵同士での纏まりなんか殆ど無かった。


 やがて傭兵として能力の高い者や特別な技能を持った連中が、個別に王族や貴族に雇われて、諜報や偵察、後方攪乱、要人暗殺などの仕事を請け負うようになったのが、今でいうギルドの前身なんだそうだ。


 時は下って魔族との戦いを経て、戦争が終わった後の時代、傭兵仕事は完全に消滅しギルドだけが残った。騎士や領主としての責務もそこそこに、陰謀と策略に興じていた傲慢な貴族どもの手足に落ちぶれていったわけだ。そうこうしているうちに、力をつけた商人や魔道教会に雇い主が変わっていき、少し前まで従属していた貴族連中を今度は手にかけて回るようになる。


 そうなると、いよいよギルドの存在自体がうとまれるようになる。皆が疑心暗鬼になり、その元凶がギルドにあるような風潮に変わっていく。そうして、ギルドは自分がギルドであることを隠すようになり、世間もギルドを忘れていった。


 それでも、家業としてギルドを職とする者は幾分かは残り、細々と請負仕事を続ける人は存在し続けた。俺の家系もそんな連中の一つだったが、いつの間にか世の中から落ちぶれたり疎外されたような連中を、まとめて世話するような裏社会の集団に変貌していった。


 俺はそういう裏社会の中で育った。ほっとけばそのまま父親の跡を継いで裏稼業の道に進んでいただろう。世間の目は冷たく、裏稼業の家の子だと言われ友達もできなかった。そりゃ拗ねたさ。当然のように親父や世の中を呪ったり恨んだ。


 ある時に親父と大喧嘩して家を飛び出した。それで行き着いたところが里だったんだ。


 里は俺が育ったところとは全く違っていた。仲間意識が強く、裏稼業としてのジメジメした劣等感もなく、里の仲間は親切で優しくて普通のよくある村と全く違いはなかった。それに何よりも里のギルドは裏稼業として軽蔑されることもなく、周りからは義賊として畏敬の念で見られることすらあった。


 道理や仁義にもとる仕事は請け負わない、すごく単純な鉄則だが、昔ながらのギルドには徹底できなかった。俺が里にいた数年の間にも、その新たなギルドの信念は広く伝搬し、ギルド仲間の連携も強くなって、民衆の評価も高まっていった。


 それと共に、俺の家のようにギルドと名乗りながらも裏稼業に落ちていった連中は、敢えてギルドという名を棄てた。それは決して苦渋の選択ではなく、裏稼業とギルドを切り離すことで、俺たちに本来のギルドの誇りを託したということなのだと思う。俺はそういう親父たちを今では尊敬している。




「質問の答えになっているか分からんが、ちょっと前までのギルドは腐った社会の淀みだったのさ。ギルドが腐ってるわけじゃねぇ、社会のゴミが淀みに集まってきている、そんな場所だった。但し、今のギルドは淀みに溜まったゴミを、人知れず掃除して正しい流れに戻す連中のことさ。 まあ、これはブルーノの受け売りだがな。ギルドは裏には回っているが道理に合わないことはやらない。逆に表の世界で堂々と道理に合わないことをしている連中のほうが悪党だ」


「そうか。話してくれて有難う。納得とまではいかないが理解はした」


「お前らラグがもっとしっかりしてりゃあ、仕事も減ってギルドなんか早晩なくなるんじゃねぇのか」


「なんだと。我々だって真剣に取り組んでいる。それに公正な裁判も無い私刑は看過できない」


「それは道理だな。ただ公正な裁判ってのが本当にあればの話だが」


「教会を愚弄するのか。裁判は公正に決まっている」


「まあ、俺たちと一緒に旅をするっていうんだ、そのうち見えなかったものが見えてくるかもな」


 これ以上言うことないとコルヌは地面に仰向けに寝転んだ。


 皆も押し黙ったまま、各々に自分の職業や所属する集団の存在意義について思いを巡らせた。ギルドとは、ラグとは、教会とは。

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